■Hungry Chuck (Beasville)
ジャズ喫茶がそうであったように、ロック喫茶でも全く知らないレコードに出会う喜びがありました。
本日ご紹介のハングリー・チャックと名乗るグループが1972年に残した、たった1枚のアルバムも、そうした中のトンデモ名盤! 温故知新とイナタイ雰囲気、さらに随所で確信犯的革新が秘められた歌と演奏に、若き日のサイケおやじは仰天悶絶させられたのです。
A-1 Hats Off, America!
A-2 Cruising
A-3 Old Thomas Jefferson
A-4 Play That Country Music
A-5 Find The Enemy
A-6 People Do
B-1 Watch The Trucks Go By
B-2 Dixie Highway
B-3 You Better Watch It Been, Someday You're Gonna Run Out Of Gas
B-4 Hoona Spoona
B-5 All Bowed Down
B-6 South In New Orleans - Doin' The Funky Lunchbox
とにかく冒頭、楽しいピアノと陽気なトランペットに煽られた歌、軽快な中間派ジャズの4ビートと摩訶不思議なギターが彩る「Hats Off, America!」は、とてもロック喫茶に流れる音楽ではありません。しかし、妙にロック的なグルーヴが潜んでいるのも確かなんですねぇ。
う~ん、これ、なに!?!
と思わず店内に飾ってあるジャケットを眺めると、そこには掲載したヘンテコなレコードが鎮座していたのです。
で、演奏メンバーを確認すれば、エイモス・ギャレット(g,vo)、ベン・キース(stg,b,vo)、ジェフリー・ガッチョン(p,key,vo)、ジム・コルグローブ(b,g,vo)、N.D.スマート(ds,per,vo)、ピーター・エックランド(tp,tb,cor) の6人組と知れるのですが、これを私が初めて聴いた昭和49(1974)年の時点で知っていた名前は、有名なセッションプレイヤーでもあったペン・キースとマウンテンの初期ドラマーだったN.D.スマートだけでした。
するとA面2曲目の「Cruising」が丸っきりザ・バンド!?!
しかし、その土着的な哀愁の曲メロと刹那のボーカルに寄り添うギターが、これまたなんとも言えない不思議な感覚なんですねぇ~♪ と思っていると次に出てくる「Old Thomas Jefferson」が、これまたザ・バンドが中間派ジャズをやってしまったような、本当にゴッタ煮の闇鍋ですよっ!
あぁ、混乱せさられながらも、実に心地良い時間が流れていきます。
実は後で店のマスターから教えていただいたのですが、このグループは本来、カナダのフォークソング夫婦だったイアンとシルビアのバックバンドだったそうですし、ジェフリー・ガッチョンとピーター・エックランドは本物のジャズミュージシャン!
それがどういう経緯かひとつのグループを名乗ってレコーディングしたのかは知る由もないわけですが、中でも私が一番に気になったのは、エイモス・ギャレットというギタリストでした。
なんと言うか、とても浮ついた音色とスイングジャズっぽいノリ、そして流れるようなフレーズ展開は、明らかにロックの分野では異質の存在だったと思います。しかしジャズかと言えば、それも違っているような、ほとんど捕らえどころの無い魅力が感じられましたですねぇ。
まあ、あえて言えばライ・クーダーの亜流かもしれず……。
そのあたりは演目の流れの中で突如としてファンキーロックをやってしまう「People Do」での異様にストレッチアウトしたギターソロ&ねちっこいリズムカッティング、早すぎたリトル・フィートの如き「South In New Orleans」で聞かせてくれる燻銀のアコースティックスライドにもグッと惹きつけられる味わいです。
しかしハングリー・チャックの魅力は決してそれだけではなく、ほとんど主流派ジャズが持っていた快楽性とアブナイ雰囲気の折衷をロック的に表現したことも、そのひとつでしょう。もちろんルーツになっているブルースやカリブ海周辺の大衆音楽、カントリー&ウェスタンや白人伝承歌、さらにはエキゾチックな色彩も感じられるのです。
それはほとんどの楽曲を書いたジェフリー・ガッチョンの基本姿勢かもしれません。実際、「Play That Country Music」はセロニアス・モンクが弾くスタンダードメロディのような前半のピアノソロから、後半はアッと驚く哀愁の白人ソウル! もちろんタイトルどおり、カントリーロック味も絶妙ですから、エイモス・ギャレットのギターソロも冴えまくり♪♪~♪
また「Dixie Highway」での流れるようなピアノの伴奏は、キース・ジャレットに弾いて欲しいような曲展開が憎めません。当然ながら中盤にはザ・バンド色が出るという仕掛けもあります。
そして些か無謀なゴッタ煮を上手く纏めているのが、ベン・キースのアメリカンな存在でしょうか。熟達のスティールギターが素晴らしい安心感を提供してくれますから、正統派カントリーロックの「Watch The Trucks Go By」等々、随所でシブイ貫録を誇示していますが、もうひとり、忘れてならないのがドラマーのN.D.スマートでしょう。
とにかくその八面六臂のドラミングは、例えば「People Do」や「You Better Watch It Been, Someday You're Gonna Run Out Of Gas」での強烈なファンキービート、あるいはジャズフィーリング全開の2~4ビート、変則リズムのロックビートに拘った「Hoona Spoona」等々、全篇でハッとするほど素敵な活躍を聞かせているのです。当然ながらハードロック的なストロングフィーリングも!?!
ということで、とても広範な音楽性を身に付けたメンバー達が、まさに一期一会のセッションとして、オリジナル盤はあまり売れなかったかもしれませんが、我国では度々の再発が続いてきた隠れ名盤になっています。
ただし真っ当なロックを期待すると確実にハズレ……。それだけは確かという中にあって、おそらくは一番親しみ易いのが「All Bowed Down」でしょう。これなんかザ・バンドがやっていると言われても、あながち間違いではない雰囲気です。
しかし個人的には、そんな事よりも、珍しいほど古いジャズのロック的な解釈に勤しんだ部分に共感を覚えますから、これも立派なロックジャズ? いえいえ、やっぱりロックなんでしょうねぇ。まあ、そんなジャンル分けなんか、本当は必要ないんですが……。
ちなみにエイモス・ギャレットのギターにシビレた私は以降、この人のプレイをひとつでも多く聴きたくて、またしても奥の細道へと踏み込んだのですが、ハングリー・チャックも含めて、なかなかライ・クーダーと似て非なる個性は最高だと思います。
先日ご紹介したキンクスの「マスウェル・ヒルビリーズ」に近い味わいもありますし、また同じレコード会社で作られた「ボビー・チャールズ」同様、如何にも1970年代前半のロック喫茶を象徴するアルバムのひとつじゃないでしょうか。