今日は今年の大晦日。
家でのんびりしているところ。時間がふんだんに有り余っているので、ついつい、産能時代の友人で大学院に進学した友人のブログを一気に読みつくしてしまったところ。学部(527)~大学院(759)まで、1,000件以上の記事を一気に読み込む。速読ができてよかったと思ったところ。まあ、凄い!本当に凄くて壮絶。
学部+大学院の4年、いや、特筆すれば、やはり大学院が壮絶なのだが、私自身、院は違えど、同様に学部と大学院を修了したことに気が付いた。そして、徐々に思い出す。大学院って、思い返すと壮絶だったな~という簡単な事実を。
正直、会社はMBA受験に必須ともいえる推薦状すら書いてくれないくらい大学院に行くことを白眼視。孤立無援の上、履修した科目はすべてドロップアウトせず真正面から取り組んだ日々。19時開始の授業の前に、時間が10分あれば中目黒の松屋や吉野家で牛丼を掻き込み、時間がなければセブンイレブンのおにぎりを歩きながら食べる。もっと時間がなければ欠食の上、タクシーで代官山キャンパスに駆け込む。
徹夜はしないけれど、レポート作成のため朝3時、4時になることもしばしば。修士論文に相当する「コンサルティングワークショップ」に対し、教授からダメ出しを何度も何度も頂戴し、うつ病秒一歩寸前(いや、うつ病だったかも)、過食嘔吐を繰り返し10キロ体重が減り、髪の毛は抜け病人同然。血を吐いたこともあったっけ(笑)。
というか、何故か不幸にも、大学院での私の指導教官は大物ぞろい。産能の時は研究科長、明星の時は学長、放送の時はテレビでおなじみの先生、武蔵野は人間学研究科の時は普通の先生だったが、仏教学研究科の時は某学会の会長。ゆえに、妥協を許さない先生が多く、死にかけてしまう・・・
加えて、なかなか手を抜けないのが私の悪いところ。明星では優秀論文ということで発表したし、武蔵野(仏教学)では先生に「学会で発表しますか」と言われ・・・そうそう、武蔵野(人間学)の時は別の学会のパネリストにもなったっけ?そう考えると、我流のくせに、それなりに面白い作品を生み出しているってことか。しかし・・・そういう命を削る研究を5回も繰り返すなんて、俺ってどうにかしている。いや、クレイジー以外の何者でもない。
基本的な性格が、八方美人の天邪鬼。232の資格に代表されるように、一つのことに注力するのが大の苦手。大学院に行っている時も機構の学位を並行して取得したり、科目履修生等の二重学籍、三重学籍、時には六重学籍なんてのもあったし、放送大学大学院の時は、何を血迷ったのか、正科生での放送大学と自由が丘産能短大との三重学籍を実施。同じ日に3つの学位を授与されることもあったっけ。
普通に大学院を修了するだけなら多くの社会人が実現している。それを凌駕する限界点を自分自身を実験台として研究できるチャンスなのだから、それをやらねば嘘だろうって思ってしまいレポート・論文地獄へ。天邪鬼な性格が、更なる血反吐を誘因する。もう、本当、ただのアホやん。
でも、これぐらいやっても死なないし、ハゲはしたものの、肥満は一気に解消されたのだから、怪我の功名ってところだろうか?ゆえに、躊躇し、言い訳を考えるくらいなら、飛び込んでも大丈夫やん!っていうのが基本スタンス。
「お金」「時間」「距離」以外のことで、グダグダ考えるだけ時間の無駄である。自分の学力を心配しているなら、学力がない輩は入試で合格できない仕組みとなっているので、とりあえず受験して大学サイドに学習の可否を判断してもらえばよい。あるいは入学説明会に行くとか。
あと「お金」「時間」「距離」についても、自分が思っているよりなんとかなるものである。そんなことは、先輩大学院生が書いた様々な本に「思ったよりなんとかなった」と定型文句のごとく書かれている。
無論、緩く、ぬくぬくとした現状を変えたくないという人は別である。しかし、何らかの興味があって、このブログを読んでいるということは、何か変えたいという思いがあることを前提としているので、あえて、挑発的な言い回しとなってしまう。
でも、先に私が一気に読んだブログの方は、専門学校卒業から通信制大学を卒業し、MBAを取得された方だし、私が産能のMBAに行ったきっかけとなった方も、短大から通信制大学を卒業し、MBAを取得された方である。やれば出来ることを証明する人々は多数存在し、その学びのスタンスにはリスペクトしてやまないものがある。
本当、世の中、上には上の方がいる。その方々に一歩でも近づきたいからこそ、私も学び続けるのである。
そんなことを大晦日に考えてしまいました。それでは、皆さま、よいお年をお迎えください。