鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

FC東京戦に向けて

2006年09月22日 | Weblog
鹿島は低迷中のリーグ戦で巻き返し目指す
 鹿島は21日、茨城・鹿島市のグラウンドで24日の東京戦(ホーム)に向けた練習をした。20日のナビスコ杯準決勝第2戦に先発したメンバーは軽めのランニングのみで終え、他選手は両サイドからの攻撃パターンの確認などを約90分間行った。ナビスコ杯では3年ぶりとなる決勝進出を決めたが、リーグ戦では5位と低迷中だ。DF岩政は「ここから残りのリーグ戦をトーナメントだと思って戦って、上位を狙っていく」と話した。

鹿島の岩政&青木が平山封じに自信
 鹿島の岩政、青木のセンターバックコンビが、24日に対戦する可能性がある東京FW平山封じに自信を見せた。ナビスコ杯準決勝突破から一夜明けた21日は軽めの調整。東京戦に向けて青木が「(平山は)走ってこないので、DFラインを下げすぎなければ大丈夫」と話せば、岩政は「出るの? もっといい選手いるでしょ。高いだけなのでうまく守れる」と余裕たっぷり。青木は03年のアテネ五輪予選をともに戦っており、動きは熟知している。岩政は初対戦となるが「平山うんぬんより、勝つことしか考えてない」と眼中にないようだった。
[2006年9月22日8時1分 紙面から]

平山の加入で急に注目を集め出したFC東京との第24節。
しかし、相手に合わせる試合ではなく自らのサッカーで迎え撃つ所存である。
ナビスコ杯も決勝に進み、リーグ戦も終盤に差し掛かりつつある。
ここは岩政の言うように全てがトーナメントの戦いとなろう。
つまり、カップ戦の鬼ことアウトゥオリ監督の土俵なのである。
この聖地での試合が試金石となろう。
慢心は禁物である。
緊張感のある試合が予想される。
ホームシックで太りきったでかいだけの元怪物を血祭りに上げる日が近づいてきている。
心して望もうではないか。

メッシーナ小笠原満男、初出場

2006年09月22日 | Weblog
小笠原後半8分初出場!/セリエA

<セリエA:メッシーナ2-0レジーナ>◇20日◇メッシーナ
 Jリーグ鹿島からイタリアのセリエAメッシーナに移籍したMF小笠原満男(27)が対レジーナ戦で初出場を果たした。小笠原は後半8分にMFコルドヴァと交代して出場したが得点には絡めなかった。試合は2-0でメッシーナが勝った。
 メッシーナは2勝1分け、勝ち点7で2位につけている。
[2006年9月21日9時48分]

小笠原、セリエAデビュー!名刺代わりの強烈タックル

【ローマ21日=坂本万里雄】セリエA・メッシーナのドイツW杯日本代表MF小笠原満男(27)=前鹿島=が20日のレッジーナ戦(ホーム)に後半8分から出場。日本人7人目のセリエAデビューを果たした。27歳でのデビューは元日本代表FW三浦知良(39)と並ぶ日本人最高齢。激しいタックルでイエローカードも受ける中、2-0白星に貢献して新天地での第一歩を記した。
 名刺代わりの“一撃”に意気込みが表れた。小笠原のそれは後半26分、こぼれ球を奪い合う場面だった。相手MFテデスコとの争いに、迷わず両足スライディングを見舞った。
 「ああいうところも厳しくいかないと。そこで拾われてピンチになるのもよくない」。『テデスコ(イタリア語でドイツ人の意味)』という名の通りの屈強な男を吹き飛ばす激しいプレー。この直後、主審にイエローカードを提示された。小笠原は警告デビューにも“狙い通り”とばかり涼しい笑顔だった。
 94年にジェノアに在籍した三浦カズと並ぶ日本人最高齢27歳でのセリエAデビュー。この年での欧州デビューは世界的にも極めて遅い。カズの時代よりも低年齢化が進むサッカー界では、10代での欧州ビッグリーグ進出も珍しくはなくなっているからだ。
 この試合は海をはさんで隣り合う町同士の『海峡ダービー』。「選手もまわりの人も重要視する試合の中で勝てたことがよかったし、自分も出られてよかった」。この年齢でイタリア流に適応しようとする姿を見せる必要があった。
 後半12分の初ボールタッチでは右へのサイドチェンジ、同14分のヘディングシュートなど、ボランチ(守備的MF)での出場ながら積極的な攻撃姿勢も見せた。ジョルダーノ監督が「W杯に出た選手だけに個性を持っている。イタリア流の戦術を覚える必要はあるが、イタリア語もよく話している」といえば、バレンティーニ・スポーツディレクターも「いい動きを見せてくれた」とご満悦の様子。21日付の伊各紙も、合格点の6点(10点満点)を付けた。
 「ゴールできればよかったけど」と苦笑する小笠原だが、まずは順調な第一歩。遅すぎるとは言わせない。“みちのくのファンタジスタ”は27歳から夢を追う。

「小笠原は本物」絶賛のセリエA初陣

 小笠原がセリエAデビューを果たした。鹿島からイタリア・メッシーナに移籍したMF小笠原満男(27)は20日、ホームで行われたレジーナ戦に後半8分から途中出場。ボランチのポジションで14分にヘディングシュートを放つなど積極的にボールに絡み、2―0の勝利に貢献した。セリエAでプレーした日本人選手7人目で、初めてデビュー戦を勝利で飾った。
 小笠原の名前はイタリア中に知れ渡った。わずか38分間のプレーだったが、地元紙から絶賛された。ガゼッタ・デル・スッドは「柳沢はともかく、こちらは本物のサッカー選手のようだ。足元の技術もあり、ずる賢さも持ち合わせている」と2月までメッシーナに所属していた柳沢と比較し、期待の大きさをうかがわせた。
 2試合連続のベンチスタートだったが、念願の欧州デビューは1―0の後半8分にやってきた。コルドバと交代でボランチに入った小笠原は、12分に初のボールタッチで右へサイドチェンジのパスを出す。14分にはヘディングシュートを放つなど積極的にボールに絡んでいった。海峡を挟んで向かい合うレジーナとのダービーマッチ。「重要視された戦いでしっかり勝てたことが良かったし、自分も出られて良かった」と手応えを口にした。
 リードした場面で、いつもの攻撃的なスタイルから献身的な守備に徹した。26分にはイーブンボールの奪い合いでレジーナのテデスコとぶつかり、初の警告を受けた。しかし、本人は「ああいうところを激しくいかないと。そこで拾われてピンチになるのもよくない」。守備の意識も強め、考えて走るオシムジャパン入りへアピールした。
 ジョルダーノ監督も小笠原について「W杯に出場したほどの選手だ。戦術重視のサッカーを覚える必要はあるが、イタリア語もよく話しているし、いい兆候だ」と目尻を下げた。日本人選手がセリエAでプレーするのは7人目だが、デビュー戦を白星で飾ったのは初めて。チームは2勝1分けでパレルモに次いで2位と絶好調。次節カターニアとのシチリアダービーはMFコッポラが累積警告で欠場。小笠原の出場の可能性は高く、初ゴールで定位置確保の足掛かりにする。
 ≪練習試合でゴール≫セリエAデビューから一夜明け、小笠原は下部組織との練習試合に出場し、1ゴールを決めた。レジーナ戦の先発メンバーは室内で別メニューだった。4―4―2のボランチに入った小笠原はレジーナ戦同様、守備に重点を置いてプレーしたが、攻撃にも積極的に参加した。そして後半25分にシュートがポストに当たったはね返りを右足で冷静に押し込んで笑顔を浮かべていた。
[ 2006年09月22日付 紙面記事 ]

小笠原絶賛デビュー…イタリア
 ◆セリエA第3節 メッシーナ2―0レッジーナ(20日、サン・フィリッポ) 【メッシーナ(イタリア)21日】メッシーナに加入したMF小笠原満男(27)が20日、ホームのレッジーナとの海峡ダービーマッチに後半8分から途中出場し、日本人選手7人目のセリエAデビューを果たした。小笠原は中盤で攻撃のリズムを作り、シュート1本。初の警告処分も受けたが、2―0の勝利に貢献した。
 メッシーナが1―0のリードで迎えた後半14分、セリエAの初舞台に立ってから6分後だ。小笠原が中央から右サイドのMFアルバレスへパス。ワンツーでクロスを受けると、背番号16はペナルティーエリアに倒れ込みながらヘディングシュート。惜しくもGK正面を突いたが、積極的な姿勢で2万人の観衆を沸かせた。
 メッシーナ海峡を挟んで向かい合うレッジーナとのダービーマッチ。昨季終盤の4月29日は、この対決に敗れ、セリエB降格(後に不正問題によるユベントスの降格でA復帰)のきっかけになった。負けられない大一番に出番を与えられたのは、小笠原への期待の大きさをうかがわせた。
 試合中は「あっちへ動け!」と何度もチームメートへ指示を飛ばした。日本では口数が少ないおとなしいタイプだったが、後半40分のリガノのダメ押しゴールの直後、ピッチ上で重なり合った選手の人間ピラミッドにも加わった。そのとけ込み方は、セリエAの先輩、柳沢や中村には見られなかった姿だった。

全く期待をしていなかった物見遊山の元ゲームキャプテン小笠原満男が初出場を果たしたとのこと。
ナビスコ決勝進出の歓喜の裏で細々とプレイを行ったようだ。
想像以上に長い時間、また出場中に追加点・完封とチームの結果が付いてきたため、概ね良好な評価である。
悪くはない船出。
と誰もが思うであろう。
しかし、彼は助っ人外人。
この程度の評価ではダメ外人の烙印を押される可能性は低くない。
イメージ的には昨季のアリ選手程度なのでは無かろうか?
欠けていたポジションを埋める助っ人として現れ、期待させる片鱗はみせたもののゴールはおろかアシストさえせずにシーズン途中解雇である。
そうならず、活躍を続けることが可能であれば、我等も心から拍手を送ろう。
だが、無惨にも帰ってくることになれば、それはそれで慰めの拍手を送る。
どちらにせよ自分で彼が選んだ道に我等は口は挟めぬ。
異国の地で果たせ得ぬ挑戦を続けることも人生の選択肢である。
記事で気になった点を一つ挙げたい。
『ガゼッタ・デル・スッドは「柳沢はともかく、こちらは本物のサッカー選手」』
くっ、口惜しいセリフを吐かれ悔やむに悔やめない。
実際結果を残せず出戻った柳沢敦。
帰国後にゴールを決めた試合では無敗。
(ナビスコ杯準決勝は2試合で1試合扱い)
運自体は持っている。
チームの上昇へ、キーはこの男と言い切れるであろう。
去った者へ傷に塩を塗るような報道、イタリア人の非情さを垣間見ることが出来た。