元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「密告・者」

2011-12-15 06:38:10 | 映画の感想(ま行)

 (原題:綫人 The Stool Pigeon)見応えのあるフィルム・ノワールだ。警察が犯罪組織にスパイを送り込むという設定はいわゆる“覆面捜査もの”に分類されるが、本作の場合そのスパイが悪者に成りすました警官ではなく、れっきとした犯罪者であることが目新しい。

 当然それは合法的な捜査方法ではなく、イレギュラーなものである。だからそのスパイのプロフィールは、覆面捜査を画策した警察側の一人(あるいは数人)しか知らない。このパターンは「インファナル・アフェア」でも踏襲されていたが、今回は非公式な捜査だから事態は一層シビアだ。もちろん、スパイが敵に勘付かれて消されても当局側は一切関知しない。

 香港警察の捜査官であるドンは、この綱渡り的な“覆面捜査”によって数々の難事件を解決してきた。彼の新しいターゲットは、宝石強盗のバーバイの一味だ。ドンは刑務所から出所してきたサイグァイという若い男を、スパイとしてバーバイのもとに潜入させようとする。サイグァイには借金のカタとして娼婦として働かされている妹がいる。彼はこの借金を返さねばならない事情があり、ドンは高額な報酬をエサにサイグァイを自分の協力者に仕立て上げる。

 精密機械のように作り込まれた「インファナル・アフェア」には及ばないが、本作は警察側の当事者をも丹念に描くことによって、独自のドラマツルギーの手厚さを獲得している。ドンはかつてスパイに使った男に自身の不注意によって重症を負わせてしまった負い目があり、映画は彼がこの重いトラウマを乗り越えるプロセスも大きく挿入される。

 ダンテ・ラムの演出は荒っぽい部分もあるが、ドラマ展開はダイナミックだ。中盤のカーアクションも悪くはないが、最大の売り物は終盤の廃校での格闘シーンである。山と積まれた机と椅子の中で、登場人物達は藻掻くようにして死闘を繰り広げる。即物的なカメラワークも相まって、迫力は相当なものだ。この場面だけでも十分に入場料のモトは取れる。

 サイグァイを演じるのはニコラス・ツェーで、ドンに扮するのはジョニー・トー作品でお馴染みのニック・チョンだ。どちらもかなりの力演だが、特に警官の矜持がありながらも逼迫した状況の下で暴走を続ける複雑な人物像を表現していたニック・チョンのパフォーマンスには感心した。

 また、バーバイの愛人ディーを台湾人女優グイ・ルンメイが演じているが、過去の「藍色夏恋」や「台北カフェ・ストーリー」などにおける“癒し系”のテイストをかなぐり捨てたような汚れ役にチャレンジしていて、こちらも圧巻。観て損はしない香港製サスペンス劇の佳作である。
コメント
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