Suncorp Stadium はラグビーやサッカーを開催する為の球技場で、陸上競技場用のトラックが無い。その上ピッチと観客席の間にある塀が大変低く試合の迫力感がものすごく伝わってくが、こういう競技場の利点はそれだけでない、マナーさえ守れば選手達との交流も充分に可能だ。ベンチ裏の観客席の最前列には子供達を中心に多くのオレンジ色の Roar のレプリカを来たサポーター達がサイン帳やペンを持ってまっている。そこにRoar の選手達がCool Down を終えるのを待っている。 すると1人のジャケットを着た男性がゆっくりとピッチ内に現れるや、子供達にサインをせがまれて、差し出された帽子やレプリカ、サイン帳に丁寧にサインを始めた。“あの選手誰?”隣にいたご夫婦に尋ねると “ Ben Griffin “ と教えてくれた。20歳のディフェンダーでこの試合は負傷の為に欠場との事。 やがて Cool Down を終えたRoar の選手達がこちらにやって来て殆どの選手が丁寧にひとつひとつ差し出された帽子やレプリカにサインを始め出した。 私もジョシュ・マックラハム、ササ・オグネノフスキそしてソ・ヒョク・スにサインをプログラムにして貰った。 パースではラザリデスにもサインを貰った。
オーストラリアはワールドカップで決勝トーナメントに進出し、サッカー人気も上昇中とは言え、 A-League の人気はオージーフットボール、ラグビーリーグ、ユニオンにはまだまだ叶わない。 選手達はワールドカップ熱の醒めないうちに何とか、と思っているだろう。 ここで思い出すのはJリーグ発足時だ。あの爆発的な人気はその前の低迷期を良く知る我々にとって確かに嬉しい事であったが異常がしてならなかった。そして選手達は突然芸能人の様に扱われ、シーズン中にはCFにシーズンオフには色々なバラエティ番組に引っ張りだこであった。
1993年5月15日、国立競技場で行われたJリーグ開幕試合、ベルディ川崎(当時)対横浜マリノスの試合の観戦チケットを幸運にも私は入手できた。そして国立のスクリーンに木村和司をはじめラモス、水沼、加藤久、都並、松永、菊池、武田、柱谷弟そして三浦カズ達が映し出されたとき“長かったねぇ。よかった。本当によかった。”と胸の熱くなる思いであった。 しかし私が違和感を感じる様になるには時間がかからなかった。チケットは手に入らない。それはまぁなんとか我慢できたが、Jリーグ人気に乗ってファンをないがしろにする選手達も現れ出したことには腹が立った。試合終了後にピッチでサインをすることはセキュリティ上や競技場のつくりの問題でなかなか実現しないが、若い女の子とそうでない人への態度の違いには唖然とさせられた。そして日本はワールドカップ予選ではドーハに散った。オーストラリアは32年ぶりの進出を A-League 発足時に果たしたが、今の当地でのサッカー人気はあくまでも Socceroos の事でこれからは自分達があたらしい歴史を作らねばとの思いがあるに違いない。競技場を後にしホテルへの帰途につく間、さっきのご夫婦とワールドカップの事やMCGでの悲劇そして子供達に丁寧にサインをするこの日の選手達の事を話した。 この日の観客動員数は 15,517人。きっとまた Roar の試合を観に来ようと思う人は半数以上いるだろう。 そして私はご夫婦に言った。“日本が Socceroos に負けた理由がわかりましたよ。”
オーストラリアはワールドカップで決勝トーナメントに進出し、サッカー人気も上昇中とは言え、 A-League の人気はオージーフットボール、ラグビーリーグ、ユニオンにはまだまだ叶わない。 選手達はワールドカップ熱の醒めないうちに何とか、と思っているだろう。 ここで思い出すのはJリーグ発足時だ。あの爆発的な人気はその前の低迷期を良く知る我々にとって確かに嬉しい事であったが異常がしてならなかった。そして選手達は突然芸能人の様に扱われ、シーズン中にはCFにシーズンオフには色々なバラエティ番組に引っ張りだこであった。
1993年5月15日、国立競技場で行われたJリーグ開幕試合、ベルディ川崎(当時)対横浜マリノスの試合の観戦チケットを幸運にも私は入手できた。そして国立のスクリーンに木村和司をはじめラモス、水沼、加藤久、都並、松永、菊池、武田、柱谷弟そして三浦カズ達が映し出されたとき“長かったねぇ。よかった。本当によかった。”と胸の熱くなる思いであった。 しかし私が違和感を感じる様になるには時間がかからなかった。チケットは手に入らない。それはまぁなんとか我慢できたが、Jリーグ人気に乗ってファンをないがしろにする選手達も現れ出したことには腹が立った。試合終了後にピッチでサインをすることはセキュリティ上や競技場のつくりの問題でなかなか実現しないが、若い女の子とそうでない人への態度の違いには唖然とさせられた。そして日本はワールドカップ予選ではドーハに散った。オーストラリアは32年ぶりの進出を A-League 発足時に果たしたが、今の当地でのサッカー人気はあくまでも Socceroos の事でこれからは自分達があたらしい歴史を作らねばとの思いがあるに違いない。競技場を後にしホテルへの帰途につく間、さっきのご夫婦とワールドカップの事やMCGでの悲劇そして子供達に丁寧にサインをするこの日の選手達の事を話した。 この日の観客動員数は 15,517人。きっとまた Roar の試合を観に来ようと思う人は半数以上いるだろう。 そして私はご夫婦に言った。“日本が Socceroos に負けた理由がわかりましたよ。”