元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ノーカントリー」

2008-03-22 06:47:07 | 映画の感想(な行)

 (原題:NO COUNTRY FOR OLD MEN)たぶんコーエン兄弟の代表作となるであろう。雑誌などに“終盤が肩透かしである(だからつまらん)”なんてことを書いている批評家がいるが、いったいどこを観ているのかと言いたい。あの拍子抜けに思えるラスト近くこそが、作者が最も強調したかったことなのだ。

 80年代初頭のテキサスを舞台に、大金を横取りしようとするベトナム帰還兵(ジョシュ・ブローリン)と、それを追う狂的な殺し屋と、ロートルの保安官(トミー・リー・ジョーンズ)との息をもつかせぬチェイスが展開する。とにかくハビエル・バルデム扮する殺人マシンのようなヒットマンの造型と振る舞いが凄い。

 挨拶代わりに手錠をしたまま保安官補を絞殺するシーンでは、カメラは相手が息絶えるまでの長い間その惨劇を凝視し続けるが、何より殺し屋の喜悦の表情と、その後の悶絶する犠牲者が残した床の傷および手錠が食い込んだ手首の擦り傷とを強調する御丁寧さ。それを皮切りに、コイツの行くところ死体の山となる。

 対する“金横取り男”も、しがない田舎暮らしの平凡な人間に見えて、ベトナム戦で培った抜群の危機管理能力で幾度か窮地を突破。軍隊あがりだけに射撃の腕も確かで、殺し屋にダメージを与えたりもする。

 しかし、それだけならばテンションは異様に高くても“単なるサスペンスフルな追跡劇”でしかない。本作の一筋縄ではいかないところは、真の主人公はハデな立ち回りを演じる前述の二人ではなく、一見影が薄く思える初老の保安官である点だ。正確に言うと、彼を取り巻く状況の“変化”こそがこの映画のポイントである。

 父親の跡を継いで若くして保安官になり、長年いろんな事件を扱ってきたが、最近の犯罪は理解できないとボヤく。折しも80年代に入りベトナム戦争の悪夢は払拭されたように見えて、その影響はアメリカ国民に重い澱のようにのしかかり、社会の歪みが深刻になってきた時期だ。常軌を逸した二人のやり合いは、終盤近くで当事者達があずかり知らぬ経緯で唐突に幕が下りる。

 個人的な怨恨や損得勘定を超えた不気味な“ある勢力”がドライに事件を片付けてしまうような、苦々しさが広がる。その理不尽さを見せつけられ、古い人間(←古いアメリカの象徴か)である保安官はただ立ちつくすしかない。未決着部分を残しつつも無常観漂う空間の中を去ってゆく登場人物達に、ますます不透明感を増すアメリカ社会そして国際情勢の象徴を見出すことが出来れば、本作の深さも少しは認識できよう。

 テキサスの荒涼とした風景を捉えたロジャー・ディーキンスのカメラ、必要最小限で抜群の効果をもたらすカーター・バーウェルの音楽も素晴らしい。

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