■Breakthrough! / Cedar Wakton & Hank Bobley (Cobblestone)
人は皆、波乱万丈、人生の浮き沈みは常ですが、1950年代からモダンジャズのスタアプレイヤーとして大活躍したハンク・モブレーにしても、その活動期間中には健康問題でリタイアした時期もあり、そして1970年代に入ると、急速にその影が薄くなっていきました。
このアルバムはハンク・モブレーにとって、公式に最後のリーダー作と言われるものですが、ジャケットにクレジットされているとおり、どちからと言えばシダー・ウォルトンにリーダーシップを委ねた感があります。
録音は1972年2月22日、メンバーはハンク・モブレー(ts)、チャールズ・デイビス(bs,ss)、シダー・ウォルトン(p,el-p)、サム・ジョーンズ(b)、ビリー・ヒギンズ(ds) という気心の知れた面々です。
A-1 Breakthrough
ハンク・モブレーの超人気盤「Dippin' (Blue Note)」でも演じられていた、痛快なハードバップのブルース! もちろんここでも豪快なビリー・ヒギンズのドラムスにリードされたカッコ良いテーマから、チャールズ・デイビスのブリブリのバリトンサックスがアドリブの先発を務めます。
と、書きたいところなんですが、録音がヴァン・ゲルダーではない所為でしょうか、チャールズ・デイビスのバリトンサックスの音に芯がイマイチ感じられず、逆に何時もはパワフルでなめらかなハンク・モブレーのテナーサックスが、ギスギスした音になっているのは???
う~ん、もしかしたら、ハンク・モブレーはマウスピースやリードを変えたのかもしませんね。アドリブそのものも、十八番の流れるようなフレーズではなく、幾分考えすぎたような、全く「らしく」無い構成で、思わず行き詰まったような場面さえ……。
そんなわけですから、ビリー・ヒギンズを要としたリズム隊が掛け声も入ったハートウォームな力演サポートで良い感じ♪♪~♪ そしてハンク・モブレーが少しずつ調子を上げていく展開には、私のようなモブレーマニアは一喜一憂じゃないでしょうか♪♪~♪
さらにシダー・ウォルトンが上り調子だった当時の勢いを如実に証明する颯爽としたアドリブを披露! クライマックスでソロチェンジを演じるビリー・ヒギンズの熱血漢ぶりも微笑ましく、やはりハードバップこそがモダンジャズの王道だと痛感されるのでした。
A-2 Sabia
ソフトなボサロックで、シダー・ウォルトンのエレピが心地良いのですが、その素敵なメロディをチャールズ・デイビスのバリトンサックスにリードさせたのは??? しかもハンク・モブレーがそこに彩りを添えるだけという……。
しかしビリー・ヒギンズのドラミングは快調ですし、シダー・ウォルトンのエレピには、心底リラックスさせられますねぇ~~♪
A-3 House On Maple Street
という前曲の勿体無さをブッ飛ばすのが、このヘヴィな演奏!
如何にも当時という思わせぶりなイントロとテーマのバンドアンサンブルから、グイノリの4ビートで展開されるシダー・ウォルトンのエレピのアドリブ、そしてチャールズ・デイビスのソプラノサックスには、モードの味が全開です。
そしていよいよ登場するハンク・モブレーは、ブルーノート後期の諸作で聞かれたような、無理を承知のモード節ですから、あの魅力的なタメとモタレを自己封印……。う~ん、なんだかなぁ……。
ちなみに1970年代前半のハンク・モブレーは、特に我が国のジャズ喫茶とか評論家の先生方から、時代遅れの象徴の如く扱われていましたし、実際、こんな無理な背伸びが無残な醜態と受け取られかねない演奏は、それを証明する結果となっていました。
つまり当時の注目株はスティーヴ・グロスマンとかデイヴ・リーブマンのような、所謂コルトレーン流儀の音符過多なスタイルで吹きまくるのが最高とされていたのですから、ハンク・モブレーにしてみれば……。
そう思えば、このセッションでのテナーサックスの音色がハードなものに変化しているのも、意図的だったのでしょうか? ちょっと胸が潰れるような気持ちです。
B-1 Theme From Love Story
おぉ~、これは当時の大ヒット映画「ある愛の詩」のテーマ曲としてお馴染みのメロディですね♪♪~♪ それをモード風味のイントロからシダー・ウォルトンのピアノが上手い具合にフェイクし、さらに疑似ボサロックとグルーヴィな4ビートをミックスさせた演奏にしています。
実はこれ、当時のジャズ喫茶では隠れ人気となっていた店もあったほどですが、なんか面映ゆい心地良さが確かにありましたですねぇ~~♪
こういう臆面の無さがシダー・ウォルトンの憎めないところだと思います。
B-2 Summertime
有名スタンダードのメロディを重苦しく吹奏するハンク・モブレーの胸中や如何に!?
そうとしか思えない冒頭からのテナーサックスの独白には、ちょっとせつないものが滲みますが、リズム隊を呼び込んでからはグルーヴィなムードが自然体で横溢し、そのハードな展開は、なかなかに熱いです。
何よりもハンク・モブレーが相当に意欲的な姿勢で、新しいフレーズを模索しつつ聞かせるジャズ魂がダイレクトに伝わってくるのです。そしてそれが決して成功とは言えないまでも、これにはモブレーマニアも涙の共感を覚えるんじゃないでしょうか。
私は好きです、と愛の告白を!
B-3 Early Morning Stroll
そしてオーラスは、如何にもハンク・モブレーという分かり易いリフを使ったモード系のオリジナル! アップテンポでイケイケの姿勢が熱いリズムセクションと爽快に居直ったフロントのサックス陣が、これでどうだっ!
チャールズ・デイビスのソプラノサックスは、このセッションに限って言えば、バリトンサックスよりも痛快なフレーズの連発ですし、ハンク・モブレーも1960年代ブルーノートの雰囲気を大切にしつつ、さらに新しいツッコミまで披露する意気地のアドリブですよっ!
もちろんリズム隊も快調至極で、ビリー・ヒギンズのリムショットも交えたシャープなドラミング、サム・ジョーンズのハードなベースワーク、安定と進化のシダー・ウォルトンという個性を全開させた快演には、溜飲が下がります。
ということで、ハンク・モブレーの相当に無理した姿勢は賛否両論かもしれませんが、これが実質的に最後のリーダー盤という感慨も含めて、やはり一度は聴きたいアルバムじゃないでしょうか?
ちなみに最初に発売されたのは掲載したコブルストーン盤でしょうが、直ぐにミューズから別ジャケットで再発されたとおり、当時はかなりの人気がありました。しかしハンク・モブレーが堂々と再評価された1970年代末頃からは、ほとんど市場から姿を消してしまったのが残念です。CD化はされているんでしょうか……。
ただし、1960年代までの全盛期ハンク・モブレーを期待するとハズレます。既に述べたように、新しいチャンレンジ精神は旺盛ですが、明らかに自らの資質と異なる方向への挑戦は、率直に言えば、せつないものが漂います。
さらに本人の健康問題もあったらしく、このアルバムを出した後からは、その消息が途絶え、ずいぶんと悲しい噂もあったほどです。
しかし私には、これがどうしても捨てることの出来ない愛聴盤ということで、ご理解願います。