元・副会長のCinema Days

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「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」

2023-08-21 06:06:51 | 映画の感想(な行)
 (原題:SCHACHNOVELLE )この邦題は完全に間違っている(笑)。タイトルだけ見れば誰だって“チェスの達人である主人公がナチスの高官に対局を挑み、その裏でユダヤ人たちの脱出計画などが展開するドラマ”みたいな話だと思うだろう。しかし実際観てみると様相がまるで違っているので、この時点で敬遠してしまった観客も少なくないと想像する。だが、それらを割り引いて鑑賞してみれば、これは実に手の込んだ心理ドラマであり、見応えたっぷりだ。

 第二次大戦が終わり、かつてウィーンで公証人の仕事をしていたヨーゼフ・バルトークは妻アンナと共にロッテルダム港からアメリカへと向かう豪華客船に乗る。彼は戦時中にオーストリアを併合したナチスドイツに拘束され、顧客の貴族の資産の預金番号を教えるよう脅迫されたことがあった。その際に偶然覚えたのがチェスで、今ではかなりの腕前になっている。ちょうど船内では世界王者を招いてのチェス大会が催されており、ヨーゼフは王者と一騎打ちをする機会を得る。



 予約していた客室のグレードが違っていたり、一緒に乗船したはずのアンナがいつの間にか消えていたりと、ヨーゼフの周囲には奇妙なことが頻発する。並行して描かれるのが、ナチスに囚われていた時の辛い体験だ。強制収容所に収監されたわけではないが、彼はホテルの一室に閉じ込められて外界との接触を断たれる。しかも書物や新聞からは遠ざけられ、食事以外はタバコを与えられるのみで気晴らしになる物は一切無い。何とか手に入れられたのがチェスの入門書で、彼はそれを熟読してチェスをマスターしていくという筋書きだ。

 しかし、素人がガイドブックを読んだだけで世界チャンピオンと渡り合えるだけの棋力を得られるわけがない。そもそも、原作者であるオーストリアの作家シュテファン・ツバイクが元ネタの小説「チェスの話」を執筆したのは1942年で、彼は戦後の風景を知らない。だからこれは、リアリズムで押し切るべきシャシンではないのだ。すべては主人公の内面を追ったものであり、本当の“現実”らしきものはラストに示されるのみである。また、それによってナチスの非人間性と戦争の悲惨さが浮き彫りになってくる。

 フィリップ・シュテルツェルの演出はこの複雑な映画の構造を破綻なく表現しており、主役のオリバー・マスッチもニューロティックな妙演を見せている。そしてゲシュタポ将校に扮するアルブレヒト・シュッフのアクロバティックな役回りは凄い。ビルギット・ミニヒマイアーにアンドレアス・ルスト等、脇の面子も良好。

 なお、ヨーゼフが“チェスはゲルマン民族の遊びに過ぎない(だから嫌いだ)”という意味のセリフを吐くシーンがあるが、実際はそうでもない(起源は古代インド)。しかし、初代の世界王者のヴィルヘルム・シュタイニッツは確かにゲルマン系であり、しかもオーストリア帝国出身。そのことに関係したモチーフであると思われる。

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