分類:歴
鹿島の石碑を探る(5) 場所:いわき市中央台鹿島3丁目
中央台南中学校のバス停付近に、1本の松の木が植えられていて 嫁送りの松 と刻まれた石碑が建っています=写真下。
昔、この周辺は奥深い山林で、ちょうど鹿島村と高久村の境にあたる場所だった。
鹿島から高久方面へ山を越えて行く時には親族縁者や村人たちが1本松のある所まで送り、嫁を迎える家の人たちもここまで来て待っていた。
村から出ていくお嫁さんと名残を惜しんで別れをした場所です。
村の人たちは、いつの間にかその松を 嫁送りの松 と呼ぶようになった。お目出度くもあり、悲しくもあった松だったのです。
鹿島から高久・山口方面へ抜けるには最速の道で、旧、鹿島街道を通って行くと一旦、平に向かって途中の谷川瀬から迂回して行かなければならないので、遠回りで時間も掛かった。
このため冠婚葬祭の他にも、結いの田植とか稲刈りとかでも村人たちは獣道のような細い道でも近道として利用していた。
夜になって帰る時には、必ず数人で行動をとるという事が暗黙の了解事項だったが、何かの事情で1人で先(後)に帰るようになった人は、途中でキツネに化かされて1晩中、独り言を云いながら山の中を彷徨(さまよ)っていたという話も残っている。
それほど辺鄙で淋しい山道でした。
鹿島の石碑を探る(5) 場所:いわき市中央台鹿島3丁目
中央台南中学校のバス停付近に、1本の松の木が植えられていて 嫁送りの松 と刻まれた石碑が建っています=写真下。
昔、この周辺は奥深い山林で、ちょうど鹿島村と高久村の境にあたる場所だった。
鹿島から高久方面へ山を越えて行く時には親族縁者や村人たちが1本松のある所まで送り、嫁を迎える家の人たちもここまで来て待っていた。
村から出ていくお嫁さんと名残を惜しんで別れをした場所です。
村の人たちは、いつの間にかその松を 嫁送りの松 と呼ぶようになった。お目出度くもあり、悲しくもあった松だったのです。
鹿島から高久・山口方面へ抜けるには最速の道で、旧、鹿島街道を通って行くと一旦、平に向かって途中の谷川瀬から迂回して行かなければならないので、遠回りで時間も掛かった。
このため冠婚葬祭の他にも、結いの田植とか稲刈りとかでも村人たちは獣道のような細い道でも近道として利用していた。
夜になって帰る時には、必ず数人で行動をとるという事が暗黙の了解事項だったが、何かの事情で1人で先(後)に帰るようになった人は、途中でキツネに化かされて1晩中、独り言を云いながら山の中を彷徨(さまよ)っていたという話も残っている。
それほど辺鄙で淋しい山道でした。