生涯学習の部屋

資格取得数232。5つの修士と16の学士と1つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

集中読み!

2010年11月17日 22時07分57秒 | 人間学
私の読み方は変わっている。

特定のターゲットとする作家の本を集中して読むのだ。そうすることで、その作家の考え方や主張を一気に習得することができる。この手の読み方をする人もいないことはない。

逆に、特定のテーマを決めて、それに関する書籍を読み漁る方法もある。私も、時にはそういう読み方もしてみることがある。

さて、今、集中して読んでいるのが「柏木哲夫先生の本」である。同時に聖心会のシスター「鈴木秀子先生の本」も読んでいる。他にも人間学関係でいるが、まだ、書けるほど読んでいない。

この「柏木哲夫先生の本」であるが、先般読んだ本に引き続き、「死を学ぶ 最後の日々を輝いて」とうい本にも、あのフレーズがありました。P.3に「この世にただ一つ絶対に間違いのない統計が存在する。それは≪人間の死亡率は100%である≫という統計である」というフレーズ。これは、サマセット・モームの言葉だそうだが、何度聞いても、その通りと思ってしまう。

あと100年経てば、この世のほとんどの人が存在していないだろう。このことが、死亡率100%に繋がるのだと思う。でも、それを愁う必要はない。人間死ぬからこそ、有限の命を大切にするのである。また、死ぬからこそ、今を精一杯生きようと思うのである。

天国なのか、極楽なのか、宗教上の呼び名は分からぬが、人生を終えたとき、自分がやってきたことを悔いることなく、報告できるように、今を頑張っていきたいと思っている。
コメント

「早朝坐禅 凛とした生活のすすめ」

2010年11月02日 21時50分57秒 | 人間学
この本はいろいろと取り上げたいところがあるが、やはり、pp.139‐142の「比較地獄」についてであろう。

「人間関係上の悩みというのは周囲からの漠然とした抑圧感によって生じるものばかりではない」と切り出し、他人との「比較」から地獄が始まるとしている。

そう、自分は本当は幸せなのに、もっと幸せな第三者と比較することで、不満が生じるのだ。「あらゆる不満は『比較』することから生じるといっても過言ではない」と言い切っている。

私は、特に人間学を学んできたわけではないが、昔から「足るを知る」ことの大切さは、このブログでも述べてきた。欲を出すときりがない。だから、ほどほどにしておきたい。何事でもそうであろう。自分の時間をすべてお金等の「物欲」に置き換える生活は、本当に幸せなのだろうか?

他人と比較しなければ、それほど、人生、生き辛いものではない。むしろ、幸せに感謝するような生活になるかもしれぬ。そういう生き方をしたいと願っている。
コメント

「受け容れる、老いと死と悲しみと」

2010年11月01日 22時53分47秒 | 人間学
まず驚くのがp.54の家族介護の「神話」というところ。

>これまで「介護は女がするもの、介護は家族の仕事、昔は日本では
>家族がお年寄りを手厚くお世話したものだ」と思われてきた。

そう書かれていた。それは「<かいご>の<ごかい>」であるとバッサリ斬り捨てている。何故なら、高度経済成長前の昭和30年代、高齢者は重い病気になっても、都市部でさえ、入院することはほとんどなかったからだ。

>「多くの高齢者は数日から数週間自宅で床についてなくなった。」としている。

そう、平均寿命が大幅に延びてしまったがために、寝たきりの問題が発生し、長期にわたる介護が必要となった。これには驚いたというより、驚愕である。


次に驚いたのが、p.80からの「断食死」について。平安時代末期から中世期にかけて編集された修行僧の電気、「往生集」や「高僧伝」を見ると、いよいよ最後の命終の時期が近づくと、彼らの多くが断食に入っていくそうだ。五穀を断ち、十穀を達、やがて、木の実や葉も断って、枯れ木のようになっていくそうだ。

この本では、西行も、願い通りの時期に死を迎えているので、自発的に断食死であったろうとしている。

以前から、古典を紐解くと、高僧が予言した通りの時期に死を迎えていることに疑問を持っていたが、なるほど、自発的に絶食して絶命しているのなら、納得が行く。


最後に、この「断食死」を『お迎えのとき-日本人の死生観-』の第1章で書かれたのが山折哲雄先生である。また、p.186にはシスター鈴木(秀子)先生の名前もあがっている。徐々に、知らなければならない先生方の名前が繋がってきた。このタイミングが一番、学習が面白い時期なのかもしれない。
コメント

「新米おかみ奮戦記」

2010年11月01日 22時49分39秒 | 人間学
この本は社会福祉法人を設立し、経営に携わった方が書かれた本です。

法人設立のため多大な困難を乗り越えられたことと、ヘルパーへの厳しい姿勢が素晴らしいと思います。
コメント

「生きて死ぬ智慧」

2010年11月01日 22時42分32秒 | 人間学
この本は般若心経について書かれた本です。

前々から、般若心経を唱えたかったのですが、機会に恵まれませんでした。この本と、ダウンロードした般若心経を携え、一心不乱に国分寺から新宿まで聴き続けました。歩いているときも、帰りも、バスの中でも、家でもBGMが般若心経です。

今日だけで、何十回聴いたかわかりません。

でも、やっと、少しだけ、わかってきたような気もしないでもない。毎日、般若心経を聴き続けます。
コメント (2)

「老老介護四半世紀」

2010年10月31日 21時32分23秒 | 人間学
25年間夫を介護してきた方が書かれました。

老老介護は老年学の大きなテーマです。しかし、一番目を引いたのはp.100の「どんなに長くても人の一生は百年たてば終わり。」という所。そう、介護を四半世紀やってきた方と、私が常日頃思っていることが全く同じなのです。百年たてば、周りにいる人のほとんどが人生を終えているのです。

加えて、同じページに病気や事故や事件、災害で死を迎えた人に対して、「宗教家の役割は法話、即ちカウンセリングになるだろうか。」と書かれているのも、重い一言です。

この考え方なら、宗教家とカウンセラー、いうなれば「宗教学」と「心理学」は非常に近いものといえるでしょう。

ひょっとしたら、今日、この日が、私にとって、宗教学という新たな柱を立てる記念の日になるかもしれません。私の強みとしては「資格」「MBA」「社会人教育」「学位」「心理学」等々あり、現状、必死に「人間学」の分野を徒手空拳で切り開いている状況です。でも、「宗教」はまだ未知の分野です。

「宗教」は、以前書いたように「大学」とも近いので、そろそろ、本腰を入れて学習してみようかな。
コメント

「生と死」

2010年10月30日 22時11分37秒 | 人間学
この本では、「生」の部分で体外受精やクローン技術等を取り上げ、「死」の部分では安楽死、脳死、尊厳死等を取り上げています。

生命倫理等にも言及されています。死についてのいくつかの事例も取り上げられており、無念感が伝わってきます。
コメント

「人の「死」を想う」

2010年10月30日 22時02分56秒 | 人間学
pp.61-62に死刑判決を受けた兵士の言葉があった。

「死刑の執行が間近いと思うと、毎日が貴重なのです。一日一日と短い人生が過ぎていくのが、早すぎる様に思えます。それにしても今までなぜ時間をもっと大切にしなかったかと悔やまれてなりません・・・」

時間を大切にしていますか?死を目前にしてからでは遅過ぎるかもしれません。
コメント

「死を忘れた日本人」

2010年10月30日 06時19分10秒 | 人間学
この本を読んで、当然のことに気がついた。それは、宗教に関することである。

p.65に「仏教の浄土(極楽)にせよ、キリスト教の天国にせよ、宗教は死後の世界の存在を示しています」と書かれていた。そうだ、宗教とは死後の世界の道しるべなんだ!と、今更ながら、認識した。

無論、ひょっとしたら、死後の世界を否定する宗教もあるのかもしれないが、死ぬ為に、この辛くも楽しいい人生を、毎日必死に生き続けており、最後に到達するのが宗教なのか・・・と思った次第である。

だからこそ、本学人間学研究科でも2年になると宗教に関する科目が多数選択可能となるのかもしれない。「死を忘れた日本人」というタイトルであるが、それこそ、「宗教を忘れた日本人」と置き換えてもいいのでは・・・と思うのは私だけだろうか。
コメント

「子どもの脳死・移植」

2010年10月28日 23時36分43秒 | 人間学
死生学特講の授業でも取り上げられた杉本剛亮君の交通事故から脳死、そして臓器移植について、お父さまが書かれています。

お父さまがお医者さんなので、医者としての立場、父親としての立場の、両方の側面で書かれています。臓器移植を認めたことについて、よかったのか、悪かったのか、悩まれる姿がひしひしと伝わってきます。
コメント