元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「シャネル&ストラヴィンスキー」

2010-02-11 06:46:58 | 映画の感想(さ行)

 (原題:COCO CHANEL & IGOR STRAVINSKY)映像が良い。美術も素晴らしい。音楽も聴き応えがある。登場人物の面構えも良い。しかし映画としてまったく面白くない。これはひとえに監督の責任だ。ヤン・クーネンといえば過去に「ドーベルマン」を手掛けている。言うまでもなくあれは活劇編だ。しかも、クエンティン・タランティーノの影響が大きいことを認めている。どう考えても偉人の伝記映画をマジメに撮れる人材ではないのだが、案の定、中身の薄いシャシンに終わっている。

 私が観たいのは、20世紀前半を代表する二人の天才の壮絶なバトルである。本作では、ストラヴィンスキーはかつて失敗したバレエ「春の祭典」の再演をシャネルの助力により成功させ、シャネルはロシアから来たエキゾティックな男からインスピレーションを得て「シャネルNo.5」を完成させたという設定になっている(事実はどうだか知らないが ^^;)。

 ならば、互いの溢れる才気が画面一杯に渦を巻き、丁々発止と火花を散らし、常人の及びも付かない次元での“合意”と“共感”をスペクタキュラーに描かねばならない。ところがここには何もないのである。ただ“シャネルはこういう女で、ストラヴィンスキーはこんなタイプで、こういった具合に知り合って別れた”という粗筋を滔々と語るのみ。

 シャネルとストラヴィンスキーの妻との確執も、ストラヴィンスキーが「春の祭典」に掛ける常軌を逸した情熱も、シャネルのファッションに対する思い入れも、何ら深く掘り下げられていない。ただ表面的に“こうでした”という事実を並べているだけだ。こんな体たらくでは評価できるはずもないだろう。ラストに晩年の二人を登場させる意味も不明だ。

 シャネル役のアナ・ムグラリスは硬質な美貌を誇り、たぶん本当のシャネルもこんな風体だったのだろうと思わせる。ストラヴィンスキーに扮したマッツ・ミケルセンも、腹に一物有るような芸術家の度量を見せつけて申し分ない。ガブリエル・ヤレドによる音楽もストラヴィンスキーの作品に負けない存在感だし、そして何より本当のシャネル社が協力した衣装や舞台装置は見事の一言(特に別荘のインテリアの美しさには溜め息が出た)。冒頭とエンディングに流れるタイトルバックのハイセンスぶりも光る。

 ただし、肝心の映画の内容が斯様に腰砕けでは、それらの要素も“空振り”の様相を呈してくる。脚本を描き直し、実力のある演出家に依頼して撮り直して欲しいものだ。
コメント
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