黒鉄重工

プラモ製作、旅行記執筆をやっています
同人誌通販始めましたhttps://603kurogane.booth.pm/

日帰り伊豆半島の根本観光 後編【2018/9/17】

2023-06-28 21:54:31 | 鉄道撮影記
路線バスに乗って静岡県沼津市にある旧沼津御用邸記念公園へ来ました。初めて来ました。
ここはその名の通り皇族の静養先として建てられた建物です。1893(明治26)年に当時は皇太子だった大正天皇のために造営されました。静岡県平野部は御存知の通り冬でも比較的温暖な気候であることから、皇太子(当時)は特に冬場に利用することが多かったそうな。
本邸の建築以降も増改築を繰り返していきました。しかし太平洋戦争での連合国の空襲で本邸は焼失してしまいました。
大正天皇崩御後も今の上皇陛下を始めとした他の皇族も沼津にご静養することがありました。上皇陛下は御用邸の目の前に広がる駿河湾で水泳するのが好きだったそうな。


1969(昭和44)年に沼津御用邸が廃止されると敷地は沼津市に移管されました。移管された翌年、沼津御用邸記念公園として一般公開が始まり今に至ります。


それでは御用邸の中を見せてもらいましょう。上がったのは西付属邸という1905(明治38)年に本邸に隣接する海軍大将の別荘を買い上げた建物です。その後も増築が何度か行われたため複雑な間取りとなっています。本邸焼失後は西付属邸が本邸の役割を持つようになりました。
一見すると質素そうに見えましたが、部材は高級そうな物が使われていそうです。また、床には赤絨毯が敷かれていてそれとなく豪華です。


女官応接という部屋。文字通り女官が使った応接間です。


なんとなく江戸時代の屋敷のような雰囲気も感じますが、当時物の扇風機やストーブが残されているので、ちょっと困惑しますね。


これは昭和天皇が学習院時代に乗っていた自転車の複製だそうな。三輪車じゃないかい。万が一にも転倒しないようにするための配慮?


調理室です。当時物の道具が残っています。天窓で明かりを取っているのがおしゃれ。


まだ残暑厳しい9月に来ましたが、こういう建物は案外涼しい、少なくとも暑苦しくはないんですよね。風通しが良いからでしょうかねえ。


供進所です。皇族の食事の盛り付け、配膳をする部屋です。
昭和天皇はうどんそば好きとか長寿の秘訣は毎朝落花生と銀杏を3粒ずつ食べるとかいうプチ情報も教えてくれました。


御食堂です。皇族が食事を取られる部屋です。
元々は畳敷きの部屋だったでしょうけど、絨毯を敷いて机と椅子を使って食事していたんですね。格式もあるでしょうが年を取るとしゃがんで床に座って食べることも難しくなりますからね。


謁見所です。ご静養中の来客がここで皇族と面会するわけです。
来客の椅子は左側で2脚あります。皇族用の椅子は右側に1脚あります。皇族用の椅子の方が遠目から見ても格上です。


三角形になっているミニ中庭。増築されてんなあと感じる部分です。


御座所です。皇族の居住部屋で、御座所、御寝室、御着替所から成っています。ここは御座所なので、要は居間です。


外廊下が二重になっているのがなんとも特別感があります。外側の廊下は一般人の廊下で内側は皇族用の廊下でしょうね。
部屋が外廊下で囲まれているところも、昔ながらの日本家屋の間取りで素晴らしいです。


御玉突所です。つまりビリヤード部屋ってことね。ここだけ完全に洋式チック。


御便所です。ぼっとん便所と洋式便器が仲良く同居している・・・。でも洋式便器からトイレットペーパー遠くないっすか?さすがの皇族もこれは不便だったでしょう。


御料浴室です。浴槽は無く、掛け湯だけだそうな。万が一にも溺れないようにする配慮?


西付属邸の見学は終えて、外に出ました。このあたりは砂浜でクロマツ林が広がっています。


ちょっと歩いてみます。駿河湾の海岸近くまでいけます。砂浜とは鉄条網で仕切られていて、外に出ることはできません。
御用邸の方角からは駿河湾を挟んで富士山も望むことができます。御用邸に選ばれるだけあって景勝地としても優れているんですね~。


静養に使う宮殿としてはやはり質素に見えます。でもこのくらいのほうが夏は涼しげな気もするので、過ごしやすかったんじゃないかな、と。


沼津御用邸記念公園はもっと広いんですが、今日のところは西付属邸の周りだけ見て帰ることにします。
御用邸停留所から伊豆箱根バス日デスペースランナーRM+富士8E (#237) 沼78沼津駅に乗って沼津駅へ。


沼津駅に入場します。レアな313系2350番台 (W2) がいましたよ~。


東海道線に乗っておうちに帰りましたとさ。おしまい。