無題・休題-ハバネロ風味-

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

ロバート・キャパ

2007-03-11 10:13:27 | 私はガザを忘れない
第13回酒田市土門拳文化賞は、静岡市在住のセイリー育緒さんの「甘い地獄」に決定した。18日に酒田市で授賞式が行われると言う。「甘い地獄」とは、ハリウッドに暮らし、豊かさや自由の陰で、飽食や快楽におぼれる街や人を撮した30枚余りの連作のようだ。

写真家と言えば、ロバートキャパを思い出す。彼は、戦争写真で有名な写真家である。
ハンガリー生まれのユダヤ人、首都のブタペストのペストの方で生まれた。ブタは金持ちの住む地域、ペストは貧民街で、両親は服の仕立屋を営んでいたそうだ。10代の頃に政治活動を行い、警察にしょっ引かれ、国外追放になった。彼はそこからベルリンへ旅立ち、つてを頼りにカメラマンになる。最初はとても貧乏だった。彼が言うには、貧乏は靴に来るのだそうだ。靴を見ればその人の財布の中身が解ると言う。

CSの戦場カメラマンシリーズで、キャパの番組があった。好きな写真家だったから、1時間番組に食いついて見ていた。ロバート・キャパの本名は、アンドレ・フリードマン。数々の恋愛を繰り返したが、戦場へ赴くのに家族はいらないと生涯独身だった。それは最初の恋人でもあり、カメラを通しての戦友でもあり、マネージャーでもあったゲルダ・タローの死が大きかったのでないだろうか。ゲルダも戦場で命を落とす。

キャパは、5つの戦争を経験し、兵士よりも先に進み、ぶら下げた数個のカメラを使い、動きのある写真を撮った。饒舌で明るい彼がやってくると、戦いは負けないと言うジンクスまで生まれたそうだ。だが、インドシナ戦争で、地雷を踏んでその一生を終える。時系列で追って、友人や関係者のコメントと共に、映像が流れていった。

一つだけ、発見があった。英領パレスチナがイスラエルとして独立した日、彼はその場面にいたのだ。彼は、ユダヤ人としての民族的な立場から、このイスラエルの建国を、非常に喜んでいたらしい。しかし式典の、その最中にも爆薬の破裂音や戦争が続いていた。決して、平和な上での建国ではなかったようだ。これで少し現在の中東の関係が読めてくる。そうか、イギリスがキーポイントだったのか。現在のイラク戦争にしても、何故米英が主導的立場なのか、少し解り掛けてきた。

まぁ、それはまた別の機会にして、実は私は彼の写真集を1冊持っている。勿論、戦場のもあるが、市民や子供達のも載っているものだ。彼ほど、くわえ煙草の似合う男はいない。彼は1954年に、日本を訪れている。市民を撮しているのだが、1人1人の個性がとても生き生きと映し出されている。こんな所は、土門拳と通じるものがある。平和を取り戻した日本の被写体、それを取り終えて、彼は最終の地インドシナへ旅立った。

コメント (4)
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