咲とその夫

 定年退職後、「咲」と共に第二の人生を謳歌しながら、趣味のグラウンド・ゴルフに没頭。
 週末にちょこっと競馬も。
 

侠客・・・幡随院長兵衛

2012-03-28 22:20:40 | レビュー
 「お若えの、お待ちなせえやし・・」

 と、芝居などで名調子の主・幡随院長兵衛・・・日本の侠客の元祖とも呼ばれている。

 「問われて何の何某(なにがし)と、名乗るような町人でもござりませぬ。しかし、生まれは東路(あずまじ)に、身は住みなれし隅田川、流れ渡りの気散じは、江戸で噂の花川戸、幡随院長兵衛という、イヤモけちな野郎でござります」

 この小説も、ひとたびページをめくれば、途中で止めることができないほどに、遥か350年以上前の江戸時代、三代将軍家光晩年の頃にタイムスリップさせられてしまう魅力的な一遍である。

 新潮文庫から上下巻で出版されている「侠客」、それを読み終えると巻末に、いつものように佐藤隆介氏の解説が掲載されている。

 この解説を読み返すことで、さらにこの小説の魅力が引き立たせられるから、ここはいつもながら必読すべき箇所である・・・。

 その中に「日本史年表(歴史学研究会編)を繰ってみれば、『明暦三年(1657)七月、旗本水野十郎左衛門、幡随院長兵衛を殺す』と、わずかにこれだけの記述を発見・・・」とある。

 さらに「三百年以上も前のこういう歴史的事実は単なる歴史の断片に過ぎず・・・それを読み取ることは凡人にはなかなかむずかしいからである。」、そして「池波正太郎という作家が“侠客”という小説を書いてくれたおかげで、われわれは初めてこれらの無味乾燥な断片を、断片としてではなく、生き生きとした歴史としてわがものにすることができることになる」と、なるほどなぁと思わせられる。

 「大事なのは小説的事実であって、それが実際にどうであったかではない」とも記載されている。

 それは、そうである

 この小説“侠客”では、若き日の塚本伊太郎が、父の仇討を果たした後に幡随院長兵衛と名を改める。そして、「旗本奴」と「町奴」の引くに引けない争いから、亡くなるまでが克明に描かれており、まんざら嘘ではないな。

 しかし、どこまでが本当でどこまでが虚構の世界なのか、解説者・佐藤隆介氏も指摘しているようにそのような考えなど及ばせる必要のないことである。

 当方も冒頭にあるように「お若えの、お待ちなせえやし」の名調子の映画の世界でしか覚えていない幡随院長兵衛であるが、この一遍に触れたことでさすが“男の中の男”、侠客の鏡とも思わせられた。

 一方、水野十郎左衛門についても旗本奴の単なる悪人ではなく、これはこれで義侠心の強い一人の人間として描かれている。若き日の幡随院長兵衛こと伊太郎を助け、父の仇討を支えるなど伊太郎を立派な男、立派な武士として認めている点に感銘を受ける。

 本懐を遂げた伊太郎であるが、以前刺客に襲われた際に、介抱し傷が癒えるまで支えてくれた山脇宗右衛門。その後の仇討まで影に日向に支えられたことで宗右衛門が亡くなった後、町人となって宗右衛門が営んでいた「人いれ宿」を継ぐことで武士を捨てる。
 そのことから、親交のある十郎左衛門とは違った道を歩む・・・後年、これが不幸を招くこととなる。

 「旗本水野十郎左衛門、幡随院長兵衛を殺す」と、たった一行の文字が歴史年表に刻まれている中から、これだけ壮大な生きいきとした小説に作り上げられたこと、解説者・佐藤隆介氏の弁ではないが、「われわれ凡人の及ぶところではない著者の洞察力とイマジネーションの豊かさ」には敬服の至りである・・・まさに。

 故に当方も池波正太郎文学と尊敬している・・・。

 先日、この本を貸した義兄も二晩で読み終えたと、昨日我が家にやってきたが、やはり「池波小説はいいわ・・」であった。

 今一度、改めてじっくりとページをめくって見ようと思い、ページに指を入れたところである。(夫)

[追 記]~あらすじ~
 幡随院長兵衛の波瀾万丈の生涯は、ある刃傷沙汰から始まった。塚本伊太郎(後の長兵衛)は父を殺され、仇討を決意。が、伊太郎も刺客に襲われて重傷を負う。その後、親友の旗本水野十郎左衛門の強力で、父の主君であった唐津の殿様の異常な性格を知る。決意を胸に秘めつつ、伊太郎は恩人の山脇宗右衛門の元に身を寄せるが・・・。(上巻)

 塚本伊太郎は、忠実な協力者の助けで、ついに殿様の一行を急襲、寺沢家を断絶に追い込む。その後、幡随院長兵衛と改め、宗右衛門の「人いれ宿」を継いで人足や運送業者を率いる「町奴」、いわば「侠客」の頭領として人望を集めるようになる。だが、江戸市中では「町奴」と乱暴者の「旗本奴」が対立し始め、長兵衛は「旗本奴」を率いる親友水野十郎左衛門との対決を迫られた・・・。(下巻)

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