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北米project 5 ~How do you like Canada? その41【2016/6/15~22】

2024-01-19 23:54:08 | 海外旅行記
カナダ航空宇宙博物館の続きです。このあたりから、展示機は第一次世界大戦コーナーへと移ります。
これは、カーチスJN-4カナック (Curtiss JN-4 “Canuck”) です。初飛行1915年。元々はアメリカのカーチス社が量産したアメリカ軍用の練習機JNジェニーです。これの3型 (JN-3) をカナダやイギリス向けに改良したモデルがJN-4です。4型はカナダのカナディアン・エアプレーンズ社で生産された現地生産仕様です。後にアメリカから派生したJN-4も開発され型番が重複したため、機体愛称を「カナック」に変えています。カナダ人という意味です。
第一次世界大戦からくる需要もあって、JNは当時としては大量のシリーズ累計6,000機を超える数が生産されました。JN-4も1,210機が生産されました。他のJN同様に戦後は大量の余剰機が民間に放出され、入手性と低廉な価格から曲技飛行士を始めとした多くの飛行機野郎の手に渡りました。



JN-4は原型機よりもあちこち改良されています。軽量化した骨格、両翼に装備された補助翼、大型化した昇降舵、独自の主翼と尾翼の平面形など。総じて操縦性が良好になったようです。
他にもいくつものカナダ初を達成しています。初の量産機、初の大量輸出、初の軍用飛行、初のスキー飛行、初の航空郵便、初の航空調査、初のカナディアンロッキー横断飛行など。カナダの航空史のマイルストーンです。


この機体は1918年製で、アメリカ軍に納品されました。退役後は民間に放出されて、1932年に個人が購入。以降30年以上納屋で保管されていたのを博物館が購入しました。カナダ空軍第85訓練飛行隊の塗装で復元されて展示しています。右舷側は機体外皮が外されて骨格が見えるようになっています。


尾翼周り。たしかに平面形が原型機と異なっているのです。


A.E.G. G.IVです。初飛行1915年。ドイツの爆撃機です。見たことない知らない。
A.E.G. (Allgemeine Elektricitäts-Gesellschaft ) は、ドイツの電機メーカーです。その社名は総合電気会社の意味です。アメリカのゼネラル・エレクトリックと電機市場を二分した超巨大企業でしたが、ここへ書こうとすると色々調べないとわからないことが多いので割愛。現在はすったもんだの末、ブランドだけは残っているような感じです。日本には食器洗い乾燥機なんかを売り込んでいるのを見かけます。


双発・複葉の爆撃機です。エンジンは下翼の上に装荷される設計ですが、左舷のエンジンは喪失しています。



エンジンマウント。エンジンはダイムラーメルセデスD.IVa直列6気筒260馬力です。


胴体下面に爆弾架があります。第一次世界大戦時の爆撃精度なんて高が知れているし、そもそも爆撃の概念も定まっていないでしょうから、夜間に嫌がらせ爆撃をして敵の神経をすり減らす活躍を見せました。

この個体は第一次世界大戦後にカナダが戦利品として1919年に召し上げた代物で、今では当時物としては唯一残るドイツ製の多発航空機なのです。なにげなく貴重な機体を複数抱えていますね、この博物館。
カナダに輸送された後40年間の記録は残っておらず、その間にオリジナルのエンジンは2発とも喪失しています。


右舷のエンジンは乗っかっています。ただしオリジナルのD.IVaじゃなくて、D.III直6 160馬力に変わっています。


双発爆撃機だけあってこの時代にしては大きい機体でございますね。


ニューポール12 (Nieuport 12)。初飛行1915年。
第一次世界大戦のフランス代表みたいな戦闘機です。イギリス、フランス、イタリア、ロシアで運用されていたそうな。
この個体は1915年製でカナダ軍とイギリス海軍航空隊などで使われてましたが、不評だったので1917年にとっとと退役させられました。かわいそす。
退役後はカナダに運ばれて北米各地で展示されて国民への戦争へのご理解とご協力を強制するための宣伝に使われていたそうな。
ニューポール12は世界に2機しか現存しておらず、これがそのうちの1機となります。


これはボレル・モラン単葉機 (Borel-Morane Monoplane) という単葉機です。初飛行1911年。当時のフランスの傑作機ブレリオXIの影響を受けています。ブレリオXIというのは、世界で初めて英仏海峡横断を成功させた航空機です(ドーバー海峡横断じゃないよ)。


ブレリオXIの製作に携わっていたレイモン・ソルニエが、幼馴染のボレルとモランと3人で開発したのがこの飛行機です。この時代の航空機というと複葉機が一般的ですが、フランスに限ってはまず単葉機が多く生まれてきました。特に強力なエンジンがあって速度が出るから単葉機にしたというわけではないみたいで、時期に複葉機に移行しています。
この個体は唯一現存するもので、カナダに現存する最古の機体でもあります。


マクドウォール単葉機 (McDowall Monoplane)。初飛行1915年。
カナダの航空オタク(本業土地測量士)のロバート・マクドウォールが1910年にイギリスとフランスを訪れた時に見た機体に影響を受けて開発した航空機です。現存最古のカナダ製航空機です。
当時は航空オタクが自分で飛行機を開発製作して飛ばすことは珍しくないことでした。マクドウォールもその一人ということです。単葉機という点から、フランスからの影響が強そうな気がします。ただ、飛行はできず短い距離を滑空した結果に終わりました。


1915年の初飛行後(飛行してないけど)は、男子学生が改造をして飛行を試みましたがそれも失敗。結局飛行には成功せずに最後は主翼を取られてアイススクーターに成り果てたとかで・・・。その後1980年代に当館が取得して主翼を復元して今に至ります。
単葉機で高揚力装置も無いですから、飛ばないのも無理ないのかなという気もします。


ノーム・オメガ7気筒ロータリー50馬力エンジンです。ボレル・モランのエンジンです。当ブログでは何度か説明していますが、空冷星型エンジンのように見えて実はロータリーエンジンです。エンジン自体が回転するのです。マツダのロータリーエンジンとは同音異義です。エンジン自体が回るので、エンジンとプロペラは直結しています。

というところで今日はここまで。


その42へ→


 
 
 

北米project 5 ~How do you like Canada? その40【2016/6/15~22】

2023-11-15 23:03:19 | 海外旅行記
カナダ航空宇宙博物館の続きです。前回に続いて航空黎明期の機体を紹介します。
これは、モーリス・ファルマンS.11ショートホーン (Maurice Farman S.11 Shorthorn ) (初飛行1913年)です。
これも初期の複葉機で、フランスで設計されました。これの前の型式S.7は機体前方に昇降舵を備えていましたが、S.11にはそれを廃したのでショートホーンと呼ばれるようになりました。
軍用機としてオーストラリア、ベルギー、イギリス、フランス、イタリア、ロシアで採用され、偵察機か爆撃機として運用されました。前方の昇降舵が無くなったので視界が良くなったとかで。
この個体は、イギリスのエアコー社で1915~1916年にかけて製作された4機のうちの1機です。オーストラリア軍で1919年まで使用されて、1930年代まで保管状態でした。1950年代に動態復帰を果たします。するとアメリカ人が購入して博物館を転々としたあと、最後に当館へやってきたのです。


プロペラが胴体後部に配置された推進式なので前方視界は良好です。飛行機としては変わった形の機首です。第一印象は和式便座ですかね・・・。


尾翼関係を機体後方に持ってきたのが特徴です。推進式なので尾部は双胴式なのです。


エンジンはルノー製V8気筒60馬力です。


尾翼はこんなかんじ。


ソッピース 7F.1 スナイプ (Sopwith 7F.1 Snipe) です。1917年初飛行。
ソッピース社の名作機、キャメルの後継機として開発された単座戦闘機です。ただ初期は速力に課題があり、キャメルと比較してエンジンが100馬力増えたのに速度向上はわずかでした。それでも機動性はキャメルよりも高く、戦闘機として申し分なかった模様。イギリス空軍で500機弱が運用されたそうな。
博物館の個体は1918年にイギリスのニューポート&ジェネラル航空機で作られました。退役後にアメリカ人俳優がカリフォルニア州に輸入して、映画の小道具として使われていたこともありました。
博物館は1964年にこれを取得し、博物館の首席操縦士が操縦したこともありました。


第一次世界大戦後半に配備された戦闘機ということで、端正な形状をしています。プラモデルも発売されていますよ。
星型空冷エンジンに見えますが、実際はエンジンごと回転するロータリーエンジンです。ロータリーエンジン機の中で最強との呼び声もあります。


機首の機関銃。ルイス機関銃っぽいですが、よくわかりません。


ピトー管だと思います。


後ろから。


ブリストルF.2Bファイター (Bristol F.2B Fighter)。1916年初飛行。
複座偵察機として開発されたものの、堅牢な構造、強力な275馬力ロールスロイス・ファルコンIIIエンジン、高機動、重武装によって戦闘機の使用にも適する機体です。複座だと重くなるわけですが、その欠点も後席を後方からの攻撃の防御に使うことで戦闘力を高めています。イギリス空軍で重用された戦闘機となりました。
ブリストルF.2は世界に3機しか現存しない戦闘機です。この個体は1918年製造です。自国の戦闘機の経歴については異常な執着で洗い出すイギリス人ですが、これの経歴は多くが分からないようです。第二次世界大戦のロンドン空襲で記録が焼かれてしまったのです。
機体は胴体だけにされて売り飛ばされて、納屋の支えに使われていたそうな。2006年までに機体は復元されたとのことですが、こうなると機体の資料性はあまり無さそうです。この機体の経歴を証明するものは、エンジンとカウンセリングの裏に刻印された製造番号なのです。当館には2006年に収蔵されました。



足回りです。脚に小さなプロペラが付いています。


横からです。


ユンカースJ.I (Junkers J.I)。1917年初飛行。
世界で初めての全金属製航空機です。当時まだ全金属製は早すぎた感があり、速度は鈍重でした。偵察機と対地攻撃機として開発されたものの、攻撃機としては使えなかったようです。その代わり防御力が強かったようで、対空砲火に耐えられました。戦闘中に破壊された機体の記録は存在しないと言われています。飛行機で防御力が高いという説明を聞くとは思いませんでした。
J.Iはこの個体が世界で唯一の現存機です。第一次世界大戦の戦利品としてカナダが手に入れ、船で運ばれてきました。戦利品として博覧会で展示されるなどされ、その後は1969年に当館が取得しています。


世界で唯一の個体、となるとおいそれと機体に手を加えるわけにも行かないようです。機体は劣化していますが、資料製の確保のためにそのままにしているのでしょう。こういうのが常設展示されているとは底が深い博物館だと思いました。


胴体も後部の外板が欠損しています。


エンジンは、ベンツ・BzIV200 馬力の直6です。排気管は真上に伸びていたそうです。変わっていますね。





翼は金属製ではないように見えますが、ユンカースお得意の波板構造のようです。つまり翼も金属製です。





コックピットも首から下は完全に金属板で保護されています。機体としては低性能でしたが生存性の高さから乗員からの支持は厚かったと言われています。

というところで今日はここまで。


その41へ→



 
 
 

北米project 5 ~How do you like Canada? その39【2016/6/15~22】

2023-11-02 22:30:24 | 海外旅行記
2016年6月19日。
ブタ箱の中からおはようございます。4日目の朝です。これが監獄ホステルの独房部屋の中です。ね、本当にベッド以外の空間が無いでしょ?寝返りも打てないよ?私は案外寝れてしまいましたが、これ大柄な欧米人にはさぞ窮屈であろうに。
朝起きて、ホステルのフリーフードを適当に食べて、独房に不要な荷物を置いてきたら一日の始まりです。


2016年6月19日(日)9時13分
オンタリオ州オタワ オタワ・ジェイル・ホステル
4日目はホステルからスタートです。今日はというとですね、まずはカナダ最大級の航空博物館である「カナダ航空宇宙博物館」 (Canada Aviation and Space Museum) へ行きます。最大級だけあるので今日一日を潰す覚悟で臨みます。
もし日が暮れるまでに時間があるようなら、オタワ市街地の閘門運河を見るとか公共交通機関の観察とかをしようと思います。


航空宇宙博物館はオタワ市街地の外れにあります。路線バスでも行くことができ、自動車乗らない人にも割と親切です。バス停のあるところまで市街地を歩きます。今日は日曜日だからか、静かな朝です。


途中で見かけたオタワの路線バス、OCトランスポ。見たこと無い二階建てバスが走っていますな。OCトランスポについては翌日撮影するので、また後ほど・・・。


途中で見かけたSTOのNova LFS Article (#1316)。STOとは、ソシエティ・ド・トランスポート・ド・ル・ウタウエ (Société de transport de l'Outaouais) の頭文字。オンタリオ州オタワとケベック州ウタウエを結ぶ路線バス事業者です。
カナダのケベック州はフランス語圏というのは、知っている方もいると思います。そのケベック州は実はオタワ市街地を流れるオタワ川の反対側、つまりすぐそばに存在するのです。フランス語圏がすぐそばということで、オタワは他の都市よりもフランス語を見聞きすることが多いです。このSTOのようにフランス語表記の路線バスも走っているのです。
そしてケベック州に入ると完全にフランス語が主で英語が従という環境になるんですが、それはまたのちの話。


さて、ダウンタウンのRideau 3Aバス停からOCトランスポ#7系統 St. Laurent行のバスに乗り、St.Laurent/Eastbourneバス停で下車します。バス停から東へ向けて数分歩くと博物館に着きます。途中にはこんなポケモンかよといういかにもな野原を歩きます。本当に博物館へ着くのか疑わしいですが、この林を抜けるとただ広い博物館の敷地が出てきます。


はい着きました。カナダ航空宇宙博物館です。建物の立派さでは今まで見てきたカナダの航空博物館では一番です。
1964年に開館したカナダ航空宇宙博物館は、旧カナダ空軍ロッククリフ基地の脇に建てられています。基地は今も民間のロッククリフ飛行場として供用されています。こっちの博物館では珍しくない、飛行場の脇に航空博物館が建っているパターンです。
航空史の黎明期から現用機に至るまでのカナダにまつわる航空機の膨大な収蔵品が展示されています。オタワに行ったら必ず訪れてみたかった場所です。対戦よろしくお願いいたします。


博物館のロゴマークです。日本人が見たらなんで菊御紋が・・・と疑問に思うでしょう。


入口をくぐり入館口へ入ると目に入るのは天井から吊るされたカナディアCT-114チューターが目に飛び込んできます。
しかしかわいそうに、上下を逆さまにされて吊り下げられています・・・。というわけではなくて(多分)、このCT-114はカナダ空軍の曲技飛行部隊「スノーバーズ」の塗装なので曲技飛行をしているシーンを切り取った展示をしているのです。


CT-114は、ハミルトンの博物館でも見ました。カナダ製のジェット練習機で、この手の練習機としては珍しい並列複座のコックピットが特徴的です。
1961年初飛行で、主にカナダ空軍の練習機として運用され、同軍からは2000年に退役しました。ただし「スノーバーズ」用の機体は2023年現在も運用が続いています。すでに耐用年数を超えていると思われますが、後継機問題がまだ決着していないので、少なくともまだ数年は飛び続ける見込み。


ちゃんとパイロットも乗っています。


こんな角度からも観察できるのは宙吊りならではですな~。


シンプルなトリコロール塗装が美しいです。下面は赤いので地上から飛行展示を見るとよく目立つのです。




CT-114に関する弊ブログの記事はこちらもどうぞ。


エントランスを抜けて展示室へ入ります。柱の少ない広々とした館内に航空機が所狭しと並んでいます。
今まで見てきた航空博物館は、格納庫の中に機体が並べられていた事が多かったんですが、ここは格納庫ではないちゃんとして展示館です。床はカーペット敷きで人が歩き回れる区域は明確に区別されています。日本の博物館に近いような展示だなと感じます。それにしても広いな・・・。


エントランス通ってすぐのところに空中に置かれているのは、A.E.A.シルバーダート (A.E.A. Silver Dart) で、1909年2月23日、カナダで初めて制御動力飛行を成功させた機体です。いわばカナダ版ライトフライヤー号です。ライトフライヤーの初飛行からは5年3ヶ月ばかし後のことです。こういう機体を入り口に置くのはどこも同じですな。
アレクサンダー・グラハム・ベル技師の設計で、ノバスコシア州の氷上で初飛行しました。


機体正面に昇降舵を備えているのは、ライトフライヤーと同じですね。パクったのかな。材料は、鋼管、竹、木材、布、ワイヤーで構成されていて、複合素材飛行機です。ブレーキが付いていないという、危険な乗り物です。


これはレプリカ機です。オリジナルは消失してしまったみたいですね。
シルバーダートの初飛行50周年を記念して、50周年の前年1958年にカナダ空軍の修理工場で製作されました。そして1959年2月23日に同じノバスコシア州でレプリカ機の初飛行と迎えました。しかし、離陸後に強風に煽られて墜落してしまいました(飛行士は無事!)。
墜落した機体は修理されて、1960年に開館した当館に寄贈されました。


後部にエンジンを積む推進式です。エンジンはコンチネンタル・A-65水平対向4気筒65馬力です。


ブレリオ・XI号 (Blériot XI)。初飛行1909年。ルイ・ブレリオとレイモン・ソルニエが開発した飛行機です。
1909年7月には英仏海峡を初めて横断した飛行機として名を残しています。さらに1910年にはイギリスとフランスが同時期に世界で初めて軍用機として使っています。



骨組みだけですが、そのほうがかえって桁構造が美しいものです。
この機体は後年製作されたレプリカかと思いきや、1911年にカリフォルニア州の飛行機工場で製作された当時物です。長いこと保管されていた後、1950年代にカリフォルニア州の個人が購入、1971年に博物館が取得しています。


この時期の飛行機は工芸品ですな。


エンジンはエルブリッジ・エアロ・スペシャルの直4気筒、60馬力。

というところで今日はここまで。
この博物館の紹介は長くなるでしょうが、お付き合いくださいませ。


その40へ→


 
 
 

北米project 5 ~How do you like Canada? その38【2016/6/15~22】

2023-10-19 23:36:48 | 海外旅行記
2016年6月18日(土)18時01分
オンタリオ州トロント ユニオン駅21番線地下コンコース

トロント地下鉄の撮影を終えて、時間までにユニオン駅へ戻ってくることができました。
今からトロントから東へ移動してトロントへ向かいます。これでトロントとはお別れなのです。少なくとももう1日いるべきだったなと後悔しています。
トロント~オタワ~モントリオールはカナダの三大都市で、カナダ版東名阪と言えます。この地域は人の流れも活発なので交通手段の選択肢もいくつかあります。飛行機、バス、そして鉄道です。
三大都市圏ではカナダの国営鉄道VIA鉄道が都市間特急を走らせていて、飛行機やバスに対抗しています。鉄道の強みが発揮できる区間なわけです。
そんなわけで、私にとっては鉄道を使う意外に選択肢はないでしょう!ということで都市間特急「コリドー」(Corridor)に今から乗車します。


「コリドー」の乗客はユニオン駅のVIA鉄道のりば地下コンコースの待合所に集合します。のりばは複数あるので自分の乗る列車の号数を確認してそこに集まります。
待合所には立て看板が立っています。オタワ行の「コリドー」48号なのです。途中の停車駅も書いてありますね。
出発の十数分前になったら改札が始まります。切符はありません。列車はインターネット予約したんですが、そのときにメールで乗車票が送られてくるので、それを印刷して持参します。飛行機のEチケットと同じことです。でも、自宅には印刷機がなかったので、わざわざ大学の生協まで行って乗車票のPDFの入ったUSBメモリーを複合機に差して印刷してくるっていう手間のかかることをすることに・・・。
手間をかけて印刷したEチケットを駅員に見せて、プラットホームへの階段を登ります。


ホームに登ると、既に列車が扉を開けて乗客を待ち構えていました。乗客は客車の中へ吸い込まれていきますが、私はそれを振り切って列車の先頭、機関車の方へ。
「コリドー」48号の牽引機は、GE P42DC形906号機です。前も紹介しましたが、アムトラックの主力機関車と同型機です。ルネサンス塗装がおしゃれなんですよ。
機関車1機とLRC客車3台の4両編成の小柄な列車です。トロントを18時40分に出発し、終点のオタワに着くのは23時16分です。実に4時間半の乗車です。単一の列車にこの時間乗ることもそうそう無いです。ちょっとお尻の肉によくなさそう。


アムトラック機と外観はほぼ同じです。寒冷地用の前照灯が1つ追加されているのが一番わかり易いでしょうかね(ナンバープレートの下)。
前面は走行中に撥ねた羽虫だらけで、汚らしいことに・・・。それだけ高速走行するということなんでしょうが。


GOトレインの列車も見えました。MPI MP40PH-3C形641号機(旧塗装)です。


乗るのはこのLRC客車3345号。これも前に紹介しましたが、元は振り子式車両で、そのため車体が低重心で屋根への絞り込みが大きいです。
1等車と2等車があり、乗るのは2等車です。


2等車の車内はこんな感じです。2+2列の回転式座席です。
コンセントとフリーWi-Fiが装備されていて、快適にPCやスマホを操作できます。シートピッチは日本の特急車両と比べてもそんな違いはなかったかな。


別の車両の様子。荷物棚は飛行機みたいな蓋があるやつ。振り子車両だから揺れ落ちる可能性を考慮したのかな。


便所の写真も撮っていました。せっかくなので載せておきます・・・。


列車は定刻で出発しました。都市部のごちゃごちゃした配線の区間ではのろのろでしたが、郊外へ入ると速度を上げていきました。120km/hはゆうに出ていて、それ以上で走っているでしょうという印象でした。なお最高速度は160km/hなんだそうな。
VIAの列車はCNやCPといった貨物鉄道会社の線路を間借りして走っているので、線路の性能は借りる鉄道会社に委ねられるわけです。貨物列車用の線路だとやっぱり頑丈なのか、結構飛ばすものです。


2つ目の停車駅、オシャワ (Oshawa) に到着。GOトレインも停車します。さながら各駅停車と特急の接続駅です。


列車の乗車時間が夕食時とダブっているため、車内で夕飯を食べます。車内販売があるので、そこからトルティーヤとコークを頼みました。


トルティーヤの中身。意外と量が多くて満足感がありました。味も合格点です。ちゃんとした食事が摂れるのは嬉しいところです。



カナダの平原をずうっと走り続けます。

たまに貨物列車ともすれ違います。すでに20時を回っていますが、まだ日没前です。


同日23時34分
オンタリオ州オタワ VIA鉄道オタワ駅
長時間乗車に耐え、\(^o^)/・・・もといオタワ駅に着きました。列車は若干遅れました。そうはいってもVIAの主力列車に乗ることができたのは良い体験でした。


オタワ駅はやけに現代的です。今のオタワ駅は1966年に開業した、他都市の主要駅と比べれば新しい駅です。駅舎はたぶんそれよりも後に建て替えられているでしょうが。
というのも今のオタワ駅は、その都市に他の場所から移転してきたのです。旧オタワ駅(オタワ・ユニオン駅)はダウンタウン中心部にありました。それを中心部から4km南東に移転しました。


中心部から郊外へ移転させるのは、鉄道の利点である市内中心部へ直接乗り入れるという点を殺すことになるわけですが、1960年代は旅客鉄道が斜陽化していました。鉄道の競争力を削ぐよりも、空いた線路と駅の用地をダウンタウンの再開発に使う利点のほうがあったという行政の判断でしょうか。


宿泊場所はオタワのダウンタウンにありますので、中心部まで路線バスで移動します。早速、駅移転のデメリットを享受することになるわけです。
オタワの路線バスを運行するOCトランスポの#96系統カナタ・テリー・フォックス (Kanata Terry Fox) に乗ります。ちなみに2019年にはオタワ駅までライトレールが建設されたみたいなので、幾分か移動の難易度は下がったかもしれません。


今日から2泊するホテル、正確にはホステルの前に着きました。オタワでもホステル生活よ。変わったホステルでして、話のネタになるかと思いまして。


これは翌朝撮影した写真ですが、ここのホステルは昔使われていた監獄をホステルに改修した建物です。寝床も独房になっていて、部屋はベッドで寝るだけしかできない窮屈な空間です。監獄ホステルの中身については、またそのうち書きます。
部屋にたどり着いたときにはすでに0時を回っていたので、今日はもう独房の中で寝ることにしましょう・・・。

というところで今日はここまで。


その39へ→


 
 
 

北米project 5 ~How do you like Canada? その37【2016/6/15~22】

2023-10-10 23:33:41 | 海外旅行記
2016年6月18日(土)14時37分
オンタリオ州トロント トロント交通局地下鉄1号線ユニオン駅
トロント鉄道博物館から撤収して歩いてユニオン駅まで戻ってきました。ここからは夕方にユニオン駅を発つVIAの列車に乗るまでの間、トロント市の都市交通を体験します。正直、時間が推しているので素早く行きます。
まずはユニオン駅から地下鉄に乗ります。トロントには地下鉄も通っているのです。大都市ですね。地下鉄と路面電車が共存している都市というのも珍しいです、たぶん。
トロントの地下鉄には複数の路線があります。今から乗るのは1号線(ヤング・ユニバーシティ線)です。トロントで初めて建設された地下鉄です。これに乗ってローズデール駅 (Rosedale) へ向かいます。

地下鉄の電車は全路線共通の型式が使われていますが、新型と旧型が走っています。今から乗るのが新型のトロント・ロケット型 (Toronto Rocket; TR) です。カナダのボンバルディア製で、2011年に営業運転を開始しました。路線により6両と4両の固定編成あり。車体はステンレス鋼で全長23m、走行装置はIGBT-VVVFと交流モーターの組み合わせで現代的です。


ローズデール駅は地上駅です。1号線の郊外区間は地上区間と地下区間が入り混じっています。地形的に出たり入ったりするのかも知れません。
ただしおかげさまで通常は撮影が難しい地下鉄車両を十全にカメラに収めることができます。
初めに来たのはTR形です。果たしてその姿は至ってシンプルな外観をしています。前面は後退角が付いていてちょっとおしゃれ。千代田線の電車のような印象もありますかね。


次に来るのもTR形です。旧型電車が来そうもないと思ったので、次の撮影地へ転戦しましょうかね。


反対側のホームからも撮影できます。こっちからはアウトカーブの写真を撮れますね。すばらしい。

1号線をユニオン駅方面へ向かい、ブロア・ヤング駅 (Bloor-Yong) で2号線(ブロア・ダンフォース線)に乗り換えます。そこからキプリング方面の電車に乗ってキール駅 (Keele) で降ります。


はい来ました!これが見たかったのです。T形という旧型車です。ボンバルディアで1995年から製造された地下鉄電車です。車体はこれの2つ前のM形(1962年製造開始)以来のアルミ合金車体で古めかしいものです。ただし走行装置は交流モーターとGTO-VVVFの組み合わせで製造当時では最新の物でしょう。
何しろ箱型の車体が魅力的な電車です。見た目はさながら東急7000系に似たものがあります。


古めかしい地下鉄駅との組み合わせも相性抜群です。外国の地下鉄に乗っているな~という実感が湧きます。


ちょっと構図を変えてT形を撮影。激渋な電車だ、すばらしい。


反対方向の電車。標識灯が点いているのもかっこよ~。


もう1本。


後追いです。


3箇所目の撮影地へ。2号線のビクトリアパーク駅 (Victoria Park)へ。ここでもT形。高架を降りてくるところを撮影できました。


引きでも一応。
ここから4箇所目の場所へ移動します。
ビクトリアパーク駅から終点のケネディ駅 (Kennedy) へ。そこで接続している3号線(スカボロー線)ののりばへ向かいます。


3号線のりばに来ました。3号線は他の地下鉄路線とはシステムから根本に異なります。日本で言うところの新交通システムのような乗り物です。路線も高架ばかりだそうな。大阪メトロのポートラムみたいな立ち位置なのかも。
車両はS形というリニアモーター式の小型車両です。これ、都市交通開発公社 (UTDC) が開発したICTSという車両が原型です。リニアモーター式の線路も含めたセットで開発された交通システムなのです。
ちなみにこれ、見覚えのある読者もいるかも分かりませんが、バンクーバーのスカイトレインでもMark I型という同型車が走っています。スカイトレインは無人運転でしたが、3号線では有人運転のようですね。


せっかく来たので乗ってみたかったのですが、時間が足りなくなるので諦めることに。そしてこの時が3号線を見た最初で最後の機会となったのです。
3号線は2023年7月24日に廃止となっていたのです。この記事を書いている時から遡ってつい数ヶ月前です。
3号線はライトレールなだけあって利用者が伸び悩んでいたようで、2006年から路線活性化の調査研究がされていました。結局2030年代に2号線を延長して置き換えることにしましたが、延伸工事が完了する前に3号線が老朽化で寿命を迎えることから2023年11月に3号線を廃止することに。そこから2号線延伸まではBRT(専用道を整備した本物のBRTだ)を運行することになりました。
しかしおかしいですね、11月廃止の予定が7月に既に廃止されています。これは、7月24日に3号線車両が脱線事故を起こしたため。事故から復旧することなく、そのまま突如として廃止されてしまったのです。こんな幕切れって・・・。こんなの絶対おかしいよ。

折返しの電車を見送ったらここからは去ります。同じ電車しか来ないですからね。


ちょっと駅の外に出て、路線バスを撮影していました。これはOBI Orion VII 07.501 (#7433) です。
Orion VIIはOBIの路線バス車両です。2001年登場で、OBI初の低床バスです。OBIのバスは、運転席側の風防が大きく傾斜していて、よく見ると左右非対称なのです。これは夜間走行時の映り込み防止のためですね。

路線バスについてはこちらもよければどうぞ(宣伝)



地下鉄車両を一通り記録できたので、ユニオン駅へ帰ります。もういい時間なんです。
また2号線に乗るわけですが、ケネディ駅は始発駅で車内が空いているので、T形車内の写真を気兼ねなく撮影できました。セミクロスシートなのですよ。仕切り板が大きいのは高得点ですよ。寒冷地だからかな。


運転室のある区画です。なんと半室構造です。こういう外国の電車では期待していなかったので意外でしたが、前面展望ができるのです。オタクに優しい電車です。
ここから2号線と1号線を乗り継いでユニオン駅まで戻ったのです。


地下鉄のユニオン駅はちょっとした迷宮なので、こんなところに迷い込んでしまいました。なんと路面電車の停留所です。そういえば地下に潜るところありましたねえ。ここにたどり着くのか。CLRV形 (#4174) が急カーブを車体をめっちゃオーバーハングさせながらグゴゴゴ...と入ってきました。


路面電車のユニオン駅はここが終点・折返しです。ホームは円形になっていて、なんだかこのまま方向転換せずに折り返し運転できそうです。・・・そうかここの路面電車は片運転台しかいないから方向転換がそもそもできないのでした。なのでこういうプラレールのようなループ状の折返し設備を持っているわけですか。

 

こんなのりばは見たこと無いな。地下駅で天井も低いから圧迫感もあるし。これ新型の連接車が入ってきたらどういう光景になるのか、そも単純に乗ってみたいし、興味は尽きませんが泣く泣く撤退します。

というところで今日はここまで。


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北米project 5 ~How do you like Canada? その36【2016/6/15~22】

2023-09-27 06:19:27 | 海外旅行記
トロント鉄道博物館の続きです。
前回記事でも紹介したトロント・ハミルトン&バッファロー鉄道のカブース70号です。デッキに登ってみてくださいと言わんばかりの足場があるので、すすっとデッキへ。


車内には入れなかったですが、窓から車内を覗くことはできました。カブースに詳しいわけじゃないですが、原型度が高いような気がします。
ご覧のように、ベッド、机と椅子、ストーブ、簡易調理台、あとは便所もあります。日本の車掌車と比べても居住性が高いのが分かります。特にベッドがあるのはいいですね~。職場にベッドがあるのは誘惑に耐えるのが大変そうだ。


トロント鉄道博物館は、車両だけでなく地上設備も多く移築保存されているのが特徴です。
この掘っ立て小屋は、踏切小屋 (Watchman's shanty) です。有人で遮断機を制御する踏切(日本で言うところの第2種踏切)で列車や歩行者の往来を監視するために建てられた監視小屋なのです。特に列車の往来を監視するには、地面から線路を見ていては遮断器を下げるのが遅くなってしまうので、現役時は高さ5mの鉄塔の上に建てられていたのです。


キャビンDという建物。DということはAからCまであって、さらにEまで存在したそうな。
トロント市内の複雑化した線路、駅、車両基地の連動装置のあった建物です。連動装置 (Interlocking) というのは、駅、信号場、操車場などにおいて分岐器や信号機に連鎖関係を持たせて、ヒューマンエラーを防止する装置のことです。まだコンピューターによる集中制御装置がこの世に出てくるより前の話です。


これがキャビンDの本体。ご丁寧に名前を書いてくれています。この建物の形と言い、つまりは信号所の小屋というわけですよ。線路を監視しやすいように事務所は2階にあるのです。
ところで、鉄道の管制制御は現代ではだいぶ自動化・集中化されましたが、民間航空においてはまだ航空管制官に頼る部分が多いですよね。鉄道よりも複雑で高度化されているんでしょうかね。民間航空もいずれは自動化される時代が来るのかも。


キャビンDの1階に入ることができました。
めかめかしいものが据え付けられていました。これが連動装置の制御機の中身といったところでしょうか。
古い設備が残っている駅を訪ねると、分岐器を制御するレバーがたくさん生えている物を見たことがあるかも知れませんが、その下へ伸びているのがこれなのです。


連動装置、横文字だとインターロックとも呼ばれる機構です。正直素人にはわからないですし、移築保存にあたって部品も抜かれてたりかけていたりするかも知れないです。


これはややアナログ操作的な集中制御盤でしょうかの。


2階に上がって、連動装置の操作レバーを見つけました。


1976年3月のユニオン駅の配線図です。右上にあるのがユニオン駅で、これは現在と同じ位置に存在します。
駅の下側に2箇所の車両基地があるのが分かります。左側がCN、右側がCPの車両基地でして、なので2箇所も必要なのです。そして、CN車両基地にある転車台と扇形車庫こそが、今いるトロント鉄道博物館なのです。
現在は転車台と扇形車庫だけしか残っていませんが、そこの周りには2社分の広大な車両基地の敷地がかつて存在したのです。その敷地は全て再開発に回されたのです。トロントの一等地にある土地を車両基地に使っておくのはもったいないというものでしょう。都心の車両基地を郊外へ移転して跡地を再開発するというのは、日本でも何度も見られた流れです。


1954年のトロント近郊の路線図です。ユニオン駅を中心に概ね放射状に線路が伸びています。というか、ユニオン駅は巨大駅でありながら頭端式ではなくてスルー式のプラットホームを採用しているのが珍しいような気がしました。


ドン駅(後述)のホーム線路に置かれている客車、カナディアンパシフィック (CP) のJ形寝台車の1台、ジャックマン号 (Jackman) です。
1931年、カナディアン・カー&ファウンドリー社で製造され、CPの自社アンガス工場で艤装した全鋼製寝台車です。寝台は14区画定員28名あります。J形は4台製造され、ジャックマン、ジェフレー、ジェリコー、ジョリエット (Jackman, Jaffray, Jellicoe and Joliette) と、全て頭文字Jの名前が与えられていました。いずれも地名や地形が由来です。
ジャックマンは1960年に旅客運用から退いた後、保線用車両に転用されました。おそらく職員の過ごす事業用客車として使われたのではないでしょうか。転用時にジャックマンの名前は抹消されて、411281号という無味乾燥な番号に変わりました。


元来は上級寝台車ということで、3軸ボギー台車を履いています。いわゆる重鋼製客車の造りをしていて、これは最大30トンのコンクリートの死重を追加しています。客車の自重と合わせると約90トンの重量となります。日本の鉄道からするととんでもない重量です。この重さによって、走行中でも台車と線路が確実に接するようになり安定感が増すとされています。
その後登場するステンレス客車などでは死重を積まなくなったそうな。


ジャックマン時代はつやつやのマルーン車体でしたが、今は保線用車らしい風貌です。内装も原型から大きく変わってしまっているようですが、いずれはジャックマンへ復元する構想があるのです。


どこの馬の骨とも知れない操重車と控車。操重車としては小さめで、救援用じゃなくて保線用なのかなと思います。


ホームにおいてある台車。乗客の手荷物などを駅舎から列車へ運ぶときに使います。バンクーバーの駅で見たような記憶です。


CPのドン駅駅舎 (Don station) です。トロント市郊外にある駅で、1896年開業、1967年閉業です。
モントリオール方面からトロント・ユニオン駅へ向かう場合、昔はスイッチバックする必要があり不便でした。CP1892年にこれを解消させるための短絡支線のドン線を完成させて、その路線上にドン駅は建てられました。
一時期はドン線を通過する全列車が停車する駅でしたが、1933年にCPとCNの乗り入れ協定が始まるとドン線を走るCPの列車はCN線を経由するようになって、地位が低下していき1967年廃止になりました。


ピストンエンジンの展示。なんでしょうね、これ。


給水塔です。6万ガロン(22万リットル)の容量の水槽があり、水は井戸水のようです。もちろん蒸気機関車の走行に欠かせない水を補給するための設備ですが、写真によれば客車の洗車にもここの水が使われていたようです。

トロント鉄道博物館はこれで撤退します。
扇形車庫を中心に据えた鉄道車両と建築物の展示は見に行く価値があります。また、市街地中心部にある立地の良さも魅力的です。観光客でも気軽に立ち寄ることのできる鉄道博物館でしょう。
ここの訪問後に収蔵車両を増やしていて、VIA鉄道のLRC機関車とGOトレインの旧型制御客車を新たに収蔵しています。どちらも興味深い車両なので、また見に行かないといけないです。

というところで今日はここまで。


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北米project 5 ~How do you like Canada? その35【2016/6/15~22】

2023-09-22 07:16:00 | 海外旅行記
トロント鉄道博物館の続きです。前回に続き屋外展示車両を見て回ります。
これは前回記事で紹介したCPのアルコS-2形7020号機の第2エンド側。



これはカナディアンパシフィック鉄道 (CP) の188625号ファウラー有蓋車。
一口に有蓋車といっても色々奥が深いわけですが、これはファウラー有蓋車 (Fowler boxcar) という種類に当たります。これはいわば、軽量と低価格を実現するために開発された有蓋車で、カナダ国内で大量に製造、運用された貨車です。
1900年代の有蓋車の荷室部分、つまり箱の構造は、骨格の周りに木製外板を骨格の外側と内側の両面に貼り付けて構成されていました。骨格は19世紀までは木製でしたが、20世紀に入ると衝突安全性の観点から鋼製の物が登場してきました。
CPの技師W・E・ファウラーは、車両メーカーのドミニオン・カー&ファウンドリー社と協同して、1908年に3種類の36ft長、積載量40tの穀物輸送用有蓋車のプロトタイプを開発しました。その中から、車体側面のN字形の鋼製骨格に外側の外板を省略した物が選定されました。これが「ファウラー有蓋車」です。外板を内側のみとすることで製造費用の削減と軽量化を実現しました。また、修理も容易だったと言われています。
1908年の初回発注では500両が製造されましたが翌年には1,000両が追加発注されました。CP向けの貨車でしたがカナディアンナショナル鉄道 (CN) にも製造され、さらに第一次世界大戦による需要増でカナダ向けに70,000両以上が大量製造されました。そのうちCP向けだけでも30,000両以上製造されました。36ft長に加えて40ft長の貨車もラインナップに加わり、経済性の高さもあってかアメリカでも普及していったそうな。
その後1950年代には全金製有蓋車が登場し、穀物輸送は荷役の手間の減るホッパー車に取って代わられるようになりましたが、ファウラー有蓋車はしぶとく走り続け最後の車は1980年代まで現役だったそうです。

さてこの188625号は、第一次世界大戦真っ最中の1917年に製造された個体です。廃車時期は分かりませんでした。


どこの馬の骨とも知れない貨車移動機、もといこの博物館所蔵の1号機です。
カナディアン・ロコモティブ社が1950年にライセンス生産した50トン級入換機です。ライセンス元はアメリカのウィットコム・ロコモティブ社 (Whitcomb Locomotive Co.) で、ご存知ボールドウィン社の子会社でした。
これは石灰石採石場用に製造されたものでした。他にも骨材や建設資材運搬等で活躍して1997年廃車。2007年にトロント鉄道博物館が購入しました。

典型的なセンターキャブの貨車移動機で、ロッド式の動輪が古めかしくて素敵です。
博物館がこれを取得後、エンジンの復元を行って見事再稼働状態へ。この博物館の1号機関車として収蔵車両の入換作業に従事しているのです。ちなみに塗装は、トロント・ハミルトン&バッファロー鉄道をモチーフにしているとかで。


これも電気式ディーゼルなので、ロッド式の動輪に目が行きがちですが電車っぽい台車なのです。


カナディアンナショナル鉄道 (CN) の蒸気機関車U-2-g形6213号機です。当館の目玉車両であります。
車輪配置は4-8-4ノーザン(呼び方は会社により異なるがCNではこれ)です。8輪の大直径動輪(U-2-g形の動輪直径は1,854mm)を活かした牽引性能と高速性能を兼ね備えた配置なのです。
6213号機は1942年CNのモントリオール工場で製造され、カナダ東部ハリファックスからサスカチュワン州までを主な運用範囲としていました。1959年に退役し、部品取り車となります。蒸気機関車時代の終焉が近づいていた当時、トロントの鉄道愛好会が6213号機の価値を見出しトロント市に寄贈する動きを見せます。1960年、現存する中でトロント地域で運用されていた最後の蒸気機関車として6213号機が選ばれます。剥ぎ取られた部品は復元されて、同年トロント市に寄贈されて今に至ります。
当館で唯一の蒸気機関車で、転車台の反対側からでも伝わってくる大きさと存在感があります。しかし近づくことができなかったのでちょっと残念でした。


どこの馬の骨とも知れない貨車移動機。現地にもホームページにも特に説明がないのでよく分からない機関車です。
銘板を見てみたら1948年ボールドウィン製で、CPのDS-10g形とありました。あとはググってみると7069号機で、ボールドウィンの社内型式はDS-4-4-1000-SC形なんだそうな。DS-10gは、CP内の型式だと思います。
DS-4-4-1000-SCは、4軸動輪、1,000馬力エンジン搭載車のスイッチャーです。前期型の8気筒NAエンジンの608NA型と後期型の6気筒ターボ付きエンジンの606SC型がありにけり。7069号機は後者だと思われ。

CPの機関車は、このマルーンと灰色の2トーン塗装がやっぱり好きなんですよ。気品があるじゃないですか。


CNのGMD製GP7形のGR-15a形4803号機です。
GP7形はEMDが開発したロードスイッチャーです。ロードスイッチャーの元祖はアルコのRS-1形で、エンジンフードとセミセンターキャブの形態です。GP7形は当時のロードスイッチャーの決定版として普及していき、使い勝手の良さから従来のキャブ型ディーゼル機関車に代わって北米のディーゼル機関車の標準型の形態となっていくのです。製造機数は7,000機!
エンジンは16気筒、9000cc、1500馬力で、発電した電気で4台の電動機を回します。発電ブレーキも備えています。最大で8機を総括制御できます。

この4803号機は、EMDのカナダ法人であるGMDで1953年に製造されました。CN線内のあらゆる場所を走っていたそうですが、台車が軽量化されていたので西部の低規格路線でも走れたらしく、秋の穀物収穫期には優先的にそこで運用されていたそうな。1984年廃車で、その直後にトロント市150周年事業として同市に寄贈されて今に至ります。


ロードスイッチャーなので前後どちらにも走行できるんですが、フードの短いほうが前方とされています。
GP7形は、前後のエンジンフードの高さが揃っています。特に前方側のフードが高いのです。高さが揃っているので見た目は美しいですが、前方視界は悪いですよね。このようなフードをハイノーズと呼びます。
ハイノーズになったのは、労働者対策とも言われています。GP7形は蒸気機関車の置き換えにも使われたのですが、2名乗務だった蒸気機関車から1名乗務のディーゼル機関車に代わると片方の乗務員は職にあぶれてしまいます。そこで、わざと前方視界を悪くして2人目の乗務員にも前方監視の仕事を与えたのだ・・・ということらしいです。
そんな非効率的なことも長くは続かないので1名乗務に移行していくんですが、そうなるとやっぱり前方視界が悪いのでノーズ高さを切り詰めたローノーズに改造される事例が増えました。ハイノーズはこれに対する言葉なのですね。
大半のGP7形がローノーズに改造されたらしく、4803号機のようにハイノーズで現存する個体は貴重なのだそうです。それ以外にも、4803号機は比較的原型をよく留めていると言われています。ただし電動機は撤去されています。


緑と黄色を基調としたCNの1960年代以前の塗装です。これも好きなんですよね。4803号機は塗装もピカピカで素晴らしいです。


台車は2軸ボギーです。B-B配置、日本で言うところのD級機です。EMDのGP系機関車は以降も一貫して4軸機として製造されています。ちなみにGPというのは「汎用」を意味します。現地のギークは「ジープ」と呼んどるそうな(Jeepとは発音が違うんでしょうけども)。
当時はなんとなく撮影していた台車ですけど、一般的なGP7形とは違う台車を履いています、これ。
一般的にはブロンバーグ台車 (Blomberg truck) という物を履いてるんですが、これはフレキシコイル台車 (Flexicoil truck) という種類だそうな。肝心のコイルばねが見えないのであまりはっきりしたことは言えんですが、枕ばねにコイルばねを使った台車のことなんじゃないスカね。ブロンバーグ台車は板バネだし。
フレキシコイル台車は1952年に登場したGP7形の6軸版(C-C配置)であるSD7形用に開発された3軸台車が最初です。SD7自体はほとんど売れませんでしたが・・・(製造数150機未満)。
その後2軸台車版も開発されて、GP7形にもオプションで付けられるようになっています。前述の通り、どういうからくりか知りませんがブロンバーグ台車と比べて軽量化されていたので、軸重を低くしたい目的で履かせていた可能性はありますな。


キャットウォークは歩くことができました。そこからキャブを覗き見。運転機器を斜めに配置するのはこの頃からなのね。日本のDE10も斜めに置けば首の疲労も低減されたのでは。


CNの木製カブース79144号です。カブースというのは日本で言うところの車掌車です。
1920年製の有蓋車424669号を1957年に改造して造った物。貨車改造のカブースって初めて聞きましたけど、そういう事例ってもしかして結構あるんですかね。
1970年代に廃車になって、個人が引き取って事務所兼住まいとして置いていたそうです。カブースは保存車両としては実用性ありますし。2014年に当館に寄贈されて2015年までに復元されて今に至ります。なのでまだ復元されたてといっていいでしょう。


手ブレーキ。


台枠や足回りは改造されていないそうなので、当時物の板バネ台車を履いたままです。


CNのロゴマークです。


反対側から。


もう一台のカブース、トロント・ハミルトン&バッファロー鉄道(TH&B)70号です。
TH&Bが1921年に製造したカブースで、その時の車体は木造でした。1950年代に外板を鋼製にして半鋼製車となっています。
TH&Bは、1892年設立の鉄道で、名前通りハミルトン地域のローカル鉄道です。1895年にはCPとニューヨークセントラル鉄道により買収されて両社の傘下になります。1987年にCPに吸収されて会社としては消えてしまいました。今も路線はCPが保有してるほか、ハミルトン駅はGOトランジットの旅客駅として使用されています。

というところで今日はここまで。


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北米project 5 ~How do you like Canada? その34【2016/6/15~22】

2023-08-30 06:11:00 | 海外旅行記
2016年6月18日(土)12時53分
オンタリオ州トロント トロント鉄道博物館
ユニオン駅から歩いてやってきたのは「トロント鉄道博物館 (Toronto Railway Museum)」です。
鉄道博物館は広大な敷地が必要なので郊外や田舎に立地することが多いのですが、当館はダウンタウン内にあります。アクセス性が高いのです。


なんでわざわざダウンタウンに鉄道博物館があるかというと、ここはカナディアンパシフィック鉄道 (CP) の扇形車庫と転車台が残っているからです。扇形車庫と鉄道博物館の組み合わせは鉄板ですからね。
このジョンストリート扇形車庫 (The John Street Roundhouse) は1931年に建築されました。車庫は32番まであり、車庫の外周は180度を超えています。扇形車庫の中心にある転車台は37mあり、CP史上最大です。
蒸気機関車がディーゼル機関車に置き換えられて無煙化されると扇形車庫は役目を終えて1986年に閉鎖、トロント市に寄贈されました。1990年にはカナダ国定史跡に指定され、1997年にトロント市の公園「ラウンドハウスパーク」として整備されました。今は鉄道博物館の他にレストランやビール醸造所が入っているようです。
トロント市内に現存する扇形車庫は最盛期はいくつもありましたが、現存するのはここだけです。ここもよく再開発から生き残ったと思います。都会に残された鉄道のオアシスです。


あれは給水塔ですね。大型の水槽が2つもあります。32機分収容できるとなると水槽も大きいのですかね。


扇形車庫の17番線 (Stall 17) は博物館の一般公開区画になっています。他に15・16番線も博物館が使っていて、車両の復元修繕の作業に使っているらしいっす。
車両や物品が所狭しと並べられているので、意外と窮屈な印象でした。


時刻表というか列車の運行時刻表です。CPの大陸横断列車「カナディアン」2号(トロント発)と337号(ウィンザー発)のバンクーバー行の運行時刻です。2号と337号はサドバリーで併合してバンクーバーへ向かうはずです。


鉄道会社の制服です。たぶんCPの制服だと思います。


軌道自転車です。日本ではレールスターとも呼びますかね。カナダではもっぱら3輪車が用いられてきました。


そして、実物の客車です。狭いので全体を撮影するのは難しいのですよ。ダブルルーフとニス塗り木造車体が古風です。
これは「ノバスコシア号 (Nova Scotia)」。1896年プルマン製で、元々は「サンパレイル号 (Sanpareil)」という名前のドミニオンアトランティック鉄道の食堂車でした。サンパレイユというのは「比類なきもの」を意味するフランス語だとかで。また同社はノバスコシア州を地盤とする地方鉄道でした。
1912年に同車のGM専用ビジネス車「ノバスコシア号」に改造されました。1958年にCPに転属して7号車というそっけない番号に変えられて、1963年に廃車になりました。廃車後はトロントの鉄道愛好会が購入して1970年まで蒸気機関車に連結される団体列車に使われてたみたいです。それからはここで静態保存されているんだと思います。


このマルーンの鋼製車はCPのビジネス車「ケープレース号 (Cape Race)」です。1926年ナショナルスチール車輌製。元々は15台製造されたリバー形のうちの1台「リバーレアード号 (River Liard)」でした。艤装は自社のアンガス工場で行われ、男女別のシャワー室、革張りの喫煙室、展望パーラー、女性用ラウンジ、小さなビュッフェが備えられた豪華な客車でした。
1929年から全車寝台車の大陸横断列車「トランスカナダリミテッド」(モントリオール/トロント~バンクーバー)で乗客サービスのために連結されていました。しかし1931年の世界恐慌により不景気となると利益を生まないこの客車を連結する余裕もなくなり、わずか2年で撤退します。
しかし1941年に第二次世界大戦が始まると需要が高まり、リバーレアード号にも招集がかかります。復帰に際して冷房装置追加と内装改造(コンパートメント1室、ダブルベッドルーム4室)名前も「ケープレアード号」に改名されます。シャワー室などは撤去されてしまい単なる寝台車に変わり果ててしまった感もあります。
1947年、戦後のナショナリズムの高まりからカナダらしさを出すために車名を「ケープレース号」に再度改名します。この改名はCPの大半の客車に及んだと言われています。ケープレースというのは地名でして、1912年タイタニック沈没時の救難信号を最初に受信し、各地に中継した場所として知られています。
戦後は大陸横断列車「ドミニオン」で運用され、バッドステンレス客車に置き換えられる形で1954年に運用を離脱しました。その後1963年に名無しのビジネス車13号車になって1969年に鉄道愛好会に売却されました。これもノバスコシア号同様団体列車に連結されていましたが1970年代に運行されなくなりました。その後は当地に保存されて今に至ります。


金床です。鉄道工場から見つかったものだとかで。蒸気機関車などの部品はこれを使って修理や自作をしていたのかも知れませんねー。


鉄道博物館あるある、壁に貼られた各種標識。
駅名標から速度制限から線路標識から色々。


ロードスイッチャーの運転台の中に入れるかと思ったら、中には運転シュミレーターがありました。


ロードスイッチャー、つまり入換作業もできる本線用ディーゼル機関車の運転台です。実はこの目でちゃんと見るのは初めてのことですよ。
まずハンドルや計器盤が斜めに取り付けられていることですね。本線走行と入換作業を両立させようとするとこういう配置になるんですなー。
左のハンドルはブレーキハンドルです。2種類あるのは日本と同じです。しかし上側が自動空気ブレーキ(列車全体用)で下側が単独空気ブレーキ(機関車用)で配置が逆だったはずです、たしか。
右側の黒いハンドルは、上側が発電ブレーキで下側がスロットルです。ブレーキとスロットルではハンドルを回す向きが違います。


館内はそこそこに外の展示車両を見てみましょう。
これはカナディアンナショナル鉄道 (CN) の炭水車です。水槽はもうタンク車みたいな風貌ですが、この方がコスト低いんだろうなーと。


CNのEMD F7A形(GFA-17a形)9159号機のカットモデルです。本当は9038号機らしい。1951年カナダのGMD製で、1991年廃車です。
廃車後個人が所有して地道に復元をしたあと2007年に当館に寄贈されて運転シュミレーター筐体として使われている模様。


CPのアルコS-2形7020号機です。初期のディーゼル入換機で、1944年アルコ製。1985年に廃車されましたが、その現役時代の殆どをトロント市内で過ごし、入換や専用線での列車牽引等に活躍しました。廃車後にトロント市へ寄贈されています。
S-2形はアルコが車体部分を、ゼネラルエレクトリックが動力部分をそれぞれ担当して製造される共同開発機でした。


台車です。見たところでよく分からないのですが。
ディーゼル機関車といっても、動力部をGEが担当したことからも察せるとおりエンジンで発電した電気で台車のモーターを動かす電気式ディーゼル機関車です。なのでこれも電動台車なわけです。
7020号機のエンジンは稼働状態にあるとのことですが、走行もできるかはよくわからんです。


当館では最も独特な車両だと思います。ラインハートビネガーズ社RVLX101号タンク貨車です。
酢を輸送するために造られた木造のタンク体の貨車なのです。お酢と言っても工業用の酢酸が主だったそうですよ。
製造年は1938年で、当時だったら普通に金属製のタンク体は製造可能です。なのでわざわざ木製タンク体を造ったのは、酢酸がもたらす金属の腐食対策でしょう。アルミニウムなど腐食しない金属もあるんすが、まだ実用段階じゃなかったか、費用面で折り合いがつかなかったんかしらん。


台車の外側に謎の小車輪が付いていますが、用途は謎です。謎ですが一応ここにも書いておきます。

というところで今日はここまで。


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北米project 5 ~How do you like Canada? その33【2016/6/15~22】

2023-08-23 07:01:00 | 海外旅行記
2016年6月18日(土)11時34分
オンタリオ州トロント トロント・ユニオン駅
ユニオン駅での列車撮影を終えて、駅を出ます。なかなかに広い構内を持っているようで、お上りさんは普通に迷います。
日々通勤客を捌く現役の巨大駅ながら建物は鉄道黄金期の名残があちこちに感じられます。列車のりばへと続く石造りの通路もなんともまあおしゃれじゃないですか。よく見ると防火扉や消火ホースが追加設置されて改変されているんですが、それでもパッと見は当時物のように見えます。
ちなみに壁の上の方に彫られているレリーフは、トロント市の昔のスローガン「Industry, Intelligence, Integrity」(産業、知性、誠実)です。


大ホールの壁です。見事な石壁ですなあ。なおめちゃくちゃ高い天井は写真撮りそこなている模様。なんてことを。壁に刻まれている都市は、この駅から行くことのできる都市なのです。中には今ではいけなくなった都市もあるでしょうけど、そういうことは考え至らなかったのかしら。
建物の保全のためでしょう、案内看板は天井から吊るしたり壁に貼り付けたりするんではなくて、床置きのものが多かったです。



これがユニオン駅の駅舎です。開業は1927年8月26日。やけに新しいなと思いましたが、この駅舎は3代目なのです。初代はグランドトランク鉄道(GTR;後のカナディアンナショナル鉄道;CN)により1858年開業、2代目はGTRにより1873年開業。建て替えまでの期間が短いですが、初代は木造建築で2代目は石造りなのです。なおユニオン駅(共同駅)と名乗るだけあって、GTRの他にノーザン鉄道とグレートウェスタン鉄道とカナディアンパシフィック鉄道(CP)が乗り入れていました。今の3代目駅舎はCPとCNが50%ずつ出資して建てたそうな。
建物はルネサンス様式、正確にはボザール様式で設計されているそうな。列柱は22本有りにけり。まあカナダ人もアメリカ人も本当にこの様式の建築が好きですわね。
余談ですが、ユニオン駅とその周辺の地上設備の保有、運営、経営等はCPとCNが共同出資して作った子会社、トロント・ターミナル鉄道(TTR)が担っていました。神戸高速鉄道みたいなものに近いでしょうかねぇ。2015年にはユニオン駅の所有者はトロント市に移管されましたので、今は線路の管理や列車の運行制御等を業務としているようです。


列柱の上には建設主体のCP(左)とGTR(右)の彫刻があります。3代目駅舎が開業するよりも前にGTRは経営難から国有化されてCNになったはずですが、なんでかGTRのままです。
駅の玄関口の彫刻が過去のままというのも大胆に映ります。歴史的建築物として残されているもう使われていない駅舎ではなくて、カナダで最も利用者の多い現役の駅舎にも拘わらずです。この駅舎の歴史への敬意が感じられます。


駅の対面の建築物もおそらくは歴史的建造物のまま活用されているようです。駅前なのにそれほど再開発されていませんね。奥の方はタワマンらしき建物がいくつも生えているのに。


駅舎から線路を挟んで反対側のQueens Quay Wayに来ました。線路をくぐる時にGOトランジットのめちゃくちゃ大きいバスターミナルが見えましたが、まだ時間を使ってしまいそうなので、パスしました。
この通りには路面電車のトロント市電 (Toronto Streetcar System) が通っていて、ユニオン駅から近いところにあるからですね。
トロント市電はトロント中心部に全長83kmの路線網を有する広範な路面電車です。北米最大級の路線網を持つとかで。
通りを見渡してみると、ちょうど路面電車が地下トンネルから飛び出てくるところに遭遇しました!トロント市電はユニオン駅に乗り入れていますが、トロント駅周辺では地下トンネルを通るのです。地下を走る路面電車という珍しい取り合わせなのです。
地下といえば、トロントには地下鉄も通っています。路面電車と地下鉄が共存している都市は珍しいんじゃないでしょうか。
ちなみにこの電車はCLRV形という旧型車です(#4074)。下でもうちょい詳しく書きます。


反対側からはCLRV形とは打って変わった今どきの路面電車、Flexity Outlook形が来ました。2014年から導入が続けられている新型車で、ゆくゆくは旧型車を全て置き換えて市電はこれに統一される予定です。というかその後2019年に統一を果たしたようです。
車両は5車体連接の低床車です。そして丸みを帯びた柔和な前面を見て、なんとなく新潟トランシスが製造している低床路面電車ブレーメン形と似ていると思ったのではないでしょうか。実際、Flexity形もブレーメン形もボンバルディアが製造している車両なのです(新潟トランシスはライセンス生産の形)。
ただFlexity形とブレーメン形は、厳密には異なる形式(ブランド)なのだそうです。ブレーメン形はすべての車体に台車が備わっていますが、Flexity形は一部に台車のない車体もあります。この違いなんですかねえ。なおトロントのFlexity形は5車体の内2つ目と4つ目の車体が浮揚車体です。


地下に潜っていきました。車体の前後で紅白の塗り分けが違うのね~。しかしこれ、トンネル入口に十分注意書きがあるとはいえ、自動車の誤進入もあるんでしょうな。


Queens Quay Wayを西へ歩きます。市内周遊型の観光バスが通り過ぎていきました。The Bus and Boat CompanyのAD Enviro 400 (#81106)です。Enviro 400はEnviro 500の短尺型です。加えてこれは二階の屋根が無いいわゆるオープントップ形ですね。
この会社はルートマスターやフリートライン等のイギリス製二階建てバスも観光用として運用している模様。


こちらはトロント市内の路線バスです。トロントの路線バス、路面電車、地下鉄は、トロント交通局 (Toronto Transit Commission; 以下TTC) により運営されています。今日の目的の一つはTTCの各交通モードを一通り見てくることです。
このバスは、Star Trans BusのSenetor SII LF (W150) です。実は弊ブログで初めて出てくる車種です。
車体の前と後ろで断面がだいぶ違っています。これは、カタウェイという商用バンのシャーシとキャブだけの車に、バスのボディを装荷した物です。装荷するボディは路線バスに限らず、スクールバス、救急車、モーターホームまで様々あります。カタウェイに関しては下記の拙著にて少し紹介しているので、よければご購入してみてください(宣伝)。
で、このバスですが、シャーシはフォードF-450の物を使っています。F-450といえば、フォードの誇るFシリーズピックアップトラックのひとつです。カタウェイは基本的にバンのシャーシを使いますが、中にはピックアップの物を使うこともあるんですな。キャブも当然Fシリーズで、バンのEシリーズと比べるとキャブ全高が低くボンネットが長いので、なんだかウナギのように見えます。
こういう小型バスはコミュニティバスのような低需要路線で使われます。2009年から200台強導入されたみたいですが、10年後くらいから廃車が始まっていて、2023年にはフリートの大半が廃車済みのようです。



スクールバスみたいなこれは、Blue Bird の All American でしょうね。本来はスクールバス用の車種ですけど、一般型もあるんですな。個人所有だと思いますがよくわからんです。
なおグリルが付いているので、こんな見た目ですがフロントエンジンです。今どきこんなバスも作っているんですよ。


CLRV形 (#4141) です。CLRVは1977年から1980年までに200台弱が導入されたかつてのトロント市電の主力車です。他の都市の路面電車と同様トロント市電も存廃が議論された時期があったんですが、1970年代に存続が決まると老朽化したPCCカーを置き換えるためにCLRVが製造されました。後年には2車体連接のALRV形も50台くらい造られました。
開発に際してPCCカーの設計を受け継いでいるため、近代化されたPCCカーの趣があります。同じPCCカーから派生したタトラカーにも似た雰囲気もありますかね。ネオ・PCCカーの立ち位置を狙っていたようですが、他都市の路面電車が大虐殺にあっていたので他に採用されることはなく、トロント市電専用車みたいになりました。既に述べたように2019年に全車退役しています。そうと知っていれば市電にもうちょい時間をかけてたな・・・。


さっき地面に潜っていったFlexity形 (#4410) がユニオン駅から戻ってきました。広島電鉄の新型車ですっていっても騙される人いるんじゃないか。そしてこんな近代的な見た目で集電装置がトロリーポールというのはなんなんですか。ギャップ萌えでも狙っているんですか。
・・・ところで、さっき見た時と塗り分けが変わっているんだけど。


その答えはこの写真に!ちょうど離合したんですよ (#4415, #4410)。並んで見れば塗り分けの違いが一目瞭然です。
そしてこの離合を見て漸く理解したんですが、トロント市電の電車は片運転台なのですよ!PCCカーからして片運転台なのでその構造を受け継いでいるんです。なのでこの長い5車体連接車で片運転台かよ!となるのです。面白いなあ、トロント市電、通りすがりに撮影するだけじゃあまりにもったいない路面電車だったぜ!
ちなみにどうやって電車の向きを変えるかというと、終端でU字状の線路を通って向きを180度変えています。プラレールのUターンレールみたいなやつですよ。


CLRV形 (#4174)。歩いているだけですがわりと頻繁にやってきます。今回は市電には乗らなかったんですよ。惜しいことをしたなあ。


Lower Spadina Ave.との分岐点。右端に水面が写っていますが、あれはオンタリオ湖です。浜大津が西洋風になるとこんな感じかもね。

ちなみに通りを歩いているとちょうどいいサンドイッチ屋を見つけたので、ここで昼ごはんとしました。サンドイッチの写真は撮っていませんでした・・・。今はもう閉店してしまったみたいで、さみしいです。



ちょっとオンタリオ湖を見てみるが目の前が島でした・・・。あれはトロント島で、実は空港が建っているちょっと大きい島です。といっても滑走路1,200mの小さい空港です。飛来する旅客機もボンQのコミューター路線が主ですし。しかしピアソン空港と比較して圧倒的に都心に近いことからビジネス需要が多いみたいですよ。ロンドンシティ空港と似ていますかね。


分岐点で離合するFlexity形。うねうねうねと。


鉄道の幅の広い高架下をくぐる路面電車という図。うーんこれは大都会ですよ。まるで東京みたい。


前回もう出てこないよと書いたけど、CNタワーです。コンクリ打ちっぱなしですか。近くで見るとあんまし・・・です。


ユニオン駅を出て1時間ちょっと。目的地の一つ、トロント鉄道博物館へ着きました。

というところで今日はここまで。



北米project 5 ~How do you like Canada? その32【2016/6/15~22】

2023-08-07 22:08:23 | 海外旅行記
トロント・ユニオン駅で列車の撮影の続きです。
今度はGOトレインの列車が入ってきます。路線名や行き先は表示されないので、何線の列車なのかはよく分かりません。


MPI MP40PH-3C形 620号機(旧塗装)とバイレベル客車です。


おしりの制御客車は332号です。


あっちからはMPI MP40PH-3C形622号機(新塗装)が。新塗装機も一応撮影できました。


ホームに停まっているVIA鉄道の列車に戻ります。GOトレインのホームへは出入りが自由で改札すら無いのですが、VIAは改札があります。日本のように入場券も無さそうなので、ホームへ立ち入るには乗るしかないのです。ただし反対側のGOトレインのホームから撮影ができるのでほぼ問題ないと思います。


やはりかっこいいな、うふふ。
機関車はEMD F40PH-2D形6446号機です。客車はバッド製ステンレス客車です。骨董品コンビなのです。


F40PH-2D形はVIAが1989年から新造導入したディーゼル機関車です。これもアムトラックが運用していたものと基本的に同一の機種です。アムトラックではP42形に置き換えられて退役しましたが、VIAでは大規模延命工事を施工して現役を続けています。延命工事時にルネサンス塗装へ塗り替えられて若返りました。アイドリング音も素敵なんですよー。


客車は2両連結されています。これは8100形8117号です。この列車は「コリドー」の運用に就くと思いますが、だとしたらこの客車が連結されているのはちょっと変則的ですね。
8100形は通常「カナディアン」を始めとした長距離列車に充当されるからです。「コリドー」用の2等車とは座席数もちょっと少ないのです。何らかの理由で代走に入ったかもしれませんし、なんてことはなくこういうことは日常的なのかもしれないです。
なお8100形は元々カナディアンパシフィック鉄道が「カナディアン」用に新造した座席車です。製造年はなんと1955年です!この当時ですらすでに還暦を超えているのです。当然延命工事をしているわけですが、それを差し引いても驚異的な長寿命です。バッド・ステンレス客車の耐久試験でもやっているんでしょうか。


これは4000形4005号です。これは1等車です。2等車は4100形と呼ばれとります。また、VIAではまとめてHEP-2形と呼んでいます。
この客車群はカナディアンナショナル鉄道から引き継いだ普通鋼製客車を淘汰するためにアムトラックから中古で購入したものです。といってもアムトラックもこれらの客車は発足時に各地の鉄道会社から引き継いだ中古の寄せ集めです。なのでVIAが購入した時は中古の中古ということです。
なお製造年は8100形よりも古い物が大半で、この4005号はなんと1949年製!


客車のおしり。貫通路は柵が立てられているだけ。これで本線走行するんでしょうか?だったらちょっと信じられないことですが。20世紀じゃないんだから。

ちなみに!
VIAのステンレス客車については拙作の同人誌がありますので、より知りたい方は下記リンクからご購入を(宣伝)


ホームを移動する時に駅のロビーへ迷い込んだようです。なんちゅー天井の高さのある広間だ。照明の少なかった時代の建築物ゆえの空間でしょうけど、空間の使い方が贅沢と言いますか。
というか、トロントの一等地と言って良い立地に建っている建築物なのにあまり商業化の匂いがしないんですよね。駅ナカの概念はカナダにも無さそうです。


GOトレインを待っていたら、VIAの列車が推進運転で入線してきました。最前部にはオレンジベストを着た係員が前方監視しています。もうホームで停車するので、無線機片手に機関車の運転士と通話しているのでしょう。
車庫からここまで推進運転でやってきたんでしょうね。ヨーロッパみたいな入換機は使わないみたいです。
列車はF40PH-2DとLRC4両。これも「コリドー」で使われる列車だと思います。


この通り機関車は片運転台なので後方の視認性は皆無なのです。


機関車はEMD F40PH-2D形6449号機です。かっこいいですなあ。


なお、ホームの端からはCNタワーという通信/展望塔が見えます。1976年建築、高さは553mあります。2007年までは世界一高い構造物でした。
CNというのはこれを建てたカナディアンナショナル鉄道の頭文字からです。やってることは東京スカイツリーを建てた東武鉄道みたいなものかと。ただしCNタワーは現在国有化されています。
登ることも考えましたけど、トロントの土地勘が無いことと昨日のスカイロンタワーの景色で満足したので、今回は見送りました。なので旅行記で登場するのはこれが最初で最後です。

ちなみにここで立っていたのはCNタワーを見るためじゃなくて「カナディアン」の到着時刻がそろそろだったからです。西の方角を向いて待っていました。バンクーバーから来るからです。
そしてなんと遅れも無く本当にほぼ定刻で到着してきたのです。すごい!・・・ただし、入線してきたのは東側から。つまり反対側です。西から来ると思いこんでいたので、走行経路の下調べもしないで待っていたのです。見当が外れたので載せられるような写真はありません。とほほ。


気を取り直して「コリドー」の観察です。5両編成の好ましく端正な列車です。すばらしい。


側面の機体番号の下には小さくGPA-30Hの文字があります。これはVIAの社内形式です。それぞれG(EMD製)P(旅客型)A(運転台付)30(3,000馬力)、H(更新機)の意味です。ただしギークの間でこの型番で呼ばれていることはあまり無いようですが・・・。
ディーゼル機関車といっても、エンジンは発電用で車輪を動かすのはモーターの電気式ディーゼル機関車なので、台車はどちらかというと電車っぽい雰囲気だと思います。


F40PHの原型機と更新工事を受けた-2D型の大きな違いは車体後端にあります。更新工事でHEP用補助エンジンを追加搭載したので、それの覆いを後端に追加したのです。原型機では後端はデッキになっています。
HEP (Head-End Power) とは、いわば客車用のサービス電源です。走行用エンジンから電力を拝借する方式と別のHEP専用補助エンジンを用意する方式が主です。これにより従来の車軸発電機が不要となり、照明や冷暖房などで電気に不自由することが減りました。
日本だとこういうサービス用電源は客車に搭載することが主でしたが、北米では機関車に載っけているというわけです。これは、ディーゼル機関車に蒸気暖房装置を搭載していた流れを汲んでいるのかと考えられますね。


LRC客車1等車の3473号。
LRCは1980年に登場した、機関車と客車のセットで運転される旅客列車です。軽量・低重心で高速性を追求した車両です。客車にはなんと制御振り子装置が搭載されていたのです。そういうわけでこの客車、他と比較して屋根が低いのです。車体断面も六角形。なんとなく381系みたいです。
この列車長くは続かず20年くらいで運転をやめました。機関車は廃車になりましたが客車は振り子装置を停止させて今も運用に入っています。骨董品のステンレス客車よりは新しいですしね。
これの話はまた追々そのうちいつかしようと思います。


2等車3331号(新塗装)。


2等車3334号(旧塗装)。

ユニオン駅ホームの撮影はこのくらいにして、場所を移そうと思います。

というところで今日はここまで。


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