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人と犬との深く固い絆の物語:「戦場をかける犬」

2007-05-18 23:51:10 | 秘密の本棚

モンブランへご来店の皆様、こんばんは。
昨日は「フランダースの犬」の原作本をご紹介しました。

せっかくなので「犬つながり」ということで、秘密の本棚から、私のとっておきの犬をテーマにしたすばらしい小説をご紹介します。

イギリス人作家、アンソニー・リチャードソンが1960年に発表した小説、
「戦場をかける犬」。
私の持っているのは文春文庫版ですが、もう絶版になっているようです。

これは、1940年、第二次大戦中にはじまった、ほんとうにあった話です。

チェコから亡命し、フランス空軍に入ったパイロット、ヤンは、初出撃でドイツ軍に撃墜され、負傷した同僚とともに逃げる中、廃屋で一匹のみなしごのシェパードの、まだ乳離れしていない子犬と出会います。
子犬もまた、爆撃で飼い主も親兄弟も失ってしまったのです。

足手まといで敵に見つかる危険が増すとわかっていながら、一度はクンクンと鳴く子犬を殺そうとしたものの、犬好きのヤンは結局、子犬を懐に入れて一緒に逃げ、なんとか味方のところに帰り着きます。

フランス空軍の中のチェコ出身パイロット達のグループの中で、子犬は「アンティス」と名づけられ、皆のマスコットになりますが、アンティスにとって唯一の主人はヤン。
ヤンとアンティスの間には、人と犬という違いを越えた、深い愛情の絆が生まれます。

その後フランスの戦局は厳しくなり、ついにフランスはドイツに降伏。
チェコのパイロットたちは、みすみす捕虜にはなるまいと、イギリスへ渡りイギリス空軍に入って、ドイツに一矢報いようとします。
混乱の中イギリスへと渡るのは、困難を極めましたが、ヤンたちはアンティスを大切な仲間として守りつつ、苦労の末にイギリスへ渡ります。

アンティスは兵士達には愛されますが、上官たちには目の敵にされて、「追い出せ」「殺してしまえ」など言われますが、そのたびに皆がアンティスを守ります。
アンティスは、彼らにとって、出撃のときにそれぞれが大事に持って行くお守りのように、みんなの心のお守りだったのです。

アンティスは、ヤンが夜間に出撃すると、一晩中凍てつく外で帰りを待っていました。
ある時、ヤンが被弾して帰りが遅れて以来、アンティスはヤンの飛行機に「密航」して、一緒に出撃するようになります。
それはやがて上官にも知られることになりましたが、大目にみてくれました。

けれども何回も出撃して無事でいられるはずもなく、アンティスは何度か怪我を負い、一緒に出撃することは禁止になりましたが、ヤンとの深い信頼関係は揺るぐことはありませんでした。

しかし、やがて戦局が落ち着いてきて、ヤンは配置転換になり、戦闘の第一線を離れ、教官の仕事に就きます。
常に死と隣りあわせだった戦場から離れ、穏やかな日々を送るに従い、ヤンの心に少しずつゆるみが現れてきました。

熱心に行っていたアンティスの訓練もなおざりになり、アンティスもそれを感じ取って、以前のようにヤンに絶対服従を誓う忠実な友ではなくなってきたのです。
ところがある日、アンティスが事故で大変な重傷を負い、ヤンは今までの自分を恥じて献身的に看病をし、再びふたりの友情はよみがえったのでした。

そしてヤンは、教官の仕事を終え、再びパイロットとしてアンティスを連れ戦地に赴きます。
またアンティスの、夜通し外でヤンの飛行機の帰りを待つ日課が始まりました。
しかし12月の厳寒の夜、誰がなだめすかそうとも頑として動かずに、12時間にもわたり主人の帰りを待ち続けるのは、アンティスの体にとっては過酷で、徐々に衰弱していきました。

「また夜間に外に出したら、死んでしまいますよ」と獣医に言われ、
次の出撃が迫っていたヤンは、わざとアンティスに冷たく当たります。
そして、どこに行くにも一緒だったアンティスを置いて、ひとり雪の中を散歩します。

「ヤンは今までアンティスにだけは自分の裸の姿を見せてきたと思った。悲しい時にアンティスを抱いて泣いたことがあった。怒りたい時はアンティスを相手に、いつまでも自分の怒りの理由を話し続けた。アンティスに対して、ヤンは品位も威厳もこえた、一個の裸の人間としてつきあってきたのだ。

ふたりの間に、言葉はたいして重要な意味を持たなかった。だいじなものはふたりの間に通ずる心の交流であった。言葉はともかく、ヤンはアンティスに対する自分の心のありかたに、いつも心を配ってきたつもりだった。
アンティスこそはヤンにとってまさに心のふるさとだったのだ。」

しかし、ヤンはアンティスの「見送り」を固く禁じ、出撃します。
運悪くすぐには帰還できず、2日目の夕方、ようやく帰ったヤンを待っていたのは、彼がいない間食事を拒否して衰弱し、立ち上がる力もなくなったアンティスでした。
ヤンは心から悔いて、献身的な看病をし、幸運にもアンティスは一命を取り留めます。

その後チェコに帰り、結婚し子供ももうけたヤンは、平和に暮らしていました。
ところが、共産党がチェコで台頭してくるにつれて、連合国側で働いたことのある人物はマークされ、「粛清」の動きが出てきたのです。
イギリスでの体験をもとにいくつか本を書き、有名になっていたヤンも例外ではありません。
ヤンは妻と子供を置いて、アンティスを連れてひそかに国境を越え、ドイツへの亡命を図りました。

その後、イギリスへと渡ったヤンは、また飛行学校の教官になり、年取ったアンティスをいたわり、故国に残した妻子のことを思いながら暮らしていました。

クリスマスの夜、兵舎で同僚達がにぎやかに楽しんでいる中、老齢のアンティスは倒れてしまいます。
ヤンは愛犬の死期を悟りますが、クリスマスの奇跡なのか、アンティスはその時は持ち直すことができました。

結局、アンティスは翌年の8月まで生きましたが、徐々に弱っていくアンティスに、ヤンにはもはや手立てがなく、病院に問い合わせると
「残されたる手段は、一刻も早く愛する友達の苦しみを除くほかなし」
との悲しい電報が来たのです。

そして1953年8月11日、イルフォードのサナトリウムで獣医師の手により、アンティスはヤンの腕の中で、静かに13年6ヶ月の生涯を終えたのでした。

ヤンはその後、ついに生涯、他の犬を飼うことはありませんでした。



著者のリチャードソン氏は、病に冒されながらこの実録小説を執筆したそうです。
この作品が、氏の遺作となりました。
戦記文学というジャンルではありますが、これは「深い愛」について綴った、すばらしい物語だと思います。

物語の半ばで、ヤンがアンティスの抜けた乳歯を手にとって、子犬のときから共に過ごした彼への愛しさを感じ、

「犬とさえこうして信頼を分かち合えるのに、なぜ人間は人間同士戦い、殺しあわねばならないのか」

と思うくだりは、心を打ちます。


長くなってしまいましたが、現在はなかなか入手できない本のようなので、ついたくさん書いてしまいました。
どこかの古本屋さんででも見かける機会があったら、読んでみていただけるとうれしいです。(^^)

(本のカバーの写真は、アンティスです。
左耳が折れているのは、戦場での名誉の負傷の名残だそうです)

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
まだ読めます! (ぱぴりお)
2007-05-19 23:49:30
アマゾンのマーケットプレイスで2冊ほど出ていました。
まだ入手可能ですが、読めなくなる日も近い本ですね。
私もヴィシアの書評を読んで、この本を読んでみたくなりました。
ぜひ貸してください。

しかし、ペットロスは新しいペットでしか埋められないと言いますが、アンティスに代わる犬はいなかったでしょうから、アンティス亡き後、もう犬は飼うことはできなかったのですね。
ヤンの失意はずっと続いたのかとおもうと辛いものがあります。
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ぱぴりおへ (ヴィシア)
2007-05-20 22:46:01
ぱぴりお、コメントありがとう!
マーケットプレイスを見てみると、結構高値で出ていますね。
もともとの定価は1977年の初版(文庫)で¥380なのですが。
確かにそろそろ市場から消えてしまうのかもしれません。
大人が読んでも感動する、いい本なんですがねー。
というか、大人のために書かれた本だと思います。

記事中のあらすじでは書ききれなかった、いいエピソードもたくさん入っているので、復刻してほしいですね。
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いいねえ (チビ)
2008-08-04 10:07:45
読書かんそうぶんにします!!
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チビさんへ (ヴィシア)
2008-08-05 09:35:07
チビさん、はじめまして。ようこそモンブランへ!
昔の記事ですが、コメントをほんとうにありがとうございます。
この本はいいですよー、もし手に入るようでしたら、一度読んでみてくださいね。(^^)
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