ニッカン
鹿島野沢がJ100人目ハット演出/J1
鹿島MF野沢拓也(25)が、MFフェルナンドのJ通算100人目のハットトリックを呼び込んだ。東京戦でCKから2得点に絡み、3-2の勝利に貢献。MF小笠原のメッシーナ移籍後、セットプレーのキッカーを一任され、チームを4連勝に導いた。4位に浮上し、首位G大阪と勝ち点10差。新司令塔のもと、じわりじわりと頂点に近づいた。新潟は3-0で甲府を破り6試合ぶりに白星を挙げた。
節目の記録は、野沢の右足がきっかけになった。後半2分、左CKからフェルナンドのゴールをアシスト。同22分にも同じ左CKが起点になった。ゴール前で味方に当たり、流れたボールを、フェルナンドが頭で押し込み、3点目を決めた。J通算153回目のハットトリックは、史上100人目の快挙になった。
「へぇ、そうなんだ。すごいね」。野沢は人ごとのように反応した。J最初のハットは、13年前。リーグ開幕戦で、鹿島の先輩にあたるジーコ前日本代表監督が記録した。野沢は当時、11歳。ジーコ氏の記録は「知らないよ。そこまでサッカー、好きじゃないし」。独特の口調でとぼけてみせた。
セットプレーからのゴール演出は、偶然ではない。8月末、小笠原の移籍に伴い、CKやFKのキッカーを任された。DF岩政は言う。「タク(野沢の愛称)は、満男さんと同じレベルのボールを蹴れる。満男さんはピンポイントで来るけど、合わせる側からすれば、タクの方が合わせやすい。浮いてきますから」。
小笠原移籍後、チームはリーグ4連勝。ひょうひょうとしたキャラの野沢は、責任を与えられたことで腹が据わった。「(小笠原が)抜けて、自分としても不安と悩みが多い。でも、調子が悪くても監督が信頼して使ってくれた。それが4連勝につながった」。天才肌のテクニシャンには、後継者としての自覚が芽生えてきた。
これで4位に浮上した。首位G大阪との勝ち点10差は、小さくない。だが、鹿島は昨季、13節終了時に2位G大阪に10差をつけながら、逆転優勝をさらわれた。今季は残り10試合と、条件は厳しい。「神頼みになってしまうけど、信じて、全部勝っていくつもり」と野沢。勝負はまだまだ捨てていない。【佐々木一郎】
[2006年9月25日9時5分 紙面から]
サンスポ
フェルナンド超高速ハット!鹿島をリーグ戦4連勝に導く
J1第24節最終日(24日、鹿島3-2FC東京、カシマスタジアム)MFフェルナンドの3発がリーグ戦4連勝を導いた。約25メートルのミドル弾を決めた前半28分から、後半22分までの短時間で3発。ヴィトーリア(ブラジル)時代の99年以来のハットトリックで、今季通算7得点とシーズン自己最多を更新した。「チャンスがあればシュートを狙っていた。(自己最多の)5点を超えたのがうれしいね」と満面の笑みだった。
(カシマ)
スポニチ
小笠原後継だ野沢 鹿島4連勝で4位
J1第24節最終日は24日、2試合を行い、鹿島はホームでFC東京を3―2で破り、今季初の4連勝をマークして4位に浮上した。メッシーナに移籍したMF小笠原に代わって新司令塔を務めるMF野沢拓也(25)が、1アシストを含む2得点に絡む活躍でチームを勝利に導いた。
鹿島・野沢の直感がさえた。1点をリードして迎えた後半2分の左CKだった。「ニアに走ってくるのが見えた」。蹴る直前に飛び込んできたフェルナンドを察知すると、頭にピンポイントで合わせてアシスト。同22分の左CKでは「ニアで競ってくれれば、空いた後ろにボールが流れる」との読み通りに、ファーで待つフェルナンドの3点目を生んだ。
この日のCKは速くて鋭いボールにこだわった。「スピードが遅いものならGKに取られてカウンターを受けてしまう」と、相手の狙いを頭に入れた上でボールの質を変えた。小笠原不在となった8月30日の名古屋戦からチームは4連勝をマーク。一戦ごとに、新司令塔の存在感が増している。
小笠原の後継者と期待されるプレッシャーは相当なものだったそうで「不安で仕方なかった。少しやせた」とポツリともらすこともあった。ほおはこけ、体重は落ちた。「自分にはまだチームを引っ張る力がない」と悩み抜いた。だが「お前に任せる」との小笠原の言葉を頭で反すうしては、この重圧に立ち向かってきた。
17歳でデビューを果たし、当時TDだったジーコ氏からも「ブラジルへ連れて帰りたい」と言われたほどの抜群のテクニックを持つ。両足の血行障害から来る「ケーラー病」で長期離脱もあったが、リーグ戦10得点を挙げた昨季から才能は開花しつつある。アウトゥオリ監督は「ボールスピードを上げる小笠原は間を考える。野沢は(自分の)機動力を生かした組み立てをする」と両タイプの違いを口にしたことがある。人もボールも、めまぐるしく動くのが野沢中心の新スタイルだ。「これからが勝負」。逆転優勝の夢を、あきらめてはいない。
[ 2006年09月25日付 紙面記事 ]
報知
鹿島V戦線残った!4連勝で首位と10差…J1第24節
◆J1第24節 鹿島3―2F東京(24日・カシマ) 鹿島が優勝戦線に生き残った。MFフェルナンド(28)のハットトリックの活躍でF東京を3―2で退け、4連勝。勝ち点を45とし、清水を抜いてG大阪、浦和、川崎に続く4位に浮上した。F東京は5連敗で14位。新潟は3―0で甲府に勝って6戦ぶりに白星を挙げた。
逆転Vへの道を鹿島はつないだ。後半22分。MF野沢の左コーナーキックを、ニアでMF増田が頭で後ろへ。ファーサイドで待ち構えたMFフェルナンドがヘディングシュート。ビトーリア時代の99年以来7年ぶりとなるハットトリックを達成。「常にチャンスがあれば(ゴールを)狙っていくという姿勢」と、背番号16は胸を張った。
20日のナビスコ杯準決勝、横浜M戦(日産ス)直前はシーズン前に手術した左ひざが腫れ出場が危ぶまれた。チームは万一に備え、FWダ・シルバを帯同させたほど。だが、それを乗り越えてピッチに立ち、勝利に貢献し、この日もブラジル人ボランチが勝利へ導いた。
アップ中にDF岩政が右足内転筋を痛め、急きょ大岩が先発するなどアクシデントもあった。だが、3―2でなんとか振り切った。FW柳沢は「最後まで(優勝の)可能性が持てるように」と話し、1アシストの野沢も「神頼みになってしまうかもしれないけど、信じたい」。首位G大阪との差は勝ち点10。最後まで鹿島はその背中を追いかけ続ける。
(2006年9月25日06時08分 スポーツ報知)
ニッカンとスポニチは野沢に絡めた記事。
通常、ハットトリックを決めたフェルナンドで記事を組みそうなところであるが、目線を変えたところは評価に値する。
ニッカンの「J通算153回目のハットトリックは、史上100人目」という情報も有意義である。
対するスポニチも「17歳でデビューを果たし、当時TDだったジーコ氏からも「ブラジルへ連れて帰りたい」と言われたほどの抜群のテクニックを持つ」と彼の逸話を紹介しており好感が持てる。
ただし二紙ともに『小笠原の後継者』というフレーズを用いており不快感が否めない。
小笠原の移籍後にリーグ4連勝しており、ナビスコ杯も順当とはいえ決勝戦へ駒を進めているのである。
つまり、後継者ではなく実力では上の存在であった選手がポジションを得て花開いたのである。
報知はフェルナンド中心の報道、「20日のナビスコ杯準決勝、横浜M戦(日産ス)直前はシーズン前に手術した左ひざが腫れ出場が危ぶまれた」というこれまで隠されていた情報を交えている。
最悪なのはサンスポであろう。
「前半28分から、後半22分までの短時間」
39分間が短時間と呼べるものであろうか。
この記者はサッカーというスポーツの時間の概念を理解していないとしか思えない。
それ以上に、この試合のメイン記事は、アウェイの惨敗したFC東京の記事となっており。
あ~ぁFC東京泥沼の5連敗…オシム視察も感想なし!
拍子抜けだった。貴賓席から視察中のオシム監督は確かに「あくび」をした。
「ふあーあっ…」。オシム監督が口に手を当てて大あくびしたのは前半途中。期待していたFC東京イレブンの調子の悪さに午後3時開始という陽気も手伝い、老将は思わず眠気に襲われた。
試合後のオシム監督は「感想? ノー、ノー」といつものようにほとんど語らず帰りの車に乗り込んだ。FC東京の倉又監督は「またセットプレーでやられた。相手をフリーにするな、といっていたんだが…」と5連敗を悔やんだ。ファンまでがあくび…なんてなる前に、何とか手を打ちたいところだ。
(近藤安弘)
と惚けた爺さんの欠伸を写真付きで紹介している。
全くあきれた報道である。
しかし、これも報道の一部。
視点を変えていることは評価しても良かろう。
ただし、近藤という記者はバラエティに異動した方が本人の為となるであろうと補足しておく。
鹿島野沢がJ100人目ハット演出/J1
鹿島MF野沢拓也(25)が、MFフェルナンドのJ通算100人目のハットトリックを呼び込んだ。東京戦でCKから2得点に絡み、3-2の勝利に貢献。MF小笠原のメッシーナ移籍後、セットプレーのキッカーを一任され、チームを4連勝に導いた。4位に浮上し、首位G大阪と勝ち点10差。新司令塔のもと、じわりじわりと頂点に近づいた。新潟は3-0で甲府を破り6試合ぶりに白星を挙げた。
節目の記録は、野沢の右足がきっかけになった。後半2分、左CKからフェルナンドのゴールをアシスト。同22分にも同じ左CKが起点になった。ゴール前で味方に当たり、流れたボールを、フェルナンドが頭で押し込み、3点目を決めた。J通算153回目のハットトリックは、史上100人目の快挙になった。
「へぇ、そうなんだ。すごいね」。野沢は人ごとのように反応した。J最初のハットは、13年前。リーグ開幕戦で、鹿島の先輩にあたるジーコ前日本代表監督が記録した。野沢は当時、11歳。ジーコ氏の記録は「知らないよ。そこまでサッカー、好きじゃないし」。独特の口調でとぼけてみせた。
セットプレーからのゴール演出は、偶然ではない。8月末、小笠原の移籍に伴い、CKやFKのキッカーを任された。DF岩政は言う。「タク(野沢の愛称)は、満男さんと同じレベルのボールを蹴れる。満男さんはピンポイントで来るけど、合わせる側からすれば、タクの方が合わせやすい。浮いてきますから」。
小笠原移籍後、チームはリーグ4連勝。ひょうひょうとしたキャラの野沢は、責任を与えられたことで腹が据わった。「(小笠原が)抜けて、自分としても不安と悩みが多い。でも、調子が悪くても監督が信頼して使ってくれた。それが4連勝につながった」。天才肌のテクニシャンには、後継者としての自覚が芽生えてきた。
これで4位に浮上した。首位G大阪との勝ち点10差は、小さくない。だが、鹿島は昨季、13節終了時に2位G大阪に10差をつけながら、逆転優勝をさらわれた。今季は残り10試合と、条件は厳しい。「神頼みになってしまうけど、信じて、全部勝っていくつもり」と野沢。勝負はまだまだ捨てていない。【佐々木一郎】
[2006年9月25日9時5分 紙面から]
サンスポ
フェルナンド超高速ハット!鹿島をリーグ戦4連勝に導く
J1第24節最終日(24日、鹿島3-2FC東京、カシマスタジアム)MFフェルナンドの3発がリーグ戦4連勝を導いた。約25メートルのミドル弾を決めた前半28分から、後半22分までの短時間で3発。ヴィトーリア(ブラジル)時代の99年以来のハットトリックで、今季通算7得点とシーズン自己最多を更新した。「チャンスがあればシュートを狙っていた。(自己最多の)5点を超えたのがうれしいね」と満面の笑みだった。
(カシマ)
スポニチ
小笠原後継だ野沢 鹿島4連勝で4位
J1第24節最終日は24日、2試合を行い、鹿島はホームでFC東京を3―2で破り、今季初の4連勝をマークして4位に浮上した。メッシーナに移籍したMF小笠原に代わって新司令塔を務めるMF野沢拓也(25)が、1アシストを含む2得点に絡む活躍でチームを勝利に導いた。
鹿島・野沢の直感がさえた。1点をリードして迎えた後半2分の左CKだった。「ニアに走ってくるのが見えた」。蹴る直前に飛び込んできたフェルナンドを察知すると、頭にピンポイントで合わせてアシスト。同22分の左CKでは「ニアで競ってくれれば、空いた後ろにボールが流れる」との読み通りに、ファーで待つフェルナンドの3点目を生んだ。
この日のCKは速くて鋭いボールにこだわった。「スピードが遅いものならGKに取られてカウンターを受けてしまう」と、相手の狙いを頭に入れた上でボールの質を変えた。小笠原不在となった8月30日の名古屋戦からチームは4連勝をマーク。一戦ごとに、新司令塔の存在感が増している。
小笠原の後継者と期待されるプレッシャーは相当なものだったそうで「不安で仕方なかった。少しやせた」とポツリともらすこともあった。ほおはこけ、体重は落ちた。「自分にはまだチームを引っ張る力がない」と悩み抜いた。だが「お前に任せる」との小笠原の言葉を頭で反すうしては、この重圧に立ち向かってきた。
17歳でデビューを果たし、当時TDだったジーコ氏からも「ブラジルへ連れて帰りたい」と言われたほどの抜群のテクニックを持つ。両足の血行障害から来る「ケーラー病」で長期離脱もあったが、リーグ戦10得点を挙げた昨季から才能は開花しつつある。アウトゥオリ監督は「ボールスピードを上げる小笠原は間を考える。野沢は(自分の)機動力を生かした組み立てをする」と両タイプの違いを口にしたことがある。人もボールも、めまぐるしく動くのが野沢中心の新スタイルだ。「これからが勝負」。逆転優勝の夢を、あきらめてはいない。
[ 2006年09月25日付 紙面記事 ]
報知
鹿島V戦線残った!4連勝で首位と10差…J1第24節
◆J1第24節 鹿島3―2F東京(24日・カシマ) 鹿島が優勝戦線に生き残った。MFフェルナンド(28)のハットトリックの活躍でF東京を3―2で退け、4連勝。勝ち点を45とし、清水を抜いてG大阪、浦和、川崎に続く4位に浮上した。F東京は5連敗で14位。新潟は3―0で甲府に勝って6戦ぶりに白星を挙げた。
逆転Vへの道を鹿島はつないだ。後半22分。MF野沢の左コーナーキックを、ニアでMF増田が頭で後ろへ。ファーサイドで待ち構えたMFフェルナンドがヘディングシュート。ビトーリア時代の99年以来7年ぶりとなるハットトリックを達成。「常にチャンスがあれば(ゴールを)狙っていくという姿勢」と、背番号16は胸を張った。
20日のナビスコ杯準決勝、横浜M戦(日産ス)直前はシーズン前に手術した左ひざが腫れ出場が危ぶまれた。チームは万一に備え、FWダ・シルバを帯同させたほど。だが、それを乗り越えてピッチに立ち、勝利に貢献し、この日もブラジル人ボランチが勝利へ導いた。
アップ中にDF岩政が右足内転筋を痛め、急きょ大岩が先発するなどアクシデントもあった。だが、3―2でなんとか振り切った。FW柳沢は「最後まで(優勝の)可能性が持てるように」と話し、1アシストの野沢も「神頼みになってしまうかもしれないけど、信じたい」。首位G大阪との差は勝ち点10。最後まで鹿島はその背中を追いかけ続ける。
(2006年9月25日06時08分 スポーツ報知)
ニッカンとスポニチは野沢に絡めた記事。
通常、ハットトリックを決めたフェルナンドで記事を組みそうなところであるが、目線を変えたところは評価に値する。
ニッカンの「J通算153回目のハットトリックは、史上100人目」という情報も有意義である。
対するスポニチも「17歳でデビューを果たし、当時TDだったジーコ氏からも「ブラジルへ連れて帰りたい」と言われたほどの抜群のテクニックを持つ」と彼の逸話を紹介しており好感が持てる。
ただし二紙ともに『小笠原の後継者』というフレーズを用いており不快感が否めない。
小笠原の移籍後にリーグ4連勝しており、ナビスコ杯も順当とはいえ決勝戦へ駒を進めているのである。
つまり、後継者ではなく実力では上の存在であった選手がポジションを得て花開いたのである。
報知はフェルナンド中心の報道、「20日のナビスコ杯準決勝、横浜M戦(日産ス)直前はシーズン前に手術した左ひざが腫れ出場が危ぶまれた」というこれまで隠されていた情報を交えている。
最悪なのはサンスポであろう。
「前半28分から、後半22分までの短時間」
39分間が短時間と呼べるものであろうか。
この記者はサッカーというスポーツの時間の概念を理解していないとしか思えない。
それ以上に、この試合のメイン記事は、アウェイの惨敗したFC東京の記事となっており。
あ~ぁFC東京泥沼の5連敗…オシム視察も感想なし!
拍子抜けだった。貴賓席から視察中のオシム監督は確かに「あくび」をした。
「ふあーあっ…」。オシム監督が口に手を当てて大あくびしたのは前半途中。期待していたFC東京イレブンの調子の悪さに午後3時開始という陽気も手伝い、老将は思わず眠気に襲われた。
試合後のオシム監督は「感想? ノー、ノー」といつものようにほとんど語らず帰りの車に乗り込んだ。FC東京の倉又監督は「またセットプレーでやられた。相手をフリーにするな、といっていたんだが…」と5連敗を悔やんだ。ファンまでがあくび…なんてなる前に、何とか手を打ちたいところだ。
(近藤安弘)
と惚けた爺さんの欠伸を写真付きで紹介している。
全くあきれた報道である。
しかし、これも報道の一部。
視点を変えていることは評価しても良かろう。
ただし、近藤という記者はバラエティに異動した方が本人の為となるであろうと補足しておく。