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サイケおやじの生活と音楽

逆恨みは、みっともないぜっ!

2022-07-11 17:39:21 | サイケおやじの日常

仕事が縺れて、ゴタゴタしておりますので……。

本日は、これにて失礼させていただきます <(_ _)>

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万里れい子のグイグイ節

2022-07-10 17:10:53 | 歌謡曲

涙のゆくえ c/w 夕陽よきえて / 万里れい子 (日本コロムビア)

今更ながら、万里れい子は歌が上手いっ!

それを再認識させられるのが、本日ご紹介のシングル盤です。

発売されのは昭和44(1969)年4月とされていますから、作詞:吉岡治&作曲:葵まさひこが企図したのはエレキ歌謡系のビート演歌と申しましょうか、バックを務めたコロムビア・オーケストラの演奏が引っ込んだミックスに感じられるほど、コブシ全開で歌いまくる万里けい子のボーカルは強引にリスナーを惹きつけてしまうんですよ、これがっ (^^♪

曲調がミディアムテンポという所為もありますが、それにしても、彼女のネチネチ節が、ここまで堪能出来るのは幸せと思うばかりですし、マイナームードのメロディ展開に熱気を放り込んでいくリズム隊のロックビートやキャッチーなリックを聞かせるエレキギターの響きよりも、万里れい子の節回しがバックの演奏をグイグイとリードしていく感じは最高ですよねぇ~~♪

時代的には、おそらく先にカラオケパートが作られていて、そこへ彼女のボーカルが入れられたんだと思うんですが、ライブステージにおいても、バックバンドを強力にリードするパフォーマンスを彼女は披露していたんじゃ~ないでしょうか?

そ~書かねばならないのは、サイケおやじは万里れい子がオーケストラ等々をバックに歌ったギグに接した事が無いからですし、森田公一とトップギャランに参加していた時にしても、やはりバンドメンバーとしての協調性を優先されていたと思えば、尚更に気になりますねぇ~~ (^^)

ですから、作詞:万里村ゆき子&作曲:川口真のB面曲「夕陽よきえて」がアップテンポのGS歌謡風味に仕上がっているのは全く嬉しいばかりで、こちらは泉アキ、あるいは黛ジュンあたりが歌っていたとしても、ここでの痛快至極な万里れい子の「ふっきれた」歌唱、ノリの素晴らしさには失礼ながら、後塵を拝すという気さえするほどです (^^♪

いゃ~~、やっぱり万里れい子、最高ぉぉぉぉぉ~~♪

もちろん、今や人気曲となっている「サイケな街」よりも正統派歌謡曲として作られた、その現実も素晴らしいですねぇ~ (^^♪

ということで、やっばり主役は前に出てこそ、主役であるという、些かのレトリックを用いる気は毛頭ありませんが、やはり主役の座が与えられた時には、それなりに周囲をリードする実力が必要でしょうし、そ~ゆ~心構えとか覚悟が求められて当然なのが、主役の意味するところと思っています。

巷では現在、国会議員選挙の投票が行われていますので、サイケおやじとしては、そ~ゆ~気構えのある者に当選して欲しいと願うばかりでございます。

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追悼・安倍晋三

2022-07-09 17:48:18 | 追悼

元総理・安倍晋三の突然の悲報は、本当に残念です。

もちろん、故人とは直接的な面識は、あろうはずもないんですが、サイケおやじの知る限りにおいて、政治家としての信念・信条は、揺るぎのないものに思えました。

特に素晴らしいと思ったのは、自民党に後足で砂をかけるが如き姿勢・態度で去っていった者を再び迎え入れるという、その「許す」という行動です。

それは、なかなかのハードボイルドであり、周囲からは理解出来ないものがあって当然の行いですから、リーダーとしては、ひとつの失格行為であるはずが、それをすんなりとやってしまうあたりは、所謂ぼっちゃん育ちの功罪かもしれませんし、逆に言えば、安倍晋三という政治家の真骨頂だった様な気がしていました。

正直、サイケおやじは故人の保守的な部分の全てを肯定していたわけではありませんが、「許す」という行動を堂々とやってのけていたところは尊敬に値すると思っていました。

ですから、批判や中傷、言いがかりや嫌がらせ等々に、時として居直りがミエミエだったとしても、それが人間的な魅力と申しましょうか、自然体で弱さと強さを一緒に見せていくあたりの資質みたいなものは、ちょっぴり新しい政治家像だった気がするほどでした。

今回の惨劇を自業自得と揶揄・攻撃したり、また結果論から導き出した警備体制云々を批判するのは、それこそ言論の自由でしょう。

ただ…、国民は見るべきところは、きっちり見ているんじゃ~ないでしょうか。

繰り返しになりますが、あ~見えて、とてもハードボイルドに生きた安倍晋三という政治家、そして人間をサイケおやじは忘れません。

合掌。

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生きろっ! 安倍晋三!

2022-07-08 16:09:44 | サイケおやじの日常

今日は久々に早めの昼飯だったんですが、その時、テレビで流された速報には愕然とさせられました。

もちろん、元総理の安倍晋三が選挙演説中に狙撃され、重体という悲惨なニュースです。

世の中、陰惨な凶行が日常茶飯事、国のトップであろうが、市井の我々であろうが、命の価値云々よりも、その凶暴な思想行動は今回の場合、殊更民主主義を否定する蛮行に他なりません。

もはや、過言ではなく、日本の恥でしょう、これはっ!

遭難された安倍晋三には、絶対に生き続けて欲しいと祈るばかり……。

それこそが慎ましくも、平和を願う気持ちであります。

 

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この人だぁ~れ part-91:花房てるみ

2022-07-07 17:01:43 | 歌謡曲

愛されたくて c/w ふりむけば / 花房てるみ (UNION / テイチク)

昭和44(1969)年に制作発売された歌謡曲は、ひとつの頂点に到達していたと思い込んでいるサイケおやじにとって、最近入手した本日掲載のシングル盤は、なかなかに肯定的な仕上がりでしょうか。

歌っている花房てるみについては、例によって「この人」シリーズの歌手ではありますが、とにかく河屋薰によって作詞作曲された収録A面曲「愛されたくて」を聴いてみれば、これが如何にものムード系エレキ歌謡と申しましょうか、ミディアムテンポで「しっとり」したメロディラインを節回す彼女が醸し出す雰囲気は、程好いフェロモンが滲み出た嬉しいスタイル (^^♪

声質そのもの、そして歌唱力の安定性も素晴らしく、奥村チヨ小川知子の折衷性も濃厚ではありますが、そこまでの強さ(?)よりは、逆に慎みが感じられるセクシーさは、歌詞に綴られたネチッコイ女心を上手く表現しているんじゃ~ないでしょうか (^^♪

極言ではありますが、もしも前述した奥村チヨ、あるいは小川知子が、この「愛されたくて」を同じカラオケで歌っていたら、フェロモン過多症候群と申しましょうか、幾分の暑苦しさ(?)が滲んでしまったかもしれないと思うのが、サイケおやじの偽りの無い気持ちです (^^;

ですから、その意味で作詞:草刈純&作曲:木村勇とクレジットされた収録B面曲「ふりむけば」が、ミディアムアップの「遅れてきた」エレキ歌謡に繋ぎ留められているのは結果オ~ライでしょうか (^^;

実際、いしだあゆみ、あるいは奥村チヨが歌っていたかもしれないポップス性感度も高く、当時「ありがち」だったメロディ展開、どっかで聞いた感じのアレンジによる演奏パートは憎さ百倍の好ましさ♪♪~♪

いゃ~~、間奏におけるエレキギターとヴァイブラフォンの絡みやストリングスとリズムアレンジの相性の良さ等々、なかなか調子のイイ歌謡世界こそ、昭和44(1969)年の素晴らしと思うばかり (^^♪

もちろん、それは収録された2曲共、歌っている花房てるみのコブシの味わいがあればこそですっ!

いゃ~~、これは「なんとなく」中古ゲットした1枚ではありますが、何度でも針を落としたくなる、個人的愛聴盤になりそうなんで、本日のご紹介とさせていただきました <(_ _)>

ということで、連日の鬱陶しさ、騒がしさに翻弄されている我々市井の民にとっての憩いは、好きな物事に没頭する、その時間かもしれません。

それは長いほど幸せなのかもしれませんが、サイケおやじはシングル盤片面、所謂「3分間」にも、その至福を見出せるのですから、恵まれているなぁ~~、と感謝の念を忘れないようにしているつもりです。

まあ……、周囲からは決して、そんな風には思われてない事は重々承知しておりますが、自分が知らなかったシングル盤に収録されている素敵な音楽に出会えた時は、本当に幸せを感じております。

あぁ~~、生かされている自分、現世の有難さに感謝 <(_ _)>

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これも素敵なキャンディ・シュー

2022-07-06 17:05:53 | 歌謡曲

異国の人 / キャンディ・シュー (クラウン)

掲載したのは念願叶って、ついにゲット出来たキャンディ・シューのシングル盤なんですが、彼女については今に至るも、それほど知るところはありません。

ただ……、リアルタイムの昭和47(1972)年に聴いて、気に入っていたニューソウル歌謡「BUS (バス)」のイメージが強かったもんですから、掲載盤のジャケ写から滲み出まくったフェロモン過多な雰囲気には、別次元で惹き込まれてしまったですよ (^^;

それは、このシングル盤に邂逅した中古屋の店頭で盤質諸々を確認させてもらった時、二つ折りになっていたジャケットスリーブを開いて歓喜悶絶♪♪~♪

ど~です、これって「美脚」ジャンルのジャケ買い趣味を痛撃させられる逸品じゃ~ないでしょうかっ!

もはや、それだけで中身云々なんてこたぁ~、それこそ二の次になっちまいましたよ (^^♪

とはいえ、肝心の収録A面曲「異国の人」は作詞:なかにし礼&作曲:三木たかし、そして編曲:高見弘が企図した典型的なチャイナ風味の歌謡曲で、ミディアップで展開される曲メロそのものは相当にポップなんですが、キャンディ・シューの節回しと発声に所謂「カタコト」が嫌味無く入っているのは当たり前としても、サビで瞬間的に用いられる吐息っぽいセクシー歌唱による自前のコーラスが実にニクイところでしょうか (^^;

歌詞の世界は結ばれない国際的恋愛ですから、イントロからして絶妙の仕掛けが施してあるのは、聴いてのお楽しみ (^^♪

ちなみに発売されたのは昭和45(1970)年とされているんですが、だとしたら、このジャケ写と同じく、美脚を存分に披露する衣装と振付でステージやテレビに登場していたら、その映像は絶対に拝観したいと、サイケおやじは強く思うばかりです (^^;

ということで、この1枚も、サイケおやじの自室の壁に鎮座は決定事項ながら、ちょいとスペースが…… (^^;

さぁて……、何と入れ替えようか?

そんなこんなを考えるのも、実に楽しい時間であります (^^)

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この人だぁ~れ part-90:多川美紀

2022-07-05 17:36:40 | 歌謡曲

二人の別れ c/w わたしの銀座 / 多川美紀 (クラウン)

古今東西、夥しく作られた音楽の曲名には、大きく分けて「ストレートに分かり易い」もの、それとは逆に「難解で、リスナーに想像力を要求する」ものがある様に思うんですが、いかがなものでしょう。

もちろん、そこには「歌詞の有無」も大きく関わっているわけですが、やっぱり大衆音楽であれば、「分かり易い」曲タイトルがヒットに結び付く要因かもしれませんし、だからと云って、その全てが受け入れられるほど、芸能界が甘くない事は言わずもがな…… (^^;

例えば、多川美紀と名乗る女性歌手が昭和44(1969)年に出した本日掲載のシングル盤は、収録両面とも、これ以上無いほどにストレートなタイトルの2曲がA&B面に振り分けられているんですが、何れも仕上がりの良さに反して、全くヒットしていたという記憶がサイケおやじにはありません。

もちろん、ですから、このシングル盤にしても、時代が平成に移り変わってから中古ゲットした1枚ですし、多川美紀についても、サイケおやじには完全に「この人」シリーズの歌手です。

で、肝心のA面曲「二人の別れ」は作詞:荒川利夫&作曲:麓裕司が提供の典型的なムード歌謡であり、彼女の歌唱にも青江三奈の影響下にある様な声質を活かした節回しが滲み出ているんですが、ここでの尚更にベタベタした歌いっぷりが個性の証?

既に述べたとおり、歌詞の世界が男女の別れをストレートに綴っているだけに、この泣き節は正鵠を得ていると申しましょうか、加えて小杉仁三のアレンジに微妙なカントリー&ウェスタン風味が漂っているもんですから、たまりません (^^)

そして一方、B面に収録された「わたしの銀座」は作詞:臼井ひさし&作曲:麓裕司による、そのものズバリの銀座ご当地ソングではありますが、具体的な地名や名物(?)よりは、あくまでも歌っている本人の抽象的な好き嫌いをアップテンポの明るいメロディに乗せました――

という感じでなんですが、、その曖昧なところを多川美紀は、これまた青江三奈っぽい節回しで軽快に歌ってしまったという、これはこれでムード歌謡と歌謡ポップスの素敵な結婚みたいな仕上がりは、やっぱり小杉仁三の編曲がイイ仕事でしょう (^^)

ちなみにサイケおやじが、このシングル盤をゲットしたのは、それなりに高値が付いていた値札にセールの赤線があり、ほとんど半額だった所為でして、つまりは本来、相当の人気盤なんでしょうねぇ~、サイケおやじが知らないだけで (^^;

う~ん、実際に聴いてみると、それも納得させられてしまう「何か」があると思う外はありません (^^;

ということで、大衆音楽の曲名は大切な要素にして、楽しみのひとつでもあるんじゃ~ないでしょうか?

ある高名な評論家の先生の至言によると、洋楽で「Blue」という単語が入っているタイトルの楽曲に駄作は無いそうですし、だとすれば邦楽じゃ~、「悲しき」でしょうか?

そんなこんなの題名が付けられた楽曲だけを集めたオムニバス盤が出ている様な気もしますし、なぁ~に、自分で集めたコンピファイルを作るのも一興と思っているのでした。

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Mikiの爆笑歌謡曲

2022-07-04 17:42:37 | 歌謡曲

恋する渚 / 美樹克彦 (BLOW UP / 日本コロムビア)

所謂「パクリ」とか「剽窃」を語る時、必ずや俎上に載せられるのが、昭和53(1978)年7月に美樹克彦が出した本日掲載のシングル盤A面曲「恋する渚」でしょう。

橋本淳が綴った歌詞はともかくも、問題は美樹克彦が書いた曲メロ、そして戸塚修のアレンジが、ほとんど言い訳無用の確信犯と申しましょうか、なにしろ楽曲本篇の主旋律がビリー・ジョエルの「ストレンジャー / The Stranger」であり、キメのリズムアレンジやリフ&カウンターのメロディまでも本家からの流用、しかもイントロがアース・ウインド&ファイア=EW&Fの「宇宙のファンタジー / Fantasy」をモロにコピーしているんですから、呆れる前に大笑いという痛快な歌謡曲に仕上がっているんですねぇ~~ (^^;

もちろん、このパートは本家「ストレンジャー / The Stranger」の導入部分である口笛メロディに置き換えての使用ではありますが、そのスローな展開を、こんなふうにアダプトされちゃ~、ビリー・ジョエルもEW&Fの面々も思わず失笑だったんじゃ~ないでしょうか (^^;

そりゃ~確かに、「歌謡曲」を我が国独自の音楽文化と考察すれば、その雑食性・汎用性は認めざるを得ませんが、流石に美樹克彦と戸塚修の臆面の無さには適いませんよねぇ~ (^^;

ちなみに元ネタ「The Stranger」はビリー・ジョエルが1977年、長年の下積みから一気に大ブレイクした出世作アルバム「ストレンジャー」の表題曲として発表したものの、オンタイムの本国アメリカではシングルカットはされず、逆に我が国では同曲がテレビCMで流されていた事から忽ちの人気沸騰!

ですから、この「恋する渚」の他にも、例えば西城秀樹が昭和58(1983)年に出したシングル曲「ギャランドゥ」は、もんたよしのりが作詞作曲したモロパクリの典型として、これまた大笑いの迷作ですよねぇ~~ (^^;

もちろん、もんたよしのりの自演バージョンも出ておりまして、これまた面映ゆい仕上がりなのは言わずもがなでしょうか (^^;

また、イントロに流用された「宇宙のファンタジー / Fantasy」にしても、EW&Fが1977年に出し傑作アルバム「太陽神 / All 'N All」の収録曲であり、翌年にシングルカットされるや、忽ちにして世界中で大ヒットしたんですから、いやはやなんとも…… (^^;

結局、流行っているものを繋ぎ合わせればウケるだろう!?!

なぁ~んていう、些か安易な発想から作られたとは思いたくはありませんが、それを一概に否定していたら、面白い事なんて、何も起こらない様な気がするんですよねぇ。

そのあたりを如実に実践行動しているのが現在、盛んに自己主張をぶっつ合っている政治家諸氏・立候補者各位の皆々様であり、その内容は何処ぞの御仁が、これまでに散々吹いてきたラッパのターヘなコピーなんですから、聞かされている我々は下を向くしかありません (^^;

せめて、この美樹克彦がやってしまった「恋する渚」の様に、リスナーを笑わせてこその人気商売!

そ~ですよ、代議士なんてのは究極の人気商売に他なりませんからっ!

芸能と政治を同一視する気持ちはありませんが、やはり両方に共通するものは、大衆を喜ばせ、ニンマリさせる事を一義とする心意気じゃ~ないですかっ!

さあぁ~て、今回は誰が我々を笑わせてくれるのか?

それが楽しみのサイケおやじです (^^)

 

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伝えてよ、まごころを

2022-07-03 18:04:11 | 歌謡曲

演歌まごころ / 渡京子 (RCA)

猛暑や悪天候を衝いての参議院選挙戦も闌ではありますが、これに限らず、選挙の度に思ってしまうのは、立候補者や応援者が訴える演説・高説の伝わり方の大小・高低云々でありまして、平たく言えば、如何にも耳障りのイイ事ばっかりを垂れ流しているだけで、所謂「心」が伝わって来ないんじゃ~ないかっ!?

もちろん、彼等だってプロですから、そのあたりには腐心しているはずと思いたいんですが、夢物語や泣き落としだけじゃ~、往年の大仁田厚がやっていたプロレス劇場と何ら変わらないわけで、サイケおやじとしては、もっと正攻法な話を訴えて欲しいんですよ。

それは決して恥ずかしい事じゃ~無いと思うんですけどねぇ~~~ (^^;

そこで思い出したのが渡京子と名乗る女性歌手が昭和46(1971)年に出したとされる本日掲載のシングル盤A面曲「演歌まごころ」なんですが、ど~です、曲タイトルだけからして、真向勝負じゃ~ないですかっ!?

もちろん、石坂まさを作詞作曲による楽曲そのものがド演歌一直性!

池田孝のアレンジによるミディアムテンポで壮大なオーケストラに尺八をフィーチャーしたイントロから、グッとタメを利かせた節回しで歌い始める渡京子には、何の躊躇も迷いも感じられないんですよ、サイケおやじには。

歌詞の世界は人生の応援歌でもあり、また恋愛模様の機微でもあり、そして天地神明、正面から心を伝えて生きて行きたいという理想と願望を演歌というジャンルに託して歌い上げた、堂々たるものだと思えば、渡京子の正統派そのものの歌唱にも好感が持てますよ (^^♪

まあ、そりゃ~、幾分の古さも否定は出来ないところではありますが、このジャケ写デザインのモダンなフィーリングに惹かれる魅力だって絶大でしょう。

そのアンバランスやバランスは、サイケおやじの天邪鬼を満足させるものでもあります (^^;

ということで、正攻法は時として気恥ずかしくなったりもするんですが、だからカッコばっかりじゃ~~、人の心は動かせるものでは無いと思いますよ。

この「演歌まごこころ」を聴いてくださる永田町の先生方は、果たして……。

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変わるもの、変わらぬもの

2022-07-02 17:33:19 | 歌謡曲

こころの部屋 / 松沢のの (ポリドール)

本日の掲載盤も、サイケおやじがジャケ写ポートレートの雰囲気の良さに惹きつけられてゲットした1枚なんですが、なんとっ!

その主役たる「松沢のの」とは、「沢和代」の改名後の姿だったというのですから、クリビツテンギョ~~~!?!

尤も、それは懇意にしている中古盤屋の店主だけからの情報ですので、所謂ウラは取れていないんですけどねぇ…… (^^;

しかし、それはそれとして、作詞:植田嘉靖&作編曲:広瀬雅一とクレジットされた収録A面曲「こころの部屋」は、如何にも発売された昭和46(1971)年のポップス歌謡サウンドが詰まったアップテンポの仕上がりで、ソフトロック系のホーンセクションやシャキッとしたリズムギター、そして手堅いドラムスがニクイばかりにキマッたカラオケ演奏パートと可愛さ優先モードの彼女のボーカルがジャストミート♪♪~♪

ところがっ!

あれぇ~~、この曲メロって、どっかで聞いたよなぁ~~???

―― という、例によっての空耳デジャヴから突き当たったのが、ヒデとロザンナが昭和43(1968)年にデビューヒットさせた「愛の奇跡」に、殊更Aメロがクリソツじゃ~~あぁ~りませんかぁ~~!?

勉強不足で、ここで作編曲を担当している広瀬雅一については知るところもありませんが、ちょいと気になる存在ですよ、サイケおやじにとっては (^^;

ということで、それにしても「松沢のの」と「沢和代」の類似性というか、ある意味「ぶりっ子セクシー」とも言いたくなる声質と節回しの妙は、やっぱり同一人物の証なんでしょうか?

明確な答えは見つけておりませんが、それゆえに両人のレコードを並行して探索しております。

そして最後になりましたが、個人的には正直、「松沢のの」のルックスは好みのツボなのでした (^^♪

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