今でこそ、車で20分もあれば、楽に墓参りができるのですが、
子供の頃は、一日掛かりだったのです。
岬のような場所に、墓所はあるのです。
もろに西日が当たる墓は、そこに行くまでがまた、大変だったのです。
谷地のような一本道を、ぞろぞろと登っていくのですが、
雨の後なんかは、転ぶまいと、必死だったのです。というのは、
大人たちが、「転んで怪我したら、死ぬまで治らない」と、
脅かすからなのです。
一応、下刈りしたとは言え、何が出てくるか分からないような
粘土質のベロンベロンの坂道を、何か持たされているのですから
バランスを取るのも、骨が折れます。
それが、一升瓶に入った水だったりすると、
もう、それ自体、難行苦行となるのです。
今は、寺の脇に引っ越して、この山に登る必要は無くなりました。
新城川を、さかのぼり、
おそろしく遠い場所に、寺はあるのです。バスの終点からさらに、
山門には、立派な
昔、この奥に銀山があって、
その頃は、とても栄えていたみたいです。
だから、格式は今でも、素晴らしく立派で、
檀家の負担金は、ほかの宗派の人は
びっくりするような額。
坊主丸儲け、
なんて、ことは、
申しませんけど。
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