白い夜の幻想

 

 ずっと以前、「太陽の東 月の西」というノルウェー民話の本を読んだことがあって、その挿画がカイ・ニールセンのものだった。ニールセンの名はそのとき初めて知ったのだが、思いがけなく一目惚れ。なんで今まで知らなかったんだろう! と悔やむほど、独特の絵画世界を展開する画家だった。
 そんな私の勝手な評価も、まんざら外れたもんじゃない。カイ・ニールセン(Kay Nielsen)は、「イラストレーションの黄金時代」の最後期をキラ星のように駆け抜け、その時代とともにあっという間に忘れ去られたのだという。

 19世紀後半に始まる挿絵の黄金期、鬼才オーブリー・ビアズリーのアール・ヌーヴォー的な線描を受け継いだというニールセンの絵は、繊細で豊潤で、幻想的で蠱惑的。アーサー・ラッカム、エドマンド・デュラックと並んで、20世紀初頭の人気挿画家の一人に数えられるニールセン。が、迸るイメージと宇宙観的なヴィジョンとにおいて、ニールセンは傑出している。……と思う。
 異様に縦に引き伸ばされた人物。これが北欧民族世界の視覚化では、垂直性を強調する空間表現へとつながっていく。画面いっぱいに、飲み込まれるような空のパノラマが広がる。その空に白夜の太陽の、あるいは月や星の、稀薄な光が滲みわたる。これだけの深い空を描いておいて、けれども画面は舞台演出的に平面的なまま。ノスタルジックで、リリカルで、……とにかく脱帽、ニールセン。
 
 ノルウェー民話の世界を描いたニールセンだが、デンマーク、コペンハーゲンの生まれ。両親ともに舞台人で、父は王立劇場の監督、母は有名な女優だった。
 画家を志し、アール・ヌーヴォーの花開くパリの画塾で絵を学ぶ。ビアズリーへの憧憬からか、渡英し、やがて挿絵画家としてデビュー。
 駆け出しの、ほんの二年の短い時期が、そのままニールセンの絶頂期だった。ロココの香り芬々たる「おしろいとスカート」、 北欧の幻想が乱舞する「太陽の東 月の西」。多くの人々が、これぞ我がニールセン! と評価するのは、この時期のもの。

 その後、挑戦なのか迎合なのか、装飾性と線描表現を捨て、アール・デコの新時代スタイルへの飛躍を試みたが、不発に終わる。かつての伸びやかさは締まりのない、ぎすぎすとしたものに変わってしまった。
 憧れの美しかった人が、急速に太るか老けるかして、かつての面影だけが残った姿を見るような、やるせない気分。

 戦争が始まると、心機一転、アメリカに渡り、ディズニーのアニメーション映画「ファンタジア」の美術を手がけたりしている。が、当然のことだが、馴染むことはできなかった。
 絵の仕事はなく、舞台や教育で細々と稼ぎながら、貧困のうちに、カリフォルニアにて死に去った。

 画像は、ニールセン「太陽の東、月の西」。
  カイ・ニールセン(Kay Nielsen, 1886-1957, Danish)
 他、左から、
  「ミニョン・ミネット」
  「娘と教母」
  「青い山の三人のお姫さま」
  「青い帯」
  「母の物語」

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