風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

あけましておめでとうございます

2014年01月05日 | 雑感
あけましておめでとうございます。
ブログを書くのもほんと久しぶりになってしまいました。
書く時間もないほど忙しかったかというと、そういうことでもありません。
意識に何かを書くという余裕がなかっただけです。
飲んでばかりいたので、意識の許容量がどんどん狭くなっていってる感じです。
正月早々つまらぬ愚痴であいすみません。

さて、今年もスタートして、どんどん容赦なく時間は流れます。
自分のしたり考えたり感じたりするペースを再構築する必要を感じています。
自分の行動の配分を考える。
午前中の無意味な惰眠をごっそりと削り、衰えた体力の回復や、絵を描いたり山に登ったりという趣味に割り当てる。
物理的にも精神的にも無為の時間が多すぎるので、その日その時のテーマを決めて、意識の拡張なり深化を試みてみる。
まぁ、したいことやしてみたいことは山のようにあるわけですが、ここ2年ほどはそういうことに意識を向けることさえ
自分に禁じていたようなところがあります。
実際のところ、とてもそのような余裕はありませんでした。
金銭的な余裕のなさは慣れっこですからあまりストレスは感じませんが、精神的な余裕のなさは正直心身に堪えました。
その精神的な余裕のなさは、つまるところ金銭的な日々のストレスからくるわけですから、
まぁ、商売をする以上事業なり商いなりを軌道に乗せるまでにはどうしても避けて通れぬ関門です。

そういったストレスに数年にわたって四六時中とり付かれてますと、意識が疲れ、体が疲れ、精神が疲れ、魂が疲れます。
そこでへこたれてしまえばそれで終わりです。
この先もどうなるかはわかりませんが、へこたれないことは僕の中での決定事項です。
ヘミングウェイの「老人と海」で、大カジキと死闘を続けるサンチャゴのセリフに、
「人は打ち殺されることはある。でも、決して負けないこともできる」というような言葉がありました。
結果的に殺さにれることはあるでしょうが、最後まで戦い続けることもできるわけです。
戦い続けさえすれば、勝敗は天の采配に任すのみです。
たたき続ける者に負け

別に恰好をつけてるわけでもなんでもありません。
そこまで追い詰められてこの2年間はやってきた感じです。
先の結果を検討したり、追い求めるような余裕もありませんでした。
日々の目の前の変化にじたばたしながらもクリアすべく徒手空拳で挑んできたという感じです。

さて、今年です。
弁当事業が大きな展開をみせそうです。
立ち上げた宮城県人会も具体的な活動に入りそうです。
惰性に近い感じでやってきた店の営業もきちんと戦略と戦術を持ってリセット、リスタートしようと思っています。
まずは体力です。
2年前からすると10キロほど痩せました。
新年冒頭に意図すべきは体力の回復です。

これからも状況は変化し続けるでしょう。
変化を恐れず、それを楽しむためには、いろいろな意味での「力」が要ります。
力をつける年にしたいです。
この年になって「力」をつけようなどということを言うことになるとは夢にも思っていませんでした。
力をつけるなどというのは、青年期から3~40くらいまでの年齢の人間の必要な階梯だと思っていました。
ある意味、一生「力」をつけていく過程なのかもしれません。
物事を覚え、分析するのも「力」なら、物事を忘れ、執着を手放すのも「力」なのかもしれません。

そんなこんなで、今年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。







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