Weblog喫茶 モンブラン

日常のあれこれをのんびり綴っています

日曜午後の、夫婦熱血音感バトル

2007-05-31 21:48:31 | 鬼軍曹・ぱぴりお

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
子供たちも大きくなってくると、日曜日にも友だちと遊ぶ予定が入ることが多くなり、お昼ご飯を食べるや、自転車のカギを持って吹っ飛んでいってしまいます。

そりゃーめでたい・・・。(^ー^)v
もっと行ってくれ。ドンドン出かけてよいぞよ。
ただし、日曜恒例、図書館と買い出しの時間までには帰ってねー。

というわけで、ヴィシア夫妻に平和な日曜の昼下がりが訪れます。
紅茶など飲みつつ、たらたらと夫婦放談タイム。
子供たちがいると常に「うるせー」ので(笑)、貴重な静けさを楽しみます。

この前、近所の神社でお祭りがあった日曜の午後、そんな感じに二人でおしゃべりしているうちに、ふと、「お祭りつながり」で童謡の「村祭り」のことを思い出しました。

♪むーらのちんじゅの かーみさまの~・・・ ってやつです。


ヴィシア「私、『金太郎』を歌うと、必ず後半は『村祭り』と混ざっちゃうんだよねぇ~・・・」

ぱぴりお「?」

ヴィシア、歌います。

「♪まーさかりかーついだ きーんたろうー、
  くーまにまーたがり おーうまのけいこ、
  
  ドンドンヒャララ~ドンヒャララ~
  ドンドンヒャララ~ドンヒャララ~、
  あーさからきっこっえっる ふーえたっいっこー♪」


ぱぴりお「・・・(^◇^;;」

ぱぴりおが「金太郎と村祭りが混ざるなんて!」と全く信じられない様子なので、

「では、二人でそれぞれ同時に『金太郎』と『村祭り』を歌ってみようじゃない。
ぱぴりおは『金太郎』、私は『村祭り』でいきましょう。
サン、ハイ!」


昔カラオケボックスで小椋佳など歌い、歌にはなかなか自信のあるぱぴりお。
おじさんの美声で聴かせてくれます「金太郎」(笑)。

「♪まーさかりかーついだ きーんたろうー、
  くーまにまーたがり おーうまのけいこ、」

同時にヴィシア、つられないよう集中力を高めて「村祭り」。

「♪むーらのちんじゅの かーみさまの~、
  きょーうはめでたい おーまつりびー、」

そしていよいよ、緊張の後半ガチンコ対決!!


ヴィシア&ぱぴりお

「♪ドンドンヒャララ~ドンヒャララ~
  ドンドンヒャララ~ドンヒャララ~、
  あーさからきっこっえっる ふーえたっいっこー♪」


・・・。
ぱぴりお、まさかの敗北に呆然・・・。


これはですね、童謡評論家のヴィシアさんに解説をお願いしますと、
後半部分のメロディーがとっても似ている上に、
「はいしどうどう はいどうどう♪」より
「ドンドンヒャララ~ドンヒャララ~♪」の方が、
歌詞のインパクトが数段強いからなんですねぇ~。たぶん。


今度、しゅんけいにこのネタを教えて、双子ガチンコ対決させてみようと思います。

皆様も家族のコミュニケーションの一環として、いかがでしょうか

他人には決して見られたくない、あまりにもバカバカしい夫婦童謡対決でした・・・。

5年目にして初めてのフル観戦:しゅんけいの運動会

2007-05-30 23:33:46 | 楽しいイベント

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
親戚に不幸があって、記事にするのが遅くなってしまいましたが、
先週の土曜日はしゅんけいの小学校の運動会でした。

前日の夜までしとしとと雨が降り、これは延期だろう・・・と思っていたら、
土曜日の朝はまさに雲ひとつない、五月晴れのまぶしい空が広がる東京。
グラウンドもうまいぐあいに乾いてくれて、予定通り運動会が開かれました。

ぱぴりおが朝食前にまず学校に行って、ささっと場所取り。
グラウンドの縁の方の木陰を選んで、椅子とシートを置いてきてくれました。
太陽に照り付けられながら一日見ているのは大変ですからね・・・。

デジカメとお弁当を持って、二人で小学校に行きました。
ビデオカメラも持っていこうと思ったら、おぅ、なんてこったい、バッテリーが終わってた・・・。
(^^;;

運動会で未来永劫なくならないであろう競技、それは「徒競走」。
しゅんけいも5年生なので、今年からは100m走ります(去年は80m)。

力走けいけい!


同グループの他の生徒が皆リレーの選手(なんじゃそりゃ)というハンディを乗り越え、3位入賞でした。

ガッツポーズしながら余裕のゴールを決めるしゅんしゅん!


なんと1位です!
普段、運動能力が決して高いほうではないしゅんしゅん。
とても喜んで自慢していました。

ここの小学校は、高学年は騎馬戦があるんですよ。
騎馬戦というと、中学・高校時代、でかいダンシたちが激しく肉弾相打つさまを見ておりましたので、「小学生で危なくないの・・・?」と少々心配でしたが、
でかいダンシ先生方(笑)が左右でスタンバっていて、落ちたり崩れたりしそうになると、支えてくれるんですね。



背中に青丸を描いたのがけいけいです。
馬になってがんばり、個人戦では勝利を収めました。

そして、倒れそうなほどハラペコになったしゅんけいが待ちに待った、お弁当タイム。



少々メニューがしょぼいですが、まぁ、おかーさんとしてはこれが精一杯なので・・・。

恐るべき勢いで完食されました・・・。

午後の「組み体操」で、ホイッスルに合わせてポーズを決めるしゅんしゅん(中央上)。



親も驚くほど真剣な顔をしています。
ハレの舞台だもんねぇ。毎日練習したんだよね。

実は、私が子供たちの運動会を最初から最後まで見ることができたのは、この学校に入ってから、今年5年生にして初めてだったのです。

転校してきた2年生は秋に運動会があったそうで、既に入院していて行けませんでした。
意識もまだろくになかった頃かも・・・。

3、4年生のときも、まだ一日観戦する体力がなく、お昼までで帰ったりしていました。
子供たちはきっと、寂しい思いをしていただろうと思います。

なので今年は私にとっても、今までで一番楽しく観戦できた運動会でした。
両親そろってずっと見てくれたので、子供たちも喜んで張り切っていました。

こういうのが、ひとつずつ家族の思い出になって、それぞれの心の中に残っていくのかな。

2007年5月、私は、生きていてよかったです。(^^)

はしか流行について考える:(2)はしか抗体検査とワクチンについて

2007-05-29 23:51:19 | ノンジャンル

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
昨夜は親戚のお通夜に行ってきました。

まだまだ遠出をしたり、冠婚葬祭の席に出たりすると、あとでとても体が疲れますね。
今日も半日は寝ていたようなものでした。
しかし、大叔父にお別れができて、やっぱり行ってよかったです。


さて昨日、流行中のはしかについて少し記事を書いたので、今日はその続きで
「はしかの抗体検査」について書いてみます。

今日の読売新聞のネットニュースでこんな記事を見つけました。(以下引用)

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<早大、30日から授業再開…はしか免疫ない学生は出席停止>

 はしかの流行で全学部の授業を休講にしていた早稲田大学は29日、「沈静化に向かっている」として、30日から、解除することを決めた。ただし、過去にはしかにかかったり、2回の予防接種を受けたりして免疫が付いている学生以外は、原則、出席停止とする。

 21~27日の1週間の新たな発症者が10人にとどまり、前週の45人から大幅に減ったことから、授業再開が可能と判断した。6月2日、3日の東京六大学野球の早慶戦も、予定通り実施される見込みという。

(2007年5月29日11時22分 読売新聞)

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ちょっと驚いたのは「はしか免疫ない学生は出席停止」という決定です。

>過去にはしかにかかったり、2回の予防接種を受けたりして免疫が付いている学生

は、出席してOKということのようですが、

1)過去のはしかの感染歴をどうやって証明するのか?
2)現在大学生の年齢層の人で、はしかの予防接種を2回受けている人は、ほとんどいないはず。

とすると、「今はしかの免疫(抗体)を十分に持っているかどうか?」を調べなくてはなりません。

しかし、昨日の記事でも引用しましたが、現在はしかの抗体検査は、依頼が殺到したため試薬在庫が底をつき、新規の検査受付を中止している検査会社もある状況のようです。

検査試薬にはいろいろな種類がありますが、ミドリザル血液など生物由来の原料を使っているものなどでは特に、急な増産はまず不可能です。

はしかの抗体検査の年間テスト数が何例くらいなのか、手元にデータがなくてわかりませんが、
はしかはこれまでも時折小規模な流行を繰り返していたものの、今シーズンのように抗体検査依頼が殺到するほどのことはなかったと思うので、
おそらく大量生産できるスケールで検査試薬を作るシステムは、どこのメーカーも持っていなかったでしょう。

ですから、4万人以上いる早大生に、近日中に抗体検査をすることは実質無理です。

とすると、「もう1回みんなに麻疹のワクチンを打てばいいんじゃないの?」
という考えが浮かびますが、それも実現は困難です。

麻疹のワクチンを作るためには、まず麻疹ウイルスを培養するのですが、培養にはやはり生物由来の材料を使う必要がありますので、急な増産には対応できません。

ですので「あやしい人にはとにかくワクチン」という選択肢も取れないわけです。

国立感染症研究所の最新のはしか患者数データベースをみると、今日現在で東京都が302人でダントツです。(2位:神奈川69人、3位:大阪66人)
早大側は新たな発症者の減少傾向が見られることから「流行は沈静化している」とみなしたようですが・・・。

はしかの抗体検査試薬、及びワクチンの在庫の現況を考えると、
一番いいのはやはり、国民全体のワクチン接種率を、どの年齢層でも最低95%以上は確保しておくことでしょう。

2006年からは、成長と共にワクチンの効果が低下することを防ぐため、1歳になったら1回接種、そして小学校入学前にもう一度接種して、しっかりと抗体を保持できるように制度が変わりました。

けれども、今回流行の中心となった高校生・大学生、さらにその下の世代では、1回接種しかしていない人がほとんどで、抗体価が低下していることが考えられます。

数万人の学生を抱える大学が、軒並み休講になってしまう異常事態。
これがもし、大企業だったら・・・?

繰り返さないためには、感染症への適切な対策を多面的に立てて行く必要があると思います。

大地震も怖いですが、感染症の大流行(パンデミック)も、あっという間に都市機能が麻痺してしまいます。

どちらも「来る来る・・・」と言われて久しいですからね・・・。

はしか流行について考える:(1)なぜ高校・大学で流行しているのか?

2007-05-27 17:02:52 | ノンジャンル

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
しゅんけい白熱の運動会の記事は、親戚の不幸の件が一段落してから書かせていただくことにしますね。

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このところ連日、ニュースになっている「はしか」(麻疹)の流行。
関東圏を中心としたあちこちの大学・高校などで感染者が出て、大学が全面休講になったりしています。

今朝の新聞ではこのような記事を見ました。


<はしか免疫検査ピンチ、試薬不足で中止相次ぐ>

 若年層を中心としたはしかの流行で、免疫の有無を調べる「抗体検査」が試薬不足から実施が難しい状態になっていることが26日、分かった。
検査依頼の殺到が原因で、試薬が底をついた検査会社は相次ぎ受け付けの一時中止を医療機関に通知している。流行の封じ込めに影響する可能性もある。

 はしかの主な抗体検査は「HI法」「EIA法」「PA法」など。
いずれも4月以降の流行の拡大で検査会社の試薬が在庫不足に陥り、メーカーからの供給も追いつかなくなっている。特にミドリザルの血液成分を使って造られる「HI法」の試薬は原材料不足が深刻という。

[2007年5月27日/日本経済新聞 朝刊] (NIKKEI NET より引用)


私は診断薬メーカーに勤めていたことがあるので、(専門家のようなことは書けませんが)今日はこの話題について取り上げてみようと思います。

まず、
「なぜ、はしか(麻疹)が大学生を中心に流行っているのか?」について。

国立感染症研究所の2006年度のデータに、
年齢別/年齢群別の全国「麻疹予防接種率」というのがあります。

麻疹ワクチンは誕生後1歳過ぎから接種することができますが、
「1歳になったらすぐ接種させる」という人は2006年度でもさほど多くなく、
1歳児の間の接種率は80%弱で
だいたい2歳児のうちに、ようやく接種率が全体の90%まで上がる、という感じです。

昔、「MMRワクチン」というのがあり、「麻疹+風疹+おたふく風邪」の混合ワクチンで、
1988年~1993年まで「単独ワクチンをそれぞれ接種するより(ワクチンメーカー、医師、接種対象者とも)負担や手間が少ない」ということで、選択で接種が推奨されました。

MMRワクチンを構成する3種のワクチンのうち、おたふく風邪のワクチンによる副作用事例が問題になり、やがてMMRワクチンは93年に中止になったのですが、
中止前後の数年間には、ワクチンの副作用事例に対する不安感からか
「(単独・混合ワクチンを問わず)麻疹ワクチンを全く接種していない」という未接種者の割合が10%を越えており、
他の年代の未接種者率がおおむね5%前後であるのに比べて、明らかに多いのです。

この子供たちが今いくつかというと、
現在はしかが主に流行している年齢層(高校~大学生)とほぼ一致します。

つまり、今の大学や高校でのはしか流行は、麻疹ワクチンの接種率がこの年齢層で有意に低かったことが、主な要因の一つとして言えると思います。


次に、はしかの抗体検査試薬の話を書こうと思っていましたが、
ここまででずいぶん長くなってしまったので、それはまた別の機会に・・・。(^^;;

人生に時々ある、振幅の激しい一日

2007-05-26 22:19:26 | ヴィシアの日常

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。

やきもきしていた運動会ですが、今日は朝から見事な快晴。
風が強く砂ぼこりの舞うグラウンドコンディションでしたが、子供たちは元気に運動会を楽しんできました。

今夜はさっそく、その記事をアップしたかったのですが・・・。


運動会から帰宅すると、電話がかかってきました。
親戚の伯父さんが今朝亡くなったという知らせでした。

そんなわけで、今日はどうしても運動会の記事を書く気分になれません。
楽しみにしてくださっていた方もいらっしゃるかもしれませんが、
明日以降に延期させてくださいね。

お通夜は月曜日の夜です。
ちょっと遠いのですが、ぱぴりおと一緒に出席させていただこうと思っています。

普段はそんなに大きなイベントのない日々を送ることが多い私の人生ですが、
何というか時々、こんなふうにいろんなことがいっぺんにドカッと重なる日ってありますよね。

そうすると、脳炎をやったせいかどうかはわかりませんが、神経がかなり疲れます。

神様がいじわるなのか、
神様は仕事をまとめて渡すタイプなのか、
それとも人生で時々食らう愛のムチなのか。

心の揺さぶりは、もうちょっと小分けにしてもらえるとありがたいですね・・・。


雨の日にふと浮かぶ、意外なあの歌

2007-05-25 23:53:59 | ♪音楽好き

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
明日はしゅんけいの小学校で運動会が予定されているのですが、東京は朝からあいにくの雨。

夕方頃までしとしと降っていて、今はやんだようですが、この分では明日はグラウンドが水たまりだらけで、さすがに運動会は延期でしょうねぇ・・・。
朝8時に学校側でGO/NO GOを決めるそうですが、どうなりますことか。

さて、そんなわけで今日は雨も降っていたことだし、昼間は一日家で細々したことを済ませつつ過ごしました。

雨をテーマにした歌や曲はたくさんありますね。

古ーいところでは、八神純子「みずいろの雨」、
イルカ「雨の物語」、
ショパン「雨だれ」
ジーン・ケリーの「雨に唄えば」なんてのもありましたね。
おお!「長崎は今日も雨だった」を忘れていた(笑)。

しかし、私が雨の日に結構思い出すことが多いのは
演歌歌手・三善英史さんの、タイトルもずばり「雨」。

果てしなく子供の頃に聴いただけの曲なのですが、
今それなりの年齢になってみると、なんとも切ない歌詞なんですよね。

YAHOO!ミュージックに「雨」の歌詞が載っていましたので、リンクを貼らせていただきます。



雨の降り出した土曜の昼下がり、
傘もささずにぬれながらたたずむ女性。
約束の時間になっても、待ち人は現れません。
道行く人に見向きもされず、それでもただ待ち続けるのです。

「恋はいつの日も 捧げるものだから
 じっと耐えるのが つとめと信じてる」


切ない姿じゃないですか~。

携帯なんてなかった時代の歌ですからねぇ・・・。
ただただ彼をじっと待ち続けるなんて、今ではあり得ないでしょうね。

でもこの歌では、彼はとうとう来てくれなかったのでしょうが、
私の若かりし頃(笑)は、待ち合わせすると(携帯ない時代ですから)
相手がちょっとは遅れても、必ずその日その時間をめざして
ちゃんと来てくれることを信じて、約束していたんですよね。

携帯でいつでも連絡が取れてしまう21世紀、
「必ず来ると信じて誰かを待つ」気合いみたいなものって
もしかしたら減っちゃったのかもしれませんねぇ・・・。


さて、明日の運動会は??



少年たちは符丁を使う生き物である

2007-05-24 23:58:43 | しゅんけいツインズ

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
しゅんけいツインズも来月には11歳です。

普通の兄弟と違って、双子なのでお互いは全く対等。
弟が背伸びして一生懸命お兄ちゃんの真似をするとか、そういうのとはまた違う、
「おんなじフィーリング♪」で日々顔突き合わせて暮らしております。

10歳ともなると、親の知らないコドモだけの世界やつながりができあがっていて、
「きっとあと何年もしないうちに、あっという間に親離れするのね~・・・」
と私をしみじみさせつつも、
実態はまだまだ、おとーさん・おかーさんに首根っこをがっちりつかまれ、
風呂あがりにいつまでもパンツをはかないとか、しょーもないことで毎日小言を言われているというオコチャマぶりです。(^^;;

さて、今日はそんなしゅんけいの間で、ひそかに交わされた機密文書を入手しましたので、ご紹介しましょう。

先に学校から帰宅した一人が、もう一人に書き置いていったメモですが。


「てつぼう行ってるぜ
 どう森持ってくから
 ○○(友人名)つれてこい
 他のソフト持ってな。
 今日は仮そう大会だ。」


・・・。

少年というのは「符丁」を大変好む生き物であります。
仲間うちにしか通じない言葉で会話するとき、ちょっと得意になっちゃったりするんですよね。

暗号解読班の腕利き・おかーさんが、解読してみましょう。
「ダ・ヴィンチ・コード」ほど難しくないですが。

★「てつぼう」→「鉄棒公園」。うちの前の公園。遊具で鉄棒があるので、通称そう呼ばれています。

★「どう森」→ニンテンドーDSソフト「どうぶつの森」。

★「○○」→同じマンションにいる同級生の男の子。毎朝一緒に登校しています。

★「他のソフト持ってな」→他のDS用ソフトも持ってこい。きっと他にも友だちが集まるのでしょう。


しかーし!!

★「今日は仮そう大会だ。」

これが全然、わかりません。(^◇^;;

いったいこの日の午後、鉄棒公園で何が行われたのでありましょうか・・・。
大きな桜の木があるので、うちのベランダからは公園がよく見えないんです。
公園で仮装大会とは?

毎日半ズボンの男たちが公園に集って、何をやっておるのだ、しゅんけい・・・?

都会に潜むトラップを見破れ!

2007-05-23 21:48:09 | ノンジャンル

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
先日、キース・ジャレットの新宿公演を楽しんだ、ぱぴりおと私。
しゅんけいの待つ家に帰ろうと、夜の電車に乗りました。

夜10時でも結構な混雑。
お仕事帰りの皆様、お疲れさまです。

美しいピアノの音色の思い出に浸りつつ、立ったまま電車に揺られていると
ふいに、ぱぴりおが小声で私に

「あれ・・・間違ってない?」

と言うではありませんか。

指差す方を見ると、トップ画像のような車内の様子が。

<Q> さて、この中に間違いが1ヶ所あります。どこでしょう??
(制限時間:30秒)

・・・。


それではヒントでーす。
答えは下の写真の中です。



・・・。
おおっ!



ここか~!!

あまりの堂々たる間違いっぷりに、思わず写真を撮ってしまいました。(^◇^;

こんなに大胆に間違われると
「もしかして、最近の口語では”3th”も正しかったりするのか?」
と不安になり家で調べました(笑)が、
やっぱり昔習ったように”3rd”でいいようです・・・。

さりげなく都会に潜む数々のトラップ。
適当に買った自分のTシャツの英語も、実はとんでもないことが書いてあるやもしれません・・・。

しゅんけい工房:巨匠・しゅんしゅんのワイヤーワーク

2007-05-22 22:17:50 | しゅんけいツインズ

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。

4月4日の記事の下のほうでリンクを貼った、YouTubeの手つなぎラッコちゃんの動画がその後も大評判で、世界中から600万ビュー以上ゲットしたとか。
かわいいですものね~。
テレビは立てこもりだの殺人だの、暗いニュースばかりなので
こういうところでなごもうかなー。

さて、昨日の記事でご紹介した3Dメガネは、アルミのソフトワイヤーで枠を作ってあります。
工作素材はまとめ買いが基本のしゅんけい工房、束で買ってきたワイヤーがまだ工具関係置き場にたっぷり。

柔らかいので細工も楽で危なくないし、ちょこちょこといろいろなものを作っています。
いつそんな暇を見つけているのか不思議なんですがねぇ・・・。

今日の作品は、”フィギュア系はオレに任せろ”のしゅんしゅん作。
ワイヤーで手のようなものを作り(下の写真)↓



それをひっくり返して、紙粘土で作ったフィギュアをのせています。
台+フィギュアで高さは6cmくらい。

このワイヤー製の手は、「台」というだけなのだそうですが
ただの台に巨匠、凝りまくり・・・。
手の指などの細かい「曲げ」は、ラジオペンチでこなしたとか。
私、こんなの作れません(キッパリ)。

乗っているフィギュアは、オール紙粘土製のロボット。
白い紙粘土に絵の具で色を塗ると、色むらになったり色落ちしたりするので
あらかじめ粘土に黒の絵の具を少し混ぜてよく練り、鉄色の粘土にしてから造形する念の入れよう。

作品のタイトルは?と尋ねると
「22世紀への挑戦。」
と、なにやら抽象的な作品名がつけられていました。

しゅんしゅんの解説では、このロボットの白い腕の三本爪は、
電子を集めてくっつけるのだそうです。
宇宙に満ちている電子に向かって爪が引き寄せられるので、
ロボットは自在に移動できるのだとか。

おかーさんにはなんだかよくわかりませんが、すげー。
何もないところからこのカタチを思いつくのがすげー・・・。

1996年生まれのしゅんけい。
22世紀の未来をその目でみることも可能かもしれませんね~・・・

しゅんけい工房:自作3Dメガネで楽しむ夕食

2007-05-21 22:08:47 | しゅんけいツインズ

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
連休も過ぎて梅雨に向け、徐々に暑くなってきている東京です。

平均気温の上昇を忠実になぞるかのように、エネルギー過多気味のしゅんけいツインズ。
今回はこんなものを作りました。

アルミのワイヤーで作った、自作のなつかし・「3Dメガネ」。
赤と緑のセロハンを貼っています。

3Dメガネって、昔子供雑誌などの付録についてて、写真が飛び出して見えたりして楽しかったですよね。
その後もっと進んだ「偏光メガネ」になって、ディズニーランドのアトラクションなどで見かけますが、こんな赤青メガネは姿を消しました。

さて、こんなメガネをわざわざ作ったからには、立体に見える写真でも持っているのかな?と思っていると、
ぜんっぜん、そんなことありませんでした。

3Dメガネを装着したけいけい。↓


親としてなんとも微妙にガックリくる写真です。(^◇^;;

ウチの子供たちはメガネをかけているので、こういうふうに挟む方式にしたんですねぇ。
工夫がうかがえます。

で、この姿で何をしたかといいますと

「メシを食う」 のであります。

もう今さら、いちいちやめろとは申しません。
やりたいんなら好きにやってみなさい・・・。

3Dメガネを装着したまま、日曜昼の焼きそばをわしわしと食べるけいけい。
私には想像もできないようなサイケな視覚世界で昼メシを食っておるのでしょう。
しかし山盛りの焼きそばを完食。

今日の夕食はおかーさんが久しぶりに腕をふるったカレーでしたが、
二人で交互に3Dメガネをかけつつ、

「肉が黒く見えるね♪」

などと言いながら楽しそうにがんがん食べておりました。

赤青メガネでカレー食べて、気分悪くならんのか・・・?

別に立体視をしたくて作ったわけではないようです。

ただ材料があったので作ってみた、と。
作ったからにはかけてみよう、と。
かけてメシを食ったら面白いかもな、と。

わかりました。
今度、立体視できる夕食メニュー、考えてみます・・・。

クイズ:これは何の写真でしょう~?

2007-05-20 23:31:16 | ヴィシアの日常

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
週末はいかがお過ごしでしたか?
今日は爽やかな一日だった東京です。

トップ画像の写真、何だかわかりますか?

もう一枚、ヒントを・・・。



ますますわからなくなるかも。(^^;;


ヴィシア家の日曜午後の恒例は、図書館で本やCDを借りる&スーパーで食料などの大量買い出し。
私はペーパードライバーなので、ぱぴりおのいる休日でないとクルマが出せないため、このようになっています。
ぱぴりお殿、スミマセン。(^人^;

ぱぴりおはクルマ好きな方なのですが、今乗っているものは中古のホンダのセダンで、
特に深く愛着を持っているわけではないからか、およそ自分で洗車というものをしたことがありません。

また、しゅんけいツインズが未だにクルマにがんがん土足で登るので、きれいにしてもしょうがないんですよねぇ。
(よそのクルマにはさすがに登りませんよ!!)

マンションの駐車場は屋外なので、雨ざらし風ざらし、
ぱぴりお号はいつもキチャナイことになっています。
よその家のBMWなどはマメにきれいになっているのですが。
洗車というのは結構重労働なので、私がすることもできず・・・。

と、いうわけで、ぱぴりお号のフロントグラスも、雨の後や風の強い日にはだいぶ砂ぼこりで汚れています。
発進前にウインドウォッシャー液を出してワイパーで拭いても、
そろそろワイパーのゴムが傷んできたせいか、拭き残しで視界がバームクーヘンのように。
(^◇^;

そんな時にはぱぴりお氏、少しも慌てずクルマをマンションのゴミ捨て場へ移動。
そこには、掃除用の水道が引いてあり、バケツが置いてあります。

ぱぴりお氏、クルマの窓を全部閉めて降ります。
しゅんけいは「おおっ、やった!あれだ!!」と大興奮。
何とか少しでも前に来ようと、リアシートから前の方にぐいぐい顔を出してきます。

ぱぴりお氏、バケツに目いっぱい水を汲み、クルマの正面で、
構えてぇ~、引いてぇ~、そうりゃぁーーーっ!!
バッシャーン!!


の瞬間を、車内から撮ったのがこの写真というわけです。

しゅんけい、毎回キャッキャと大喜び。
ディズニーランドのスプラッシュマウンテンの気分だそうです。

だいたい2回派手にぶっかけると、汚れもほとんど落ちるので、前面びしょぬれのぱぴりお号はワイパーを動かしつつ発進というわけです。
おおらかと言いますか・・・。

でもなかなか爽快感があって愉快なので、しゅんけいにねだられても
何のかんの理由をつけて、フロントシートは譲らないおかーさんなのでした。

人と犬との深く固い絆の物語:「戦場をかける犬」

2007-05-18 23:51:10 | 秘密の本棚

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
昨日は「フランダースの犬」の原作本をご紹介しました。

せっかくなので「犬つながり」ということで、秘密の本棚から、私のとっておきの犬をテーマにしたすばらしい小説をご紹介します。

イギリス人作家、アンソニー・リチャードソンが1960年に発表した小説、
「戦場をかける犬」。
私の持っているのは文春文庫版ですが、もう絶版になっているようです。

これは、1940年、第二次大戦中にはじまった、ほんとうにあった話です。

チェコから亡命し、フランス空軍に入ったパイロット、ヤンは、初出撃でドイツ軍に撃墜され、負傷した同僚とともに逃げる中、廃屋で一匹のみなしごのシェパードの、まだ乳離れしていない子犬と出会います。
子犬もまた、爆撃で飼い主も親兄弟も失ってしまったのです。

足手まといで敵に見つかる危険が増すとわかっていながら、一度はクンクンと鳴く子犬を殺そうとしたものの、犬好きのヤンは結局、子犬を懐に入れて一緒に逃げ、なんとか味方のところに帰り着きます。

フランス空軍の中のチェコ出身パイロット達のグループの中で、子犬は「アンティス」と名づけられ、皆のマスコットになりますが、アンティスにとって唯一の主人はヤン。
ヤンとアンティスの間には、人と犬という違いを越えた、深い愛情の絆が生まれます。

その後フランスの戦局は厳しくなり、ついにフランスはドイツに降伏。
チェコのパイロットたちは、みすみす捕虜にはなるまいと、イギリスへ渡りイギリス空軍に入って、ドイツに一矢報いようとします。
混乱の中イギリスへと渡るのは、困難を極めましたが、ヤンたちはアンティスを大切な仲間として守りつつ、苦労の末にイギリスへ渡ります。

アンティスは兵士達には愛されますが、上官たちには目の敵にされて、「追い出せ」「殺してしまえ」など言われますが、そのたびに皆がアンティスを守ります。
アンティスは、彼らにとって、出撃のときにそれぞれが大事に持って行くお守りのように、みんなの心のお守りだったのです。

アンティスは、ヤンが夜間に出撃すると、一晩中凍てつく外で帰りを待っていました。
ある時、ヤンが被弾して帰りが遅れて以来、アンティスはヤンの飛行機に「密航」して、一緒に出撃するようになります。
それはやがて上官にも知られることになりましたが、大目にみてくれました。

けれども何回も出撃して無事でいられるはずもなく、アンティスは何度か怪我を負い、一緒に出撃することは禁止になりましたが、ヤンとの深い信頼関係は揺るぐことはありませんでした。

しかし、やがて戦局が落ち着いてきて、ヤンは配置転換になり、戦闘の第一線を離れ、教官の仕事に就きます。
常に死と隣りあわせだった戦場から離れ、穏やかな日々を送るに従い、ヤンの心に少しずつゆるみが現れてきました。

熱心に行っていたアンティスの訓練もなおざりになり、アンティスもそれを感じ取って、以前のようにヤンに絶対服従を誓う忠実な友ではなくなってきたのです。
ところがある日、アンティスが事故で大変な重傷を負い、ヤンは今までの自分を恥じて献身的に看病をし、再びふたりの友情はよみがえったのでした。

そしてヤンは、教官の仕事を終え、再びパイロットとしてアンティスを連れ戦地に赴きます。
またアンティスの、夜通し外でヤンの飛行機の帰りを待つ日課が始まりました。
しかし12月の厳寒の夜、誰がなだめすかそうとも頑として動かずに、12時間にもわたり主人の帰りを待ち続けるのは、アンティスの体にとっては過酷で、徐々に衰弱していきました。

「また夜間に外に出したら、死んでしまいますよ」と獣医に言われ、
次の出撃が迫っていたヤンは、わざとアンティスに冷たく当たります。
そして、どこに行くにも一緒だったアンティスを置いて、ひとり雪の中を散歩します。

「ヤンは今までアンティスにだけは自分の裸の姿を見せてきたと思った。悲しい時にアンティスを抱いて泣いたことがあった。怒りたい時はアンティスを相手に、いつまでも自分の怒りの理由を話し続けた。アンティスに対して、ヤンは品位も威厳もこえた、一個の裸の人間としてつきあってきたのだ。

ふたりの間に、言葉はたいして重要な意味を持たなかった。だいじなものはふたりの間に通ずる心の交流であった。言葉はともかく、ヤンはアンティスに対する自分の心のありかたに、いつも心を配ってきたつもりだった。
アンティスこそはヤンにとってまさに心のふるさとだったのだ。」

しかし、ヤンはアンティスの「見送り」を固く禁じ、出撃します。
運悪くすぐには帰還できず、2日目の夕方、ようやく帰ったヤンを待っていたのは、彼がいない間食事を拒否して衰弱し、立ち上がる力もなくなったアンティスでした。
ヤンは心から悔いて、献身的な看病をし、幸運にもアンティスは一命を取り留めます。

その後チェコに帰り、結婚し子供ももうけたヤンは、平和に暮らしていました。
ところが、共産党がチェコで台頭してくるにつれて、連合国側で働いたことのある人物はマークされ、「粛清」の動きが出てきたのです。
イギリスでの体験をもとにいくつか本を書き、有名になっていたヤンも例外ではありません。
ヤンは妻と子供を置いて、アンティスを連れてひそかに国境を越え、ドイツへの亡命を図りました。

その後、イギリスへと渡ったヤンは、また飛行学校の教官になり、年取ったアンティスをいたわり、故国に残した妻子のことを思いながら暮らしていました。

クリスマスの夜、兵舎で同僚達がにぎやかに楽しんでいる中、老齢のアンティスは倒れてしまいます。
ヤンは愛犬の死期を悟りますが、クリスマスの奇跡なのか、アンティスはその時は持ち直すことができました。

結局、アンティスは翌年の8月まで生きましたが、徐々に弱っていくアンティスに、ヤンにはもはや手立てがなく、病院に問い合わせると
「残されたる手段は、一刻も早く愛する友達の苦しみを除くほかなし」
との悲しい電報が来たのです。

そして1953年8月11日、イルフォードのサナトリウムで獣医師の手により、アンティスはヤンの腕の中で、静かに13年6ヶ月の生涯を終えたのでした。

ヤンはその後、ついに生涯、他の犬を飼うことはありませんでした。



著者のリチャードソン氏は、病に冒されながらこの実録小説を執筆したそうです。
この作品が、氏の遺作となりました。
戦記文学というジャンルではありますが、これは「深い愛」について綴った、すばらしい物語だと思います。

物語の半ばで、ヤンがアンティスの抜けた乳歯を手にとって、子犬のときから共に過ごした彼への愛しさを感じ、

「犬とさえこうして信頼を分かち合えるのに、なぜ人間は人間同士戦い、殺しあわねばならないのか」

と思うくだりは、心を打ちます。


長くなってしまいましたが、現在はなかなか入手できない本のようなので、ついたくさん書いてしまいました。
どこかの古本屋さんででも見かける機会があったら、読んでみていただけるとうれしいです。(^^)

(本のカバーの写真は、アンティスです。
左耳が折れているのは、戦場での名誉の負傷の名残だそうです)

ほんとうの「フランダースの犬」

2007-05-17 22:30:38 | 秘密の本棚

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
5月1日の記事のコメント欄で、思わず盛り上がった「フランダースの犬」の話。

フランダースの犬・・・。
思い浮かべるだけで涙じんわり、という方も多いのでは。

なつかしアニメ特集の人気投票では上位の常連だったこの番組、私も当時熱心に見ておりました。
ほのぼのアニメ系のかわいい絵柄なのになぜ!?と驚くほどのかわいそうな展開、
これでもかと降りかかる不幸の数々に、放映終了後は、しばし呆然としていたものです。

この「フランダースの犬」、舞台はベルギーのフランダース地方ですが、原作を書いたのはイギリス人の女性作家、ペンネーム「ウィーダ」(本名はルイス・ド・ラ・ラメー)。

トップ画像は私が持っている新潮文庫の原作本です。
訳は村岡花子さん、初版は昭和29年です。
この小説は何回か翻訳されていますが、初めて日本語訳をされたのが村岡さんです。
カバーは安野光雅さん。

カバーを見ると、パトラッシュ(小説中ではパトラシエ)が、アニメでおなじみのあのパトラッシュと違う犬種です。

小説中では、パトラシエは「フランダースの犬は毛なみは黄色で、頭と手足が大きく、狼のような耳がまっすぐにたっている。」と描写がありますので、もともとのパトラシエは、安野さんのカバー絵のような犬だったんですね。
日本でアニメ化するときに、子供に親しみやすく、絵柄でも映えるセントバーナードのような犬に変えたそうです。

でも、セントバーナードは「垂れ耳」ですが、パトラッシュは耳が立っているんですよね。ちょっと謎・・・。(^^;

それから、ネロやアロアの年齢も、アニメのラストあたりでは10歳くらいですが、原作ではなんとネロは15歳なのです。

15歳ならば、追い詰められても生き延びようと思えば、アントワープの町で何かお金を稼ぐ方法もあったでしょう。
けれども、原作でもネロはアニメと同じように、あの大聖堂でパトラシエと静かに天に召されます。

アニメでの、幼さが残る子供が行くあてもなく憧れの場所に向かった、というのではではなく、
15歳の少年がクリスマスの夜の大聖堂にひとり入っていくというストーリーは、ネロがこの世に深く絶望し、自ら死を選んだのだということを伝えてきます。

パトラシエをしっかり抱いたまま、天国へ行ったネロ。
少年の腕があまりにもしっかりと犬を抱いているので、無理に引き離すことを恥じた村人たちは、ふたりを一つのお墓に並んでおさめ、永久に一緒に眠れるようにしたのだそうです。


しかし・・・
かわいそうすぎるってば~!!

未だにこの本を読む時は、周りに人がいないときを選び、ティッシュの箱を脇に置いておく私です。
(^^;;

しゅんけい、タイ舞踊を体験する

2007-05-16 21:42:39 | しゅんけいツインズ

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。

先日の土曜日に、代々木公園の「タイフェスティバル」を家族で楽しんだ、しゅんけいツインズ。

私はお昼から別の用事で男3人と別れたのですが、その後もしばらく会場を回っていろいろ見て歩いたそうです。

トップ画像は、つかの間タイの踊り子さんの気分を味わうけいけい。
満腹でごきげんの笑顔です。


一方、まったくこの男は・・・。(^^;
写真を撮るよというと、必ず変な顔をするしゅんしゅん。




しかし、思わず笑ってしまいました・・・。
わが息子ながら、おバカじゃのう~。(^◇^;;

動画にチャレンジ・その2:「パラパラアシモくん」公開!

2007-05-15 22:26:58 | 楽しいイベント

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
昨日の「FlipClip」デビュー作「走るアシモくん!」はお楽しみいただけましたでしょうか。
コメントありがとうございましたー。うれしいです♪

ねこママさんから「踊るアシモくんも好きです」というコメントをいただきました。
むふふふふ・・・。

あるんです。踊るアシモくん動画。

少々懐かしめの感のある「パラパラ」を踊るアシモくんをご覧ください!

踊るアシモくん

このパラパラの振り付けを誰がやったのか、非常に気になるところですが・・・。(^^;
ホンダの開発の人?

技術のホンダが誇る、走り・踊るロボット、アシモくん。
私としましては、ぜひ次は十万馬力を達成して、
「えーいっ!やぁーっ!」と、大岩か何かどーんと投げちゃってほしいですねー。


(追記)
ウィキペディアのアシモの記事によると、この「走るアシモ」は2005年12月に発表され、海外では

「ASIMO Type R」

と呼ばれているとか。
爆笑しました。(^◇^;