今日は朝から母の親(母)の葬儀で疲れました。
でも気分は何か晴れ晴れとしています。
祖母は数年前から認知症で1人で暮らせなくなって
グループホームで生活していました。
ホームに入る前から私の事はすっかり忘れ去られていて
家に行くと、いつも「いらっしゃい」って
笑って言ってくれてたのに「ようこそおいで下さいました」
に変わってて、それが初めてのショックでした。
全部よそゆきの言葉遣いで対応されて悲しかったです。
ホームに入ってすぐに会いに行きました。
出来たばかりの綺麗な所で居心地よさそうだし
24時間必ず見てもらえるので安心です。
そこへは2回ほど行ったような気がします。
それからは母が時々ホームへ様子を見に行って
だんだん感想が「もう、お母さんの事わからへんなってる」
とか「下しか向けへんなってる」とか
「髪の毛があちこちモシャモシャになってる」とか
食事は固形物が食べられず液体とか、医者から出されるゼリー?を
食べてるとか・・・。
それを聞くと、そんなお婆ちゃん見たくないって気持ちが出て
ホームへ行きませんでした。
年末もバタバタして母も手術して、退院してまだ弱ってる段階で
祖母の容体が急変して病院へ。
木曜は私の仕事が休みになってたので、父が「何か危ない気がするから
生きてる間に病院へ行け」と言われて行こうと思ってたのですが
間に合わず葬儀になってしまいました。
葬儀場に着いて、祖母の顔を見て寝てるんちゃうやろか?って
起きるかもって思って、ずっと見てました。
私が小さかった頃、名前で呼んでくれてた時の、お婆ちゃんの顔になってて
嬉しかったです。若返ってました。
実際は94歳!!!お肌もキレイで94に思えませんでした。
記念撮影してから、お坊さんのお経の途中途中の仕草が
今まで見た事のない目新しいもので思わず身を乗り出して
必死で見てしまいました
姪はガサガサ動きまわって、お経にあわせて妙な動きをしたりしてましたが
しばらくすると子守歌になるのか爆睡。なぜか毎回お経=爆睡でした。
お婆ちゃんの大好きだったお花をたくさん棺に入れて、棺の蓋から
はみ出てました。最後に棺の上に孫全員で花束をのせて焼き場へ。
焼かれる前に最後のお別れをして、しばらく待ってると焼きあがりました。
骨の部分の説明を聞いて骨を拾って骨壺へ。
実際の人体模型のような完璧な状態ではないので、もろい部分は
粉々になってます。でも骨盤とかスネとか部分部分は説明を聞くと
わかりました。
私が気になって拾った骨は「そこはどこの骨なのかいつも悩むんです」って
言われました。
ピンクの数珠が1粒そのままの状態で残ってました。
また葬儀場へ戻ってお坊さんの後ろでお焼香。
最後にお坊さんからの言葉。
老衰で亡くなるのは、簡単な事ではないそうです。
途中で病気になって苦しんで亡くなったりする人が多いらしく
そんな中で、お婆ちゃんは94年も生きて素晴らしいと。
戦争時代も経験して、でもその苦労をみせずに
たくましく生きてきた故人を大切に思ってほしいというような
事を言ってはりました。なので、そういった戒名をつけた、との
事でした。
もう、お婆ちゃんは骨になってしまいましたが、
迷子にならないように天国へ行ってほしいです。
天国へ着いたら、お爺ちゃんを探して一緒に
大好きな花をいっぱい育てて楽しく過ごしてほしいです。
最後にお婆ちゃんから人は老衰だと90年は生きられるって事を
教えてもらいました。
でも気分は何か晴れ晴れとしています。
祖母は数年前から認知症で1人で暮らせなくなって
グループホームで生活していました。
ホームに入る前から私の事はすっかり忘れ去られていて
家に行くと、いつも「いらっしゃい」って
笑って言ってくれてたのに「ようこそおいで下さいました」
に変わってて、それが初めてのショックでした。
全部よそゆきの言葉遣いで対応されて悲しかったです。
ホームに入ってすぐに会いに行きました。
出来たばかりの綺麗な所で居心地よさそうだし
24時間必ず見てもらえるので安心です。
そこへは2回ほど行ったような気がします。
それからは母が時々ホームへ様子を見に行って
だんだん感想が「もう、お母さんの事わからへんなってる」
とか「下しか向けへんなってる」とか
「髪の毛があちこちモシャモシャになってる」とか
食事は固形物が食べられず液体とか、医者から出されるゼリー?を
食べてるとか・・・。
それを聞くと、そんなお婆ちゃん見たくないって気持ちが出て
ホームへ行きませんでした。
年末もバタバタして母も手術して、退院してまだ弱ってる段階で
祖母の容体が急変して病院へ。
木曜は私の仕事が休みになってたので、父が「何か危ない気がするから
生きてる間に病院へ行け」と言われて行こうと思ってたのですが
間に合わず葬儀になってしまいました。
葬儀場に着いて、祖母の顔を見て寝てるんちゃうやろか?って
起きるかもって思って、ずっと見てました。
私が小さかった頃、名前で呼んでくれてた時の、お婆ちゃんの顔になってて
嬉しかったです。若返ってました。
実際は94歳!!!お肌もキレイで94に思えませんでした。
記念撮影してから、お坊さんのお経の途中途中の仕草が
今まで見た事のない目新しいもので思わず身を乗り出して
必死で見てしまいました
姪はガサガサ動きまわって、お経にあわせて妙な動きをしたりしてましたが
しばらくすると子守歌になるのか爆睡。なぜか毎回お経=爆睡でした。
お婆ちゃんの大好きだったお花をたくさん棺に入れて、棺の蓋から
はみ出てました。最後に棺の上に孫全員で花束をのせて焼き場へ。
焼かれる前に最後のお別れをして、しばらく待ってると焼きあがりました。
骨の部分の説明を聞いて骨を拾って骨壺へ。
実際の人体模型のような完璧な状態ではないので、もろい部分は
粉々になってます。でも骨盤とかスネとか部分部分は説明を聞くと
わかりました。
私が気になって拾った骨は「そこはどこの骨なのかいつも悩むんです」って
言われました。
ピンクの数珠が1粒そのままの状態で残ってました。
また葬儀場へ戻ってお坊さんの後ろでお焼香。
最後にお坊さんからの言葉。
老衰で亡くなるのは、簡単な事ではないそうです。
途中で病気になって苦しんで亡くなったりする人が多いらしく
そんな中で、お婆ちゃんは94年も生きて素晴らしいと。
戦争時代も経験して、でもその苦労をみせずに
たくましく生きてきた故人を大切に思ってほしいというような
事を言ってはりました。なので、そういった戒名をつけた、との
事でした。
もう、お婆ちゃんは骨になってしまいましたが、
迷子にならないように天国へ行ってほしいです。
天国へ着いたら、お爺ちゃんを探して一緒に
大好きな花をいっぱい育てて楽しく過ごしてほしいです。
最後にお婆ちゃんから人は老衰だと90年は生きられるって事を
教えてもらいました。