若い頃は思いもしなかった温泉旅行とか、最近、あこがれます。
というか、ゆっくり休んで癒されたい、それには温泉が一番という単純な発想ですが、無理は承知の夢という段階です。
ということで、本日は――
■Byrd's Eye View / Donald Byrd (Transitoin)
マニアの情熱は何物にも変え難い美しさがありますが、それをプロの仕事にした場合、やはり何がしかの困難や問題に直面するのが、この世の常でしょう。
このアルバムはジャズマニアだったトム・ウィルソンという黒人青年が製作したリアルタイム最前線のハードバップ作品で、自ら起こした「トランジション」という超インディーズの中の1枚です。
会社そのものはシカゴにあったと言われており、一応、発売作品数も30枚ほどはあるようですが、そのいずれもが優れた内容の割には流通数が決定的に少ないのが実態でした。
ですからレーベルは3年持たずに潰れ、作られたアルバムは忽ち「幻の名盤」と化したわけですが、その中でも特に人気が高いのが、本日の1枚というわけです。
録音は1955年12月2日、メンバーとドナルド・バード(tp)、ジョー・ゴードン(tp)、ハンク・モブレー(ts)、ホレス・シルバー(p)、ダク・ワトキンス(b)、アート・ブレイキー(ds) という擬似メッセンジャーズ! あの「カファボヘミア(Blue Note)」の旗揚げから僅か1週間後のセッションです――
A-1 Doug's Blues
タイトルどおりにダグ・ワトキンスのグルーヴィなベースウォーキングに導かれて始る粘っこいブルースです。しぶとい感じのホレス・シルバー、テンションの高いアート・ブレイキーを交えたリズム隊は、本当に強烈ですねぇ♪
ですからアドリブ先発のドナルド・バードも若手とはいえ、甘やかされている雰囲気は皆無で、徹頭徹尾、真摯にハードバップを追求しています。特に中間部の倍テンポでのノリの良さは素晴らしいです。
続くハンク・モブレーも、当然ながらタメとモタレの唯我独尊♪ モブレーマニアにとっては芸術的というよりも、これしかないの歓喜悶絶でしよう。バックではホレス・シルバーの隙間埋めのような伴奏がたまりません。
さらに夭折した隠れ名手のジョー・ゴードンが、ビバップ色の強い存在感で大ハッスルです。ちなみにこの人は、ジャズメッセンジャーズ以前のアート・ブレイキーのバンドに加わっていたこともありますから、ここに参加のメンバーに臆することのない熱演を聞かせています。
そしてホレス・シルバー以下、リズム隊のパートが非常に充実しています。ギシギシ軋るダグ・ワトキンスのベースも味わい深く、これがハードバップの秘密の一端かもしれません。とにかくジンワリと熱くなる演奏です。
A-2 El Sino
これもミディアムテンポながら、なかなかファンキー味の強いテーマが印象的♪ もちろん凄いリズム隊ゆえの快適なグルーヴがあって、気持ちよいアドリブを積み重ねるドナルド・バードは楽しいですねぇ。続くジョー・ゴードンも熱気満点のスタイルを披露して、演奏は2人のトランペッターによる対決の趣向となっています。
このあたりはモノラル録音ですし、アドリブの応酬になると、けっこう音色が似ているので、聞き分けに苦労したりしますが、それゆえに真剣に聴いて熱くさせられますよ♪
残念ながらハンク・モブレーは抜けていますが、リズム隊が強靭ですから、熱気は最後まで冷めないのでした。
B-1 Everything Happens To Me
マット・デニスが書いた“泣き”の歌物が、ドナルド・バードによって素直に吹奏されています。とは言っても、ハードバップそのもののリズム隊が付いていますから、力強く朗々としたスタイルの中に琴線に触れるフレーズを散りばめるという上手いやり方が大正解♪
メリハリの効いたリズム隊も実に味わい深いと思いますが、些か芒洋としたハンク・モブレーのアドリブが、これまたモブレーマニアにはジャストミートの快演でしょう。この人だけの歌心が分かると抜け出せないのですよ。
B-2 Hank's Tune
これぞハンク・モブレーというテーマメロディの合奏からジョー・ゴードンの流麗なアドリブという展開こそ、ハードバップが最高に幸せな時間です。物凄い煽りを聞かせるリズム隊も恐いほどです。
もちろんハンク・モブレーは俺に任せろ! モゴモゴした音色が完全に活かされるタメとモタレの究極フレーズは誰の真似でもなく、また誰にも真似出来ぬ世界が楽しめるのです。一瞬遅れてスタートするアドリブの入り方なんか、もう死ぬほど最高ですよ♪
そしていよいよ登場するドナルド・バードは柔らかな歌心を披露して、なおかつテンションも高いというイキの良さ! 明らかにクリフォード・ブラウンの影響がモロ出しになっていますが、それでも個性は明確になっています。
またホレス・シルバーが、これまた熱演! 揺ぎ無い4ビートでウォーキングするダグ・ワトキンスも強烈過ぎますし、クライマックスのソロチェンジで熱くなるアート・ブレイキーは言わずもがな、擬似メッセンジャーズここにありです。
B-3 Hank's Other Tune
これもハンク・モブレーの「節」が存分に楽しめるテーマ合奏、そしてアドリブ先発の作者が快演ですから、本当にジャズ者が至福の世界です。粘っこくて躍動的なビートを出してくるリズム隊との息もぴったりなのは、あたりまえだのクラッカー♪
ですからドナルド・バードもソフト&ハードな大熱演で、吹いている本人が一番気持ち良いのかもしれませんねぇ。ちなみにドナルド・バードはこのセッションからほどなく後にジョージ・ウェリントン(p) のバンドを辞め、ジャズメッセンジャーズに加入していますが、さもありなんです。
短いながらもファンキーなホレス・シルバーのアドリブは、良い味出しまくりですし、テナーサックス対トランペットの対決も歌心優先でニクイばかりなのでした。
ということで、ハナからケツまで完全無欠のハードバップ♪ しかも意地汚いブロー合戦なんていう無駄な事はしていない潔さですが、こんな優れた作品が長い間、一部のファンにだけ開帳されていたのは何とも複雑です。
我国では1970年代後半になって復刻発売されましたが、話題にはなったものの時代がフュージョンでしたから、飛ぶように売れたということも無く、やはりハードバップが好きなファンにだけアピールしていたのでしょうか……?
ちなみにプロデューサーのトム・ウィルソンは後年、ボブ・ディランやサイモン&ガーファンクルで大当たりをとるわけですが、やはり時代を見る目があったのだと思います。とすれば、このアルバムだって、当時の最先端にヒップな作品だったはずですからねぇ~~♪
おそらく私にとっては、死ぬまで聴き続ける1枚になるでしょう。