ちょっと時節がずれた感もありますが、先日きいたグスタフ・レオンハルトの「マタイ受難曲」の感想を。レオンハルトの「マタイ」は、「演奏の質という点でも、男性のみの編成という点でも、いわゆる古楽系の指標的演奏」(「マクリーシュによる「マタイ受難曲」」)です。記事(「「マタイ受難曲」 BWV244 [2]」)でも言及したように、合唱、そして独唱までもすべて男性歌手でまかなわれており、「マタイ」にかぎらず、こうした編成での録音はきわめてまれ。
「マタイ」の録音で合唱のみ少年合唱というのは、ギュンター・ラミーン(トーマス教会聖歌隊)、カール・ミュンヒンガー(シュトゥットガルト少年聖歌隊)、ルードルフ・マウエルスベルガー(ドレスデン聖十字架教会合唱団と聖トーマス教会聖歌隊)、スティーヴン・クレオバリー(キングス・カレッジ合唱団)、ピーテル・ヤン・レウシンク(オランダ少年合唱団)など、そこそこあるのですが、すべてとなると、ニコラウス・アーノンクールの録音ぐらいでしょう。
対象をバッハの声楽曲の大曲すべてにひろげても、すべて男性歌手で録音したものとして、アーノンクールによる「ヨハネ受難曲」(2種)と「クリスマス・オラトリオ」(2種)、ゲルハルト・シュミット・ガーデンの「クリスマス・オラトリオ」、ハンス・マルティン・シュナイトの「ヨハネ受難曲」と「クリスマス・オラトリオ」、ロバート・キングの「ロ短調ミサ曲」、リチャード・ヒギンボトムの「ヨハネ受難曲」、ロイ・グッドマンの「マルコ受難曲」と、思いついたのはそんなところです。
こうしてみると、レオンハルトとアーノンクールのカンタータ全集、そして大曲の録音が、時代的にも、演奏思想的にも、いかに画期的な偉業であったか、あらためて感じるところです。ただし、いまの水準からすれば、演奏技術はあまいところがあるのはたしか。それを一気に高みにひきあげたのが、1989年録音のレオンハルトの「マタイ」。いってみれば1970年代からの偉大な「試み」の総括ともいえるもので、同時に「試み」から脱した演奏であったと思います。
今後、同じような編成での「マタイ」が出現するかというと、ちょっと懐疑的になってしまいます。合唱のみならず独唱までとなると、さずがに少年には荷がおもいということなのでしょうし、成人女性の透明なソプラノで代替したほうが芸術的にリスクがないのはたしかです。ただし、テルツ少年合唱団はもちろん、近年ではトーマス教会聖歌隊もピリオド楽器との共演があり、つぎのバッハ記念年2035年までには、かすかな期待がもてるかもしれません。