梅雨の合間の晴とは、こんなに暑かったのか……。
仕事でバタついて、身も心も熱くなっている所為か……。
そこで本日はクールに熱い、この1枚を――
■Getz Meets Mulligan In Hi-Fi / Stan Getz & Gerry Mulligan (Verve)
現場でのノリ、この良し悪しが仕事の成否を決めてしまうことは、どんな業界にもあることだと思います。
特にジャズの場合、その瞬間芸的な特質から、セッションの現場で、ふっと思いついた気まぐれが、ファンにとっては聴く前からの過大な期待に繋がるのです。
このアルバムはその最たるもので、スタン・ゲッツとジェリー・マリガンの対決セッション的な興味に加えて、お互いの楽器を交換して演奏に臨むという一幕が用意されています。
もちろんそれは、お互いに良く似た資質があればこその企画です。つまり白人のサックス奏者としてテナーとバリトンの違いはあっても、そのスタイルはあくまでも歌心優先のなめらかなフレーズ、それとは裏腹の強烈なドライブ感、そしてリーダとして演奏全体を支配してしまう優れたセンスの持ち主という部分です。
録音は1957年10月12日、メンバーはスタン・ゲッツ(ts,bs)、ジェリー・マリガン(bs,ts)、ルー・レヴィ(p)、レイ・ブラウン(b)、スタン・リーヴィ(ds) という、一見、西海岸派のセッションのようでいて、如何にもヴァーヴ・レーベルらしい布陣です。もちろんプロデュースは大物対決が得意技のノーマン・グランツ♪ 演目もジャズでは定番のスタンダート曲を中心にしていますので、心置きなく両者のアドリブ合戦を楽しんでもらおうという企画ですが、そこでジェリー・マリガンが、お互いの楽器を交換して演奏するという提案をっ!
そしてそれが実行されたのが、A面の3曲です――
A-1 Let's Fall In Love
ルー・レヴィの小粋なイントロに続いて、まずバリトンに持ち替えたスタン・ゲッツがテーマをリード、そこへジェリー・マリガンのテナーが絡むというスタートです。
そしてアドリブパートではジェリー・マリガンが先発でクールな歌心を披露すれば、スタン・ゲッツは悠々自適なノリで対抗します。もちろん以降、2人の絡み合いで曲が進行するのは、お約束です。
しかし、やはりと言うか、不慣れなバリトンを吹くスタン・ゲッツがイマイチ、調子が出ておらず、それが後半にはジェリー・マリガンに感染してしまったような……。
またリズム隊が、なかなか黒いフィーリングなんですが、ソロパートも与えらず、全体に勿体無い雰囲気が濃厚です。
A-2 Anything Goes
一転してアップテンポの溌剌とした演奏で、スタン・ゲッツとジェリー・マリガンは魅惑のテーマを裏になり、表になりつつ仲良く吹奏し、ジェリー・マリガンが烈しいブレイクから猛烈なドライブ感に満ちたアドリブに突入します。
もちろん続くスタン・ゲッツも負けじと奮闘! 出だしこそ戸惑い気味ですが徐々にペースをつかみ、耳に馴染んだゲッツ節をバリトンで吹きまくってくれますが、これがなかなかのハードドライブなんですねぇ♪
ちなみにここでもリズム隊が完全にハードバップしていますから、気分が高揚してきます。
A-3 Too Close For Comfort
ゆるやかなテンポで主役の2人が歌心の共演を聴かせてくれます。
先発はバリトンを悠々と操るスタン・ゲッツが、何時もと少しばかり異なった黒いフレーズを聴かせてくれますが、これはハードバッブ感覚のリズム隊の影響でしょうか? もちろん不慣れなバリトンという部分も否定できませんが、なかなか興味深い演奏になっています。
そこへ行くとジェリー・マリガンは余裕満点というか、それゆえに決まりきったフレーズしか吹かないというマイナス面が出てしまったようです。
2人の絡みでは意地になって重低音を鳴らすスタン・ゲッツが憎めません♪
B-1 That Old Feeling
ここからは通常どおりの楽器編成に戻ったセッションになりますので、聴き手も安心感があります。もちろん演奏もリラックスしつつ、スリル満点な展開です。
アドリブ先発のジェリー・マリガンは十八番のグイノリと変幻自在な空中回転風のフレーズを組合せつつ、独自の歌心を披露しています。
そしてスタン・ゲッツ! あぁ、ここで聴かれる十八番のゲッツ節は唯一無二の物凄さです。それは黒人演奏者に負けないドライブ感、狡さギリギリの歌心というか、まるで考えて作り上げたかのようなキメのフレーズと自然発生するグルーヴの対比♪ 全く、この人は天才です。
演奏はこの後、ルー・レヴィの素晴らしいピアノソロを経て、サックス対決の場となり、盛り上がっていきます。
B-2 This Can't Be Love
これも楽しい演奏で、アップテンポで快適に演奏されるテーマの絡みと変奏が、まず痛快です。
もちろんアドリブパートでも絶好調のスタン・ゲッツがぶっ飛ばせば、ジェリー・マリガンは淀みの無い流れの中に毒々しいフレーズを織込んで烈しく対峙していますから、もう、たまりません♪ また当然、お互いのソロパートの背後では蠢きの絡み合いが、必定のお約束です。
さらに完全にハードバッブのリズム隊が、ここでも大好演! ルー・レヴィは大爆発で、それに触発されたスタン・ゲッツとジェリー・マリガンが入魂のバトルを繰り広げるのでした♪
B-3 A Ballad
この曲だけがジェリー・マリガンのオリジナルで、タイトルどおり、柔らかな曲調のスローな演奏です。そしてこうなると、スタン・ゲッツが持ち前のクールな感覚を全開させ、聴き手を夢の世界に誘うのです。
しかし一転、ジェリー・マリガンは硬派な部分も感じさせてくれます。
そのどちらが好きか嫌いかは十人十色の世界ですが、お互いに尊重・協調しあった絡み合いが全てを解き明かしてくれるような、魅惑の仕上がりになっています。
ということで、結論としては、この興味深い楽器交換セッションはイマイチの出来でしょう。しかし本来の姿に戻った演奏は素晴らしいの一言です♪ 一風変わったバトル物という趣もありますが、対決というよりは協調という部分が強いと思います。
ただし優れたリズム隊にそれほど出番が無かったのが残念……。演出によっては強力なハードバップ盤になった可能性が秘められていると思うのですが……。
したがって、これは名盤というよりは話題盤♪ こういうブツがコレクションに加わり始めると、泥沼のジャズ地獄に落ちていくのではないでしょうか……?