先般の修士論文指導において、先生に武蔵野大学大学院に合格したことを報告した。武蔵野大学大学院では「宗教を学びたい」と先生に申し上げたところ、モンローの「教育史概説」を貸していただくこととなった。
英語の本も一緒に借りれそうな雰囲気だったのだが、とてもじゃないが原文は読めない。翻訳された方だけお借りした。
そう、宗教と教育は隣接しているのである。大学の起源も、宗教の教育施設という話があった。日本でも仏教系大学、キリスト教系大学等、宗教と大学は非常に近い。
仏教大学や国際基督教大学なんぞ、仏教及びキリスト教がそのまま大学名になっている。その他にも、天理大学、創価大学、大谷大学、高野山大学もそうだし、武蔵野大学も仏教系大学なのである。
で、この本の第5章第5節の「大学」のところで驚くべき一節を発見した。大学の色々な特権が書かれているのだが、その最後のところにこのように書かれている。
>大学の他の重要な特権は学位授与権であって、学位はもと単なる教授免許に
>過ぎなかった。これより以前においては、この特権は大司教、司教、または
>その属官を通じて専ら教会によって授与され、かくて教会は教育の方法や内容
>を統制してきたのであった。
そう、学位とは、そもそも教授免許=資格だったのである。また、学位は教会から授与されるということで、すなわち、宗教の一環なのである。
学位とは最強の権威の1つである。だからこそ、神から与えられる。そのように、神から与えられることで権威付けされるのだ。
ということで、学位は宗教なのである。だからこそ、私は資格や学位を語るなら宗教を学ばなければならないのだ。
資格を更に遡ると、どこまでいくのか。それも、恩師からの指導の中で、私の答えは固まりつつある(これは修士論文とは全く関係ないものです。でも、そういう指導を恩師はしてくださるのです)。
それも、「宗教」なのである。
結局は、昔、どのような民族でもあるのだが、子どもから大人になる際の、成年式=イニシエーション・セレモニーがある。これは、大人の「資格」を得るための重要な経過儀式である。
シャーマン立会いの下で、歯を抜く、刺青をする、バンジージャンプをする、日本なら元服式のように、多くの文化・宗教の中で大人になる儀式があるのだ。その試練をクリアしない限り、大人にはなれない。
すなわち、オーソライズされるものだから「資格」なのである。
恩師からヒントを与えていただくまでは、私のやってきた資格取得が、学位取得や宗教に関連する一連の流れだとは思いもよらなかった。
異論もあるかもしれないが、このように学問が広がっていくことを、私は非常に楽しんでいる。
>大学の
英語の本も一緒に借りれそうな雰囲気だったのだが、とてもじゃないが原文は読めない。翻訳された方だけお借りした。
そう、宗教と教育は隣接しているのである。大学の起源も、宗教の教育施設という話があった。日本でも仏教系大学、キリスト教系大学等、宗教と大学は非常に近い。
仏教大学や国際基督教大学なんぞ、仏教及びキリスト教がそのまま大学名になっている。その他にも、天理大学、創価大学、大谷大学、高野山大学もそうだし、武蔵野大学も仏教系大学なのである。
で、この本の第5章第5節の「大学」のところで驚くべき一節を発見した。大学の色々な特権が書かれているのだが、その最後のところにこのように書かれている。
>大学の他の重要な特権は学位授与権であって、学位はもと単なる教授免許に
>過ぎなかった。これより以前においては、この特権は大司教、司教、または
>その属官を通じて専ら教会によって授与され、かくて教会は教育の方法や内容
>を統制してきたのであった。
そう、学位とは、そもそも教授免許=資格だったのである。また、学位は教会から授与されるということで、すなわち、宗教の一環なのである。
学位とは最強の権威の1つである。だからこそ、神から与えられる。そのように、神から与えられることで権威付けされるのだ。
ということで、学位は宗教なのである。だからこそ、私は資格や学位を語るなら宗教を学ばなければならないのだ。
資格を更に遡ると、どこまでいくのか。それも、恩師からの指導の中で、私の答えは固まりつつある(これは修士論文とは全く関係ないものです。でも、そういう指導を恩師はしてくださるのです)。
それも、「宗教」なのである。
結局は、昔、どのような民族でもあるのだが、子どもから大人になる際の、成年式=イニシエーション・セレモニーがある。これは、大人の「資格」を得るための重要な経過儀式である。
シャーマン立会いの下で、歯を抜く、刺青をする、バンジージャンプをする、日本なら元服式のように、多くの文化・宗教の中で大人になる儀式があるのだ。その試練をクリアしない限り、大人にはなれない。
すなわち、オーソライズされるものだから「資格」なのである。
恩師からヒントを与えていただくまでは、私のやってきた資格取得が、学位取得や宗教に関連する一連の流れだとは思いもよらなかった。
異論もあるかもしれないが、このように学問が広がっていくことを、私は非常に楽しんでいる。
>大学の