♪もう幾つ寝るとお正月
お正月には凧あげて
独楽をまわして遊びましょう
早く来い来いお正月
この「お正月」の歌のとおり、昭和40年代のあの頃、正月が来るのを指折り数えて待っていました。
それは、お年玉が楽しみであったのだろうし、また、大人たちがいつもよりのんびりとしていて、かるた取りやトランプゲームの相手になってくれたからだろうと思います。
そして、私は年を重ねるにつれ、大晦日の夜、テレビから流れる除夜の鐘を聞きながら、なんとか今年も年を越せたなあと思うようになりました。おそらく、あの頃、両親も祖父母も同じように感じていたのではないでしょうか。
12月31日も、翌1月1日も、自然の営みからみれば、特別な日などではなく、綿々と続いている日々の1日に過ぎないのに、こんな感慨を持つのはなぜだろうと考えます。
人には「区切り」が必要なのかな?
良いことも悪いことも、ここで区切りをつけ、リセットしてまた始める。
気持ちの上での「区切り」が大切なのかもしれません。
1年のサイクルとは、そういう意味もあるのかな?
今年も、あと4つ寝るとお正月。
いろいろ有ったけど、なんとか年が越せそうです。
お正月には凧あげて
独楽をまわして遊びましょう
早く来い来いお正月
この「お正月」の歌のとおり、昭和40年代のあの頃、正月が来るのを指折り数えて待っていました。
それは、お年玉が楽しみであったのだろうし、また、大人たちがいつもよりのんびりとしていて、かるた取りやトランプゲームの相手になってくれたからだろうと思います。
そして、私は年を重ねるにつれ、大晦日の夜、テレビから流れる除夜の鐘を聞きながら、なんとか今年も年を越せたなあと思うようになりました。おそらく、あの頃、両親も祖父母も同じように感じていたのではないでしょうか。
12月31日も、翌1月1日も、自然の営みからみれば、特別な日などではなく、綿々と続いている日々の1日に過ぎないのに、こんな感慨を持つのはなぜだろうと考えます。
人には「区切り」が必要なのかな?
良いことも悪いことも、ここで区切りをつけ、リセットしてまた始める。
気持ちの上での「区切り」が大切なのかもしれません。
1年のサイクルとは、そういう意味もあるのかな?
今年も、あと4つ寝るとお正月。
いろいろ有ったけど、なんとか年が越せそうです。
こちらこそ、ご無沙汰をいたしておりました。
私は宵っ張りでしたから、起きているのは平気でしたよ。
子供たちが大きくなると、それぞれですよね?
いっそのこと、早く夫婦二人きりに戻らないかと最近思っているところです。
来年もよろしくお願いいたします。
小さい時の年越しといったら、家族でレコード大賞を見て紅白歌合戦を見て除夜の鐘を聞きながら寝るというパターンでした。
この時だけは早く寝なくても良かったので、眠い目を擦りながら起きていました。
今はレコード大賞も紅白も見なくなり(歌手が判らない )、子供たちもバイトで家に居ません。
皆ソレゾレに予定が入っているので、年末年始と言ってもイマイチ昔の様な盛り上がりは無くなりました。
来年もヨロシクお願いします。
コメントありがとうございます。
そうでした、比叡山延暦寺の鐘などが映し出されると、新年を迎える厳かな気持ちになったものでした。
我が家の近くには、お寺があって、車の音がうるさくなければ、除夜の鐘の音が聞こえまてきます。
今は、(NHK以外は)なんか訳の分かんないバラエティに占領されていて、区切りという感覚がなくなってますね。
テレビを消して、ただ除夜の鐘に耳を澄ますのがいいのかもしれません。と言っても、うちでは聞こえないんですけどね。
魚屋さんも、年末年始は書入れ時のご商売です。
それぞれの仕事なりの年越しがあるんですね。
私は今も昔も、のんびりできて幸せです。
エーさん、こちらからはトンとご無沙汰ばかりで申し訳なく思っています。
こちらこそ、来年もよろしくお願いします。
ラブっちさんは、スーパーにお勤めでしたか。
いつもレジに並ぶとき思うんです。
ああ、この人たちはお正月もヘッタクレもないんだろうな、家族の協力がないとできないよな、ご苦労様。
最近は元日から初売りをしてますから、本当に、盆も、正月もありませんね。
ラブっちさん、いつもコメントありがとうございます。
こちらこそ、来年もよろしくお願いします。
チエは所長さんより、8コも年上だから、ずっと、ずっと、1年が早いですよ。
アッという間もないくらいかも?
所長さん、いつもコメントありがとうございます。
こちらこそ、来年もよろしくお願いします。
珍しい時間帯のコメントですね。
もしかして、もう年末の休みに入ったのですか?
うちも同じでした。年が改まるのを待って、近くの熊野神社に初詣に行くのが恒例でした。
小さな神社でしたから、破魔矢は買った覚えがありませんが、氏子の人たちが火を焚いて暖を取り、甘酒を振る舞ってくれました。
いつも、おみくじを引いたなあ。
訳も分からず、手を合わせることが大事なのよ。
そうやって、お正月にはこうするんだよと子供に伝えていくんですよ。
うしさんちの家業は、年末年始に忙しいお仕事だったのですね。
夜中まで仕事をして、更に4時起きでは、お正月気分もなかったことでしょう。
1年の始まりの日って、どうやって決めたのかなあ?
やっぱり、特別な意味のある日なのでしょうか?
うしさん、いつもコメントありがとうございます。
夕食のお膳を囲みながら、ひと足早いお年玉を貰うのが楽しみでした。
私は、勤めるようになっても「お年玉♪」を貰っていました♪
懐かしい思い出です。
チエちゃんが、私の所に来てくれて・・・。
それ以来のお付き合い♪
ありがとうございました。
そして、来年もよろしく・・・です。
子どものころは、クリスマスやお正月がきても、何かが変わるわけでもないし、むしろ、
冬休みの宿題に追われていただけだし・・・。
「冬休みの友」と書初めが、私を苦しめていたわ~。
大人になってからのお正月は、初詣や初売りに行き、物欲を満たすことが、ステータスだったかも。
今は、仕事柄、盆も正月も、あたしには、「そんなの関係ない!」×100倍かしら・・・。(爆)
《スーパーに勤めるものの侘しさです。》
ということで、良いお年を~。
来年も宜しくです!(^_^)v
今年も アっという間に過ぎっちまった…来年は 更にアっという間なんだべな。
ま、ほ~ゆ~ワケで、「よいお年を!」
「来年もヨロシク!!」
ほんじゃ(^-^)ノ!!
小学生の低学年では、親の背中だったと思います。
神社の境内の人ごみ、破魔矢やだるまなどの燃え上がる炎を見ながら、訳も判らず手を合わせていた記憶があります。
帰りには、新しい破魔矢を買ってくる。
家に着くと、テレビのコマーシャルが全部お正月バージョンになっていて・・・
あの一日の変化は、楽しかったなぁ・・・
家路をたどる。
これが子供の頃の私の年中行事でした。
両親の仕事を手伝い、ようやく除夜の鐘がなる頃に
終わることが出来る仕事。
あぁ、いつまでこんな大晦日を過ごすんだろう、と
子どもながらに思っていました。
そして元旦は4時起床で仕事が始まる。
いつも以上に大変な二日間でした。
なのに歳が改まった感慨はありましたね。
不思議なものです。