日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

佐伯・・・

2018-06-17 16:46:14 | Weblog
 佐伯に2泊してきました。で、とても悲しいことがありました。私のよく知る同級生が、他界されていました。
 1ヶ月程前に、佐伯に帰った時、金水苑で、一周忌を忍ぶ会が開催されていて、名前を見て、驚きました。高校の時に同じクラスにいた人で、市会議員をしていて、住んでいる所も、私の家の直ぐ近くで、その彼が、1年前に他界していたのです。全く存じ上げなく、ただただ、残念の気持ちで一杯でした。
 それから、今までに(この1年以内に)、(レストランを経営している私と同級生の話だと)H君が亡くなり、S君が亡くなり(息子が小さい時に彼の奥さんから絵を教わっていた)、Y君が亡くなり、驚きの連続でした。そして、医師のY君も、他界されていました。
 Y君は、小学校の時にも、高校の時にも、同じクラスで、小学校の時は、自宅(父親内科小児科医で開業)に行って、一緒によく遊んでいました。
 Y君は、特殊な分野で、周りのドクターも、一目置いていて、私も、相談したことがあり、ユニークな年賀状を毎年頂いていました。残念無念。
 このまる1年前後の間に亡くなった同級生の中に、女性の名前はなく、全て男性で、皆、穏やかで、人当たりが良く、皆に好かれていました。佐伯に住んでいる人ばかりだったので、もっと、生前に、話をしておかば良かったなあと悔やまれます・・・(合掌)。







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小児科外来での出来事(その7)

2018-06-17 14:53:26 | Weblog
 乳児とまだ2歳の共に男の子で来院した母親に、「お母さん、上の子ども、大変でしょう・・・」と言うと、「いや、もっと大きな男の子が、一番手を取ります・・・」って感じで言われて、初め何のことか、分からなかったのですが、母親と看護師さんが笑っているので、そうかと気が付きました。(今は、イクメンの男性も、多くなりましたね)

 兄弟で来た時は、私は、年長者から診察をします。で、時に、下の子が、初めにしてと言い張るケースもあり、仕方なく、そうすることもあります。付き添いで来て、診察してくれないと言って、駄々をこねる子もいます。昔は、病院って、怖いところだったのですが、今は、そうでもないようですね。

 子どもが喘息発作(今は、急性喘息憎悪と言うべきか?)で、しばしば来院していて、その母親から言われたことがあります、「先生の写真、もらえないですか、先生の顔を見ると、発作が軽くなるんで、家に張っときたいのですが・・・」と。
 更には、又、別の母親からは、「先生の家の近くに引っ越そうかとも思っているんですが・・・」と。(私が佐伯で開業して入院設備を持っている時、大分市の方からわざわざ来て、入院となるケースもありましたが。)

 前の職場(天草)でのことでしたが・・・
 独りで小児科の入院を持って、(小児科医の応援なく)休むことなく時間外も頑張っていて、頭痛が時々して、血圧が高めになっていました。それを、外来の看護師さんにもしばしば話していました。
 ある時、病院のピッチを、住んでるアパートの部屋に忘れた状態で、医局でゆっくりしていました。で、外来に小児の急患が来て、いつもは、私が直ぐに出て返事をするのに、しないものだから、救急外来の看護師さんが、大慌て。「田原先生が、高血圧で、部屋で倒れているんじゃないか・・・?!」と言うことになって、鍵を持って、私の部屋を開けるまでになって。
 で、私が、ふと医局から救急外来に行くと、「センセーイ!、もう、ドキドキして、部屋に見に行きましたよ・・・」と言われました。(申し訳ありませんでした)

 今の職場(延岡)でのことですが・・・
 外来で、大きな音がしました。で、調べると、授乳部屋のペイパーホウルダーの留め金が外れて、下に落ちた時の音でした。
 看護師さんから、言われました、「田原先生が倒れた音かと思いましたよ。先生でなくて、良かったです。」と。

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