無知の知

ほたるぶくろの日記

縄文文化の凄さ

2018-07-08 18:29:56 | 日記

東京近辺はまだ梅雨のようです。6月末に明けたかもと報道がありましたが、その後のお天気の様子はどうも梅雨模様です。今週はずっと気温も低めでした。金曜日などは寒いくらいの陽気で、薄手のコートを着て丁度良い感じでした。

そんな梅雨模様のお天気の中、縁あって、東京国立博物館に行ってきました。お目当ては特別展「縄文-1万年の美の鼓動」(縄文展)で、まだ始まったばかり。今年の夏の展示の目玉でしょう。弥生時代の始まる遥か以前、日本列島には縄文時代を築いた人々がおりました。その方たちの遺伝子はアイヌの方達と南日本の方たちには高い割合で、その他の日本人にもかなりの割合で受け継がれていることが分かってきています。

その後何度か大陸、朝鮮半島から人々が来ましたし、同時に大陸の文化も持ち込まれました。しかし、それでも日本の美、というコンセプトは厳然としてあり続け、大陸の文化を取り入れつつも、それとは一線を画している、という不思議さがずっと気になっていました。

日本の美の原点はなにか、と問うとき、やはり遠い過去、日本の文化のルーツ、に目が向きます。大陸の人々が来る以前の人々の文化にヒントを求めるしかないでしょう。そういうことで、最近私は縄文の文化についてもう少し深く知りたいものだとずっと思っていました。

そんな中、今回の縄文文化の特別展示を知って、これは行かねば!と思った次第。とても楽しみにしていました。

平成館での開催だったのですが、まずは本館に入りました。

丁度、本館玄関、向かって左のタイサンボクに花が咲いていまして、木の下に立つとバナナにちょっと似た甘い良い香りがしていました。この香り、久しぶりに出会ったように思います。なかなかないんですよね。大きな木と大きな花ですから。

なんで本館から入ったのかといいますと、ざっと日本の古代をおさらいしようかと思って。というのは真っ赤なウソで、平成館への誘導があまり目立たなかったため、(私が注意していなかったためか?)何となく本館に入ってしまった、というのが本当のところです。

ただ、それは後になって、かえって良かったかもと思いました。これまでの日本の歴史の中での縄文文化の扱い、というのをいま一度確認することになったからです。

そこでの縄文文化は農耕などの始まる以前の社会、狩猟や採取による原始的な生活をおくる素朴な人々の文化、という従来の理解に基づく説明でした。そして大陸から稲作やその他の技術とともに人々が渡来し、弥生時代が始まる。そして大和政権の誕生、云々。

縄文時代の理解は本当にそれでいいのか? と軽く違和感を抱きつつ、いざ平成館へ。

縄文文化についての大きな展覧会は、私これが初めてです。

私の中の縄文土器とは、火焔型土器と遮光器土偶に代表されます。しかも実物を観たことが無かった。優れた芸術性については柳宗悦からはじまって岡本太郎などもあちこちで述べています。

そういう論説に触れる度に、ふ〜んそうなんだ、とは思いつつも、現代の私たちの生活への関連が見えないため、深刻に考えることも無く、また現物に触れることも無く、今まで来てしまいました。

最近、縄文人の骨からの遺伝子解析が技術的に可能になり、データが公表されつつあります。それらの成果を観ていますと、縄文人の特異性が際立っていることに気づかされます。この縄文人の遺伝子についてはまた別の機会に書きたいと思っていますが、ともあれ、大陸の人々とは遺伝的に異なった人間集団が日本にはいた、ということです。そしてもしかすると、それが日本の文化の特異性、の源かもしれない。

つまり、縄文文化は日本の文化の特異性の基礎に影響しているのかもしれない、との思いが強くなっています。

展示は豊富で、火焔型土器も遮光器土偶も沢山あって、それぞれの美しさとデザインの豊富さに圧倒されました。しかも造りの丁寧なこと! 手抜きの無い、細部まで神経の行き届いた造形物は誠実な作り手の人柄を感じさせ、心を打ちます。職人なのです。

石でできた石斧や鏃なども先に本館で観てきたものとは全く異なり、BC2,000−1,000のものであるにもかかわらず、圧倒的によく磨かれ、美しい仕上がりになっていました。

私が今回最もびっくりしたのは

赤漆注口土器 北海道野田生1遺跡

でした。写真を撮ってこなかったので、上記でご覧下さい。

これ、漆塗りの土器だそうです。しかもこの造形の繊細さよ!! 弥生時代の、小学生が作成したかと見まごう、むちゃくちゃナイーブな素焼きの皿やら、注ぎ口の筒を何とか本体に不格好にくっつけたという体の注口土器を観たあとなので、その落差たるや目眩がするほどでした。

圧倒的な芸術性と美しさと完成度の高さなのです。他にもこのような土器は出土していて、例えば道南の垣ノ島遺跡から出土したものはこちら。これも本当に美しい。本体部分の文様も素晴らしく、今でもあったら欲しいです。この手のポット。

さらに三内丸山遺跡の発掘で出てきたポシェット!木の皮で作られているらしいですが、もう今時のメッシュのポシェットそのものです。何と言う繊細な手仕事よ。網代編みですよ、5,500年前の。感動しました。 

なんといいますか、私の中の縄文文化観は一新されてしまいました。

これはもう大変うれしい発見。実に見事な文化が日本の太古にあったということを素直に喜びたいと思います。

今後も続けて縄文文化については知識を深めて行きたいと思います。もしかして、もう一度この特別展には行くかもしれません。

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