夜を駆けて

 
 数週間前、相棒がくも膜下出血で救急搬送された。え……

 病院から電話を受けて、私はただ唖然とするばかり。相棒のこの手の外出にはいつも、自分が「御守」になって、一緒に付き添っていたのだが、この日は、「そんな強迫観念は放っておくがいいよ」という相棒の言葉を真に受けて、家に居残っていたのだった。
 理性に従った結果がこれだ。私の場合、肝心なところで理性が役に立ったためしがない。

 あまりに唐突で、悲運を悲運と捉えることも、不幸を不幸と感じることもできない。青空の下、まだ先のほうまで見通せる道を歩いていたところを、足許の大地に、霹靂の一撃で大穴をうがたれれば、旅人は、口をあんぐり開けて、呆れ返るより仕方がない。

 私は一人ではタクシーに乗ることができない。なので自転車で、病院目指して、夜のなかへと漕ぎ出だす。
 温かな夜気が肌を包む。夜風を切る音に混ざって、もっと奥の底のほうから、深海の闇を伝わるように、厳粛な律動が響いてくる。咽喉に熱い塊が間断なくこみ上げる。星がいつになくくっきりと輝いて見えるのは、眼に溜まった涙の膜がレンズになっているからなんだ。

 こんなシーンを、私は何度も夢に見てきたんじゃなかったか。自分にまつわる何もかもを放り出して、身一つで、夜空を駆けて、あの人のもとへ行こう、行こうと一心に念じる、胸を締めつけられるようなそんな夢。

 人はこんなふうに死んでいくんだ。いずれかの世界で何者かになり、何事かをなしたと納得し、いくらでも自分の代わりがいたとは考えないようにして、これで本当に良かったんだろうかと思いながらも、周囲に、ありがとう、と言い残して死んでゆく。
 そのようには生きまいとした人は、ただ、ああ、もう死ぬんだ、とだけ思って、死んでゆく。
 他人が見れば、同じに見える。死ぬまでどう生きてきたか、その生に意義があったのか、なんて、本人にしか分からない。

 人が死後に残すことができるものには、それほどの価値はない。その人に備わり、その人とともに消え去るものに、本当の価値がある。その人のなかにある、他者が手を出せない世界、その世界が、人類にとっても意味を持つ普遍的な世界なら、それが失われることは大いなる損失だ。
 が、損失かどうかを決めるのは、人類であってその人ではない。なら人は、一人、自分の生に向き合って、ただ死んでいくしかない。

 さようなら、世界。さようなら、君。
 
 予定では、私のほうが先に死ぬはずだったんだけどな。私はもう一度、パートナーを看取ることができるだろうか。

 それでも、なぜだか私は、相棒が無事に復活することを知っていた。そして実際、相棒は、手術もせず、後遺症もなしに、何事もなかったかのように生還した。
 天使は、いつも見守っていて、天使が慣れ親しんだやり方で、メッセージを送ってくるという。もうちょっと真面目に生き直せ、というメッセージなんだろうか?

 以上、ごく最近の、ちょっとしたエピソード。

 画像は、チュルリョーニス「知らせ」。
  ミカロユス・コンスタンチナス・チュルリョーニス
   (Mikalojus Konstantinas Ciurlionis, 1875-1911, Lithuanian)


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