しょう爺あーっと宮古

宮古島ではじめたサードライフ。気が向くまま不定期に面白いことあったら伝えます。

今日は立夏28℃

2011-05-06 17:02:17 | 宮古史

島はもう真夏のたたずまい。最高気温28℃に達しました。

夏といえば海、海といえば港、というわけで港周辺の歴史の一端を。

島の玄関口平良港はその昔、漲水港と云われていて島の外との唯一の交流拠点でありました。

それは島に空港ができる40年前まで続いておりました。

この漲水港のそばには「蔵元」とよばれる行政中心がありました。

16世紀初頭に仲宗根豊見親が創建したもので、1600年代以降には税の事から土木建築、農林畜産、戸籍、庶務、警察、裁判まで現在の行政機構に近い形の組織が出来上がっていたといいます。

その場所は、例の漲水ウタキの前で4m近い高さの石垣に囲まれた広壮な庁舎であったという事です。

左手が漲水ウタキ、その前のピンクの建物が蔵元跡地の一部。その右に緑色の石畳道が見えています。

その石畳道は上部に階段があり、かのニコライ・ネフスキーにちなんで「ネフスキー通り」とも呼ばれています。

平良港の入口には、この「蔵元」の正面にあった「楼門」を復元した建造物が今年完成しました・。

           

この辺の昔を復元した絵がこれです。

                 

正面下部が漲水ウタキ、そこからまっすぐ「石畳道」が「祥雲寺」まで続いています。右手に上方に伸びているのが「観音堂」。

石畳道の左手の石垣上の大きな建物が「蔵元」上の復元された楼門は、正面にある門です。

これであなたも宮古通。

さて、久しぶりに青空の覗いた梅雨の空に、いつまでも消えないケムトレイルが出現。やーな感じ。