しょう爺あーっと宮古

宮古島ではじめたサードライフ。気が向くまま不定期に面白いことあったら伝えます。

5億分の1の奇跡もオトーリのネタさぁ

2012-02-29 17:59:30 | 旅先

勤務先の後輩夫婦に子供が生まれて3ケ月。

ご当地では「なーふぃー」と呼ばれている命名祝いの席が設けられます。

「なーふぃー」とは「名前をあげる(つける)」というような意味で、首の座り始めた生後3~4ケ月に行う命名のお祝い。

祝い金3,000円程度を用意しておうちに押しかけ、赤ちゃんを抱いたり泣かせたりして、いいだけ飲み食いしてオトーリを回して、名前を記した札の入った札と(たいていは)お米券をいただいて辞するという段取り。

       

床の間に掲げてある命名紙。

実は父親の依頼で私が千円の筆でしたためたもの。桐子ちゃんは一生これに見守られて暮らすわけね。

百名を超える人たちが入れ替わり立ち替わりお祝いに駆けつける中、空気を読んで適当に切りあげるのが礼儀。

       

これで約20人、女性や親族席があって、さらに女性専用のVIP席には10数人。これが3~4回転するわけですね。

父親はオトーリの回しすぎでベロベロ、母親とお手伝いに来た親族たちは準備と接待でヨロヨロ、当人は突然おかれた環境にびっくりしすぎてヘロヘロという状況。

こんな中長居をするやつを「ナガチビ(尻の思いバカ)」というらしいが、まさしく「ナガチビ」な夜でありました。

 


どこへ行くにっぽん丸

2012-02-24 10:25:32 | その他

足元がおぼつかないこの国にっぽん

ふらついたままどこへ向かっているでしょうか

と思ったら宮古島に来てました

商船三井のにっぽん丸

       

那覇を21日に出て24日に帰港する「飛んでクルーズ沖縄」ツアー

なんでクルーズなのに「飛んで」なのかというと

那覇までは全国の空港から飛行機でどーぞ

というツアー

各空港からの航空運賃も組み込まれたツアーなのですね

22日の夜与那国を出て昨日の9時到着

17時には那覇へ向けて出港

       

さすがにでかい22,472トン

定員524名のところこたびは300名の乗客

結構暇な人たちがいるもんです

ふらつかずに目的を定めてまっすぐ行ってよね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


カフェか?カフカか?

2012-02-20 23:57:15 | 日記

このところ、勤務先のパソコンが負荷オーバーでストライキをおこし、機種変更の事態に至り更新が遅れておりますが、私自身には負荷はありません。

悪しからず。で、今日も仕事といいつつぷらぷらと、鋭い視線を飛ばしながら車を転がしていると....

民家と云うにはオシャレすぎる白い館。

エントランスには何かがはりつけてありますぞい。

これではわからんがな。

というツッコミをなだめつつ、これはイタリアン系の何かであるぞ。

っと思う次第で、間違っとったらごめんなさい。

そこから数百メートルこちらもあの与那覇湾に面してかふぇ風の建物。

どちらも開店準備中のたたずまい。

歴史も大事よ。今も大事よ。

という訳で、宮古地ビール開店以来のワクワク感で注目の2軒であります。

 

タイトルは語呂合わせで全く意味ありません。

新しいパソコン早く来い!”!


石敢當あれこれ

2012-02-15 17:03:40 | 旅先

最近、本土からの複数の来島者に、路端におかれている「石敢當」について訊ねられたので、爺の知見の整理も兼ねてまとめてみましょうね。

       

 

これが対象のもの。T字路や三叉路の突き当たりや四差路の片隅や塀に置かれています。「いしがんとう」と読みますね。

ひたすら直進してくる邪気が入らないように曲り角に建てられています。

8世紀ころの中国で始まったものだとされているようですが、「泰山石敢當」と刻むのが正式なものらしいです。

写真でしか見たことはないのですが、那覇の御殿山(うどぅんやま)にある石敢當にはこのように刻まれているそうです。

中国では泰山という山(三国志に登場する諸葛孔明が愛唱した歌に出てくるそうです)の石を魔除けにした習慣があり、その石を手に入れられない人たちが、石に、勇気を持って戦う問う意味の「敢當」を加えて刻み、魔除けの役割を持たせたという事のようです。

これらを踏まえて、「泰山石敢當」とは「泰山の石をもって勇気を持って戦うぜ悪魔たち」ということになるのですねきっと。

それがいつの間にか泰山がとれて今のかたちになったわけです。

住居の近所、100m以内にもたくさんの魔除けがありますが

       

どこからかいただいてきてそのまま置いてあるものから

       

自分の車で来る魔物に駐車場を案内しちゃっているものや

       

間違ってないか?戦う意思があるか?

というものまで、なかなかに趣のある集落なのですよ、この地は。

沖縄=琉球の習慣にはこのような中国、特に道教の影響が多く残っていて、旧暦1月16日に墓参りをする習慣やこの自然のものを対象として祈願すること等に見られているといわれています。

日本には道教は宗教として入ってきていません。

時は8世紀、遣唐使の時代。唐の玄宗皇帝が僧鑑真の渡日に際し、道教の道士の同行を条件にしたところ、朝廷の判断は「天皇を抱く日本に仙人思想は必要なし」と拒否。日本側は鑑真の同乗を断ったが、それでも日本に行きたい鑑真は密航という形で潜り込み、唐招提寺を創建したというお話。

道教の教えは天皇制を脅かすという判断があったわけですね。

そんなヤマトの思惑とは関係なく、日本と中国の間に位置しどちらにも朝貢していた琉球の国が中国文化の影響を受けるのは理なり。

でも心配です。いつまた中国が(一部の日本人が)琉球は中国のものだといいだすのかと。

「杞人の憂い」に終ってほしいのですが。

以上の文章、史実の認識に誤りがあっても責任はとれません。あしからず。


年度末なのだ

2012-02-10 18:07:39 | 旅先

いろいろな正月が終わると(実は、終わっていないらしいが)いきなり年度末です。

我々の世界で年度末となると、いろいろなものを役所に納めなければならないという超繁忙期を向かえるという事なのです。

爺は巧みな距離感で避けてきたつもりだけど、今年だけはそうもいかないようで、まあまあ現役時代に近い事をやってます。

そんなことより他人の仕事の方がおもしろい。

というわけで、いろいろなものが完成の姿を現す時期でもあるわけです。

その1:あの天空のお墓は?

なんとか姿をとどめ、階段までついて道路の完成を待つばかり。

前の姿に比べてやせ細って見え、ちょっとかわいそう。

宮古島統一のカシラとなった「仲宗根豊見親」の育ての親「大立大殿」の墓だといわれるこの巨石墓。

これまではブロックで囲われ、その上倉庫の中に押し込められて、誰も入れなくなっていたのですが、ある夜、「出してくれ~」という叫びを聞いたカンカカリャがブロックを壊して表に出したという話があるくらい、長い間闇に眠っていたお墓です。

白日のもとにさらされて大丈夫でしょうか。

その2:あの展望台は?

お気に入りのカママ嶺公園展望台がその姿を現しました。

1階は防災倉庫となるこの展望台。早く完成して、また病院建設の定点観測を再開したいものです。

出来上がってみると、旧展望台のどことなく中国っぽいデザインを懐かしく思うのは年のせいでしょうか。