“花子とアン”はBS7時半の放送を朝食を摂りながら見ています。このところの時代背景は、とても消化によくありません。
挙国一致で、戦意高揚で、時の政権の“政策”に反対するものは、非国民と呼ばれ、辛く、悲しく、暗く、寂しく、密かに片隅で沈黙を強いられるのです。
数十年?・・・十数年?・・・前には、こんな戦前、戦中のドラマを見ても、遠い昔の物語であり、現在の世の中とは、何の関わりも無いと、かなり気楽に眺めていたのです。
でも、しかし、今は、遠い過去のお話ではなく、数年先に起こりえる現実と思えてくるのです。朝飯が不味くなるのです。と、云う事で、今は録画して朝のウォーキングの後に見ているのです。
先月は、8月でしたから、毎度お馴染みの戦争関連の番組が、アチラコチラの放送局で流れていました。戦争の悲惨さを伝えて平和の尊さを、戦争を知らない世代に説く・・・、まあ、そんな主旨なのです。
“戦争体験者”が少なくなり、戦争の悲惨さが語られなくなり、伝わらなくなり、そして、だから、戦争をくり返してしまう・・・、まあ、そう云うことなのです。
戦争体験と云っても、所詮は、怖かった、恐ろしかった、悲しかった、辛かった、腹減った・・・、まあ、そんなところで、だから?どうした?なのです。
挙国一致・戦意高揚、これって、かなり、かなり、気持ちイイのかも? 国の為に、家族の為に、愛する人の為に、自分の命を捧げる、崇高で、純粋で、とても、とても、美しく、頭のてっぺんからつま先まで、陶酔感にどっぷり浸かれ、妖しくて、カッコ良くて、魅力的なのです。
戦争ドラマでは、それなりに反対を表明する“連子さん”とか、それなりに反対でも世間の流れに逆らわず、時が過ぎ去るのを待つ“花子さん”とか、そう云う方がメインに描かれます。
でも、しかし、圧倒的多数は戦争に酔いしれて、バンザイ!バンザイ!だった筈です。でも、こういう方々をメインに描くドラマは、テレビドラマや映画にはなりません。初の女性従軍記者になった“宇田川満代”のような方は端役なのです。
ある特定の誰かが、いつ、どのように戦争反対を叫び、弾圧されたかを描くよりも、ごく普通の庶民が、いつ、どのようにして戦争バンザイ!を叫ぶようになったかを描いた方が、とても、とても、前向きで、積極的で、反戦的で、平和的だと思うのです。
もしかして?そうか!だから!庶民の目に触れる、そういうテレビドラマや映画は作られないのか・・・・・・・。
映画“小さなお家”は、それなりに、そういう映画だった気がします。あの時の“黒木華ちゃん”は、とても、とても、ヨカッタ!です。
でも、“花子とアン”での“かよ”役は、それは、それで、イイのですが、役柄的に花子の“吉高由里子”と、役者としては連子の“仲間由紀恵”の間に入って、目立たないのが残念です。
それで、兎に角、再開第二弾、なかなかキーを叩くまでが億劫で、でも、しかし、書き出すと、考え出すと、それなりにスラスラと言葉が浮かんできて、それなりに云いたい事が、それなりに綴れまたような、そんな気が、しないでも、ない。
と、云う事でした。
それでは、また。
挙国一致で、戦意高揚で、時の政権の“政策”に反対するものは、非国民と呼ばれ、辛く、悲しく、暗く、寂しく、密かに片隅で沈黙を強いられるのです。
数十年?・・・十数年?・・・前には、こんな戦前、戦中のドラマを見ても、遠い昔の物語であり、現在の世の中とは、何の関わりも無いと、かなり気楽に眺めていたのです。
でも、しかし、今は、遠い過去のお話ではなく、数年先に起こりえる現実と思えてくるのです。朝飯が不味くなるのです。と、云う事で、今は録画して朝のウォーキングの後に見ているのです。
先月は、8月でしたから、毎度お馴染みの戦争関連の番組が、アチラコチラの放送局で流れていました。戦争の悲惨さを伝えて平和の尊さを、戦争を知らない世代に説く・・・、まあ、そんな主旨なのです。
“戦争体験者”が少なくなり、戦争の悲惨さが語られなくなり、伝わらなくなり、そして、だから、戦争をくり返してしまう・・・、まあ、そう云うことなのです。
戦争体験と云っても、所詮は、怖かった、恐ろしかった、悲しかった、辛かった、腹減った・・・、まあ、そんなところで、だから?どうした?なのです。
挙国一致・戦意高揚、これって、かなり、かなり、気持ちイイのかも? 国の為に、家族の為に、愛する人の為に、自分の命を捧げる、崇高で、純粋で、とても、とても、美しく、頭のてっぺんからつま先まで、陶酔感にどっぷり浸かれ、妖しくて、カッコ良くて、魅力的なのです。
戦争ドラマでは、それなりに反対を表明する“連子さん”とか、それなりに反対でも世間の流れに逆らわず、時が過ぎ去るのを待つ“花子さん”とか、そう云う方がメインに描かれます。
でも、しかし、圧倒的多数は戦争に酔いしれて、バンザイ!バンザイ!だった筈です。でも、こういう方々をメインに描くドラマは、テレビドラマや映画にはなりません。初の女性従軍記者になった“宇田川満代”のような方は端役なのです。
ある特定の誰かが、いつ、どのように戦争反対を叫び、弾圧されたかを描くよりも、ごく普通の庶民が、いつ、どのようにして戦争バンザイ!を叫ぶようになったかを描いた方が、とても、とても、前向きで、積極的で、反戦的で、平和的だと思うのです。
もしかして?そうか!だから!庶民の目に触れる、そういうテレビドラマや映画は作られないのか・・・・・・・。
映画“小さなお家”は、それなりに、そういう映画だった気がします。あの時の“黒木華ちゃん”は、とても、とても、ヨカッタ!です。
でも、“花子とアン”での“かよ”役は、それは、それで、イイのですが、役柄的に花子の“吉高由里子”と、役者としては連子の“仲間由紀恵”の間に入って、目立たないのが残念です。
それで、兎に角、再開第二弾、なかなかキーを叩くまでが億劫で、でも、しかし、書き出すと、考え出すと、それなりにスラスラと言葉が浮かんできて、それなりに云いたい事が、それなりに綴れまたような、そんな気が、しないでも、ない。
と、云う事でした。
それでは、また。