と~ま君の団塊世代ひとこと日記 

定年後を、いつまでも少年のような気持ちで過ごしています。九十九里浜で、年金+5つのバイトで気ままな暮らしを継続中。

今日は、千葉市でアルバイト。帰ってきて、文芸賞の審査会。

2018年11月21日 18時11分38秒 | 独り言2018

実に多忙でございました。

で、まだ4000歩しか歩いていない。

18:10である。

これから中国語講座に参加してくる。

明日も千葉市に出かける。

朝、4時40分に起きる。

よって、今日はこれくらいにする。

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なんだかいろんなことが起きますねぇ、日産とか

2018年11月21日 18時08分43秒 | 独り言2018

がっかりした。

日産のことである。

長年乗ってきた。

家人もいまだに乗っている。

信用していたのにねぇ。

それだけ。

打鍵する気にもならない。

 

 

 

 

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11月20日(火)のつぶやき

2018年11月21日 06時18分24秒 | 独り言2018
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相手を(奥様も・友人も・部下も・上司も)自分の支配下におこうとするから、間違うのだ。

2018年11月20日 06時33分39秒 | こころの世界

般若心経を時々眺めることがあるが、タイトルについて、いろいろ考えさせられるですねぇ。

 

 

般若心経は、自分の思い通りに相手をコントロールしたいのにそれができないからいろいろな「苦」ができると書いてある。だから、それで悩むのだ。

般若心経には、「照見五蘊皆空 度一切苦厄」という部分がある。これがそうなのだということだそうな。受け売りである。学者先生からの。

「苦」というと苦しみと訓をつけるが、そうすると誤解をしてしまうらしい。

苦しみではないのだ。

つまり、相手を自分の思うとおりにしたいから、悩むことになる。

そんなの捨ててしまえばよろしい。

ダンナを、自分のオクサンをコントロールしようったって、そうは問屋がおろさない。そんなもん、できる訳がない。ましてや、会社や組織の中で相手を自分の思うとおりにしようとしても抵抗されるだけである。イヤなものはイヤなのである。

人間はそういう感情を持っているから、生き延びてきたのだ。

大蛇に喰われたくないから、嫌いだというのは非常によくわかる。本質的に嫌悪感を持っていれば、無事これ息災である。危険なものには近寄らないからである。

 

ボキは、上手に泳げない。ましてや、九十九里浜で泳ぐ気はサラサラない。あんな恐ろしい海の中に入っていって、おぼれたらどうするんだいと思っているからである。だからおぼれない。なぜなら、近寄らないからである。もっともどうしても船に乗らなくてはならない時は、救命道具をきっちり身につけて行く。だって、ほとんど泳げないからである。

奥州の山奥で育ったのだ。波なんか立たない。川でしか泳いだことがない。せいぜい10メートルも泳いだら、向こう岸についてしまうようなせせらぎでしか泳いだことがない。

これからも海へのチャレンジはしないつもりである。海で死にたくはないからである。

せっかく九十九里浜に住んでいるのに、もったいないと言われたこともあった。

しかし、できないのだ。

だから、泳げない人を根性で泳げなんてぇことは絶対に言わない。言ったこともない。体育の授業もやったことがあったから、当然プール指導がある。その時でも、そんなことは言ったことがない。

相手を支配下におくことはしないからだ。

自分ができないことを他人に強制してはならない。そう思っている。

柔道は別であった。柔道は若干ながらできるからだ。

義務制のセンセ時代に体育の授業もさせられたことが、採用試験を受け直して高校の世界に飛び込んだ最大の理由であった。疑問に思っていたからである。結婚してから再受験したのだから、今から思えばずいぶん思い切ったことをしたもんである。

こういう傾向は今でもある。

副業をやっているのも、ずいぶん思い切ったことをやっているのだと思う。普通なら、家に引っ込んで隠居を気取ってもいいらしいのに、まだまだ若い衆と一緒に仕事をしているからである。

どうやら、ボキには引退という文字はないらしい。

相手をコントロールしたいというより、ボキ自身をコントロールしなくちゃアカンのかねぇ(^_^)。

 

ヾ(*´∀`*)ノ

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11月19日(月)のつぶやき

2018年11月20日 06時15分52秒 | 独り言2018
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肩書きもなんもない存在感の薄いボキではあるけれど

2018年11月19日 08時32分53秒 | 独り言2018

存在価値のないジジイではあるけれども、これでも世の中の役にたちたいという思いはあるので(^_^)。

 

 

肩書きのない仕事。

まさに今のボキのごとし。なんにもない。存在価値もない。ただのジジイである。それでも、ボランティア精神で五つのアルバイトをしている。これって、まさに肩書きが欲しいとか、なんかメリットがあるからやっているというような気持ちでやっているのではない。趣味に近い。あるいは、退屈だからやっているというのに近い。近いではないなぁ。それそのものだなぁ。

もういいではないか。現役時代は精一杯働いたのだ。それなりにやりきった感はある。非常にある。

でも、まるっきり社会との関わりを失ってしまったらサミシイ。

それでやっているのだ。アルバイトを。楽しみでやっているというのが、当たっているのだ。

こんなだらしないボキでも世の中の役に立っていると思うと、楽しくなってくるのだ。

ありがたいことである。感謝である。

だからアルバイトはなんでも良しである。ささやかな収入をいただけるのであるから実にありがたいことである。

今朝は十分寝た。

小三治さんの落語をいつも起きている4時45分から聞き始めた。Kindleである。これに仕込んである。100くらいの話をKindleのSDカードに入れてある。寝る前に聞くのだが、睡眠薬になっている。それを今朝聞いていたら、二度寝した。起きたら、7時を過ぎていた。で、ちょっと散歩に行ってそれからありがたく朝食をいただいた。

それで今打鍵している。

今日は、これから歯科医院に行ってくる。歯のクリーニングである。そして、帰りは中古本チェーン店に行ってくる。五つのバイトのうち、歯科医院がある某市にある某大学で前期のみ授業をやっているから、前期はけっこうこの古本店には行っていた。今は、授業がないので、行っていない。だから今日は楽しみである。古本店がである。

午後は、愛車の定期点検。

これまた快調に回っている。出来事すべてが快調である。

ついでに言えば、体内も快調に回っている。便秘もない。血圧も好調。ただし、体重が増えてきた。昨日、おいしいラーメンを喰ったらたちまち増えてしまった。食い意地が張っているのだなぁと慨嘆していた。食欲だけは、コントロールできないのだ。情けない。

今日の昼は、軽く済ませよう。

普段千葉市にアルバイトで出かけた時は、サンドイッチくらいで済ませているからだ。休みで家にいると、すぐさま食欲が増進してしまうのだ。だから情けないと思うのである。これだから病気になっちまうのである。

クワバラ、クワバラ。

 

ヾ(*´∀`*)ノ

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11月18日(日)のつぶやき

2018年11月19日 06時19分47秒 | 独り言2018
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毎日楽しいです。昨日の歴史の会で思ったことはこれだけ(^_^)

2018年11月18日 09時07分19秒 | 独り言2018

「頼まれごと」をこなしながら、不平不満を一切言わず、毎日を楽しく過ごす。これがボキの生き方の「コツ」である。

 

 

ありがたいことである。

ナニガ?

昨日の歴史の会である。史跡探訪というやつである。参加者17名であった。ずっと下働きをさせていただいている。こんなボキでもやることがあるからである。そして、ボキは楽しくなってしまう。楽しいからやる。そうすると、イキイキしてくる。

基本的に逃げない。ただし、逃げ出すと徹底的に逃げる。なに、簡単である。つかまりたくないからである。したがって、人間関係が破綻したらこれもまた徹底的に逃げる。

なにも逃げることは恥ではない。

物理的に不可能だとか、金銭がらみのことには関わらないことにしているからである。これは血縁関係であってもそうだ。現実について、シビアなのかもしれない。

基本的には、そういうことである。

でも、ゆるみというのは守っているなぁ。ゆるんで生きているからだ。第一、楽である。ゆるんで生きていると。なにもいつも戦場にいるわけではないからだ。そんなことをしていたら、命がいくつあっても足りないではないか。

したがって、ボキは自分に甘い。甘いから、他人にも甘い。そして、逃げない。仕事からはである。逃げないから、いくらでも「仕事」がやってくる。ありがたいではないか。余裕で仕事もできる。

良い例が、今やっているアルバイトである。成績をつけるのに、ボキはエクセルを使ってやっている。これが世界の驚異らしい(^_^)。

ボキはどう見ても、エクセルを使って成績評価を出すようには見えないらしい。だから、隣近所の先生方が指導してくださる。二つの高校でも授業をやっているが、通信制の学校の方は最近慣れてきてくださった。周囲がである。あ、このじいさんコンピュータできるんじゃないかっていうわけである。それに、スマホを使って動画を作る授業もチャレンジしているから意外性はもっと高まっているらしい。若い先生から、逆に聞かれるからである。

スマホをバッグから出したときは、経営責任者が目を見張った。スマホもお使いになれるのですか?と聞かれたときには、失笑した。

まったくのジジイに見えるらしい。なにも否定はしないけれどもねぇ。がっかりもしない。事実ジジイであるから。

それに、最近腰が痛かったので、階段をゆっくり歩いていたら、労りの言葉をかけてくださった。これもまたジジイに見える理由なのかもしれない。無理をしないから、痛いときには痛いなりに歩いているからである。大けがをしたらつまらないではないか。

歴史の会も生涯学習の一環である。

良い会に所属させてもらったものである。感謝である。

「頼まれごと」をこなしながら、不平不満を一切言わず、毎日を楽しく過ごす。これがボキの生き方の「コツ」である。

自分が一番楽でありまするから。ただし、逃げるときは速いけど。

 

わははっはははっはははっはははっはははっははっははは。

 

ヾ(*´∀`*)ノ

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11月17日(土)のつぶやき

2018年11月18日 06時16分17秒 | 独り言2018
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布川徳満寺の間引絵馬を見てきました

2018年11月17日 22時58分57秒 | 独り言2018

今日は、いつもどおり電車で千葉市に出かけた。

お世話になっている歴史の会で、史跡探訪をおこなったからである。

総勢17名。

千葉駅からちょっと離れたところからバスに乗って、印西市へ。

そして隣県の利根町に行った。

実に恐ろしい絵馬を見てきた。

柳田国男が民俗学をやることになった原点の絵馬であるそうな。

寒くなるような、絵馬であった。

それにしても、社会情勢上しょうがなかったとはいえ、なんということなのだろうと思ってきた。

人間の悪業はつきない・・・・・。

ため息が出た。

書庫にある柳田国男全集をもう一度読み直そうと思ってきた。

ううううううううううううううううううううううううううむ。


利根町公式ホームページには以下のように紹介されている。

>徳満寺の本堂廊下には、「間引絵馬」が掲げられています。絵馬には、母親が必死の形相で生まれたばかりの子供の口をふさいでいる様が描かれており、水害と天明の飢饉に襲われた農民の悲惨さを象徴しています。民俗学者柳田國男は13歳のとき(明治20年)長兄のいる布川に身を寄せ2年余を過ごしましたが、布川での様々な体験と、この「間引絵馬」、そして「利根川図志」にふれたことが、後に民俗学を志す原点になったといわれています。

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11月16日(金)のつぶやき

2018年11月17日 06時22分57秒 | 独り言2018
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今日はこれにて退散します(^_^)

2018年11月16日 16時53分25秒 | 独り言2018

千葉市のバイトから帰ってきた。16:51である。

さすがに、打鍵する気にならない。

しかも、夜7時30分から塾のバイトもある。

そんなわけで今日はこれにて退散します。

明日も歴史の会で、千葉市に出かけなくてはならないので。

歴史探訪で印旛に行くので。

 

ヾ(*´∀`*)ノ

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11月15日(木)のつぶやき

2018年11月16日 06時17分16秒 | 独り言2018
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稀勢の里、ああああああああああ、稀勢の里

2018年11月15日 17時09分59秒 | 独り言2018

稀勢の里連敗は、ボキにもショックだった。

 

 

稀勢の里が連敗してしまった。ファンを自認しているボキとしては、実に残念である。

憎たらしいほど強いという力士ではない。なんとなく気の弱さも感じられて、要するに放っておけないという感覚になってしまうのである。

それに、ボキの子どもと同い年である。これもまたファンになった理由でもある。さらにある。隣県の茨城県の出身でもある。なんとなく、気になっていたのである。

そしてなかなか横綱になれなかった。

苦心惨憺優勝して横綱になった。これもまたファンになった理由でもある。

ともかく苦労が多いのである。回り道も甚だしい。だから、応援したくなってしまうのだ。

まるでボキの人生を見ているようだ。回り道の人生を。まっすぐに、エリート街道をばく進しているというイメージではないからである。

自分自身を見るような気がするからである。

今日は千葉市でアルバイトをしていた。これから塾である。若干疲れている。

短いが、今日はこれくらいにする。

 

ヾ(*´∀`*)ノ

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11月14日(水)のつぶやき

2018年11月15日 06時14分00秒 | 独り言2018
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/