風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

ダルマ・バム

2010年06月01日 | 雑感
昨日やっとギリギリで決算が終わりました。
税理士事務所のSさん、例年のことながら、大変ご迷惑をおかけしました。

かなり根を詰めて決算作業に当りましたので、そのせいだけでもないかもしれませんが、風邪を引いてしまいました。
数日前に酔って店のソファで寝てしまったせいかもしれません。
とにかく、一年でもっとも憂鬱な作業が終わりました。

そして、今週末からは休む間もなく、禅の接心が始まります。

アメリカの5~60年代にビート・ジェネレーションというムーブメントが西海岸サンフランシスコを中心に湧き起こりました。
ワイルドで、タフで、スピリチュアルな文化創造活動でした。
その文化創造活動を「ビート・ジェネレーション」と名付けたのが、ジャック・ケルアックという作家でした。
北米大陸中を疾風のごとく動き回っては、ドラッグ、酒、セックスに酔いながらも、新たな精神的地平を追い求め続けた
若者たちの群像を描いた「路上にて」という小説が有名です。

そのジャック・ケルアックの自伝的小説に「ダルマ・バム」というのがあります。
「ダルマの法を求める放浪者」、つまり仏法を追い求めるさすらい人くらいの意味でしょうか。
日本語で言えば、まさしく雲水といったところです。
自伝的小説ですから、ケルアックとケルアックの友人であったゲーリー・スナイダーの二人を中心に物語りは進みます。 
ゲーリー・スナイダーは中国語も日本語も英訳するほど東洋文化に造詣が深く、日本の禅寺でも数年にわたって修業することになります。

相変わらず、酒とセックスは奔放にし放題で、ヒッチハイクであちこち自在に移動しまわるのも相変わらずです。
でも、彼らの禅に対する憧れは本物で、よくもそこまでと思うくらいに禅に対する理解は深いものがあります。
禅問答的な会話がこれでもかというくらいに活発に交わされます。
ケルアックはゲーリー・スナイダーという風変わりで魅力的な人物と知己を得ることによって、精神的な柱を手に入れた感じがします。
ゲーリー・スナイダーはワイルドな山男でもあります。
二人で山の奥へ奥へと入り込むとき、嬉しくてたまらないといった感覚がそれを読む人間にも伝わってきます。
一人で山に篭り瞑想をするのも、街に下りて仲間たちと乱痴気騒ぎをするのも、彼らにとっては自由自在です。
とにかくエネルギッシュで、陽気で、ユーモラスです。
どこへ行っても野宿がほとんどですから、焚き火をたいて簡単な料理を作るわけですが、どれも旨そうです。
ベーコンとビーンズのスープとか、食べたことはありませんが、野外の焚き火の前で食べたらさぞかし美味しかろうと思います。

とにかく一時代の一部のアメリカ人にいかに禅の影響が深く大きかったかのかが分かる本ではあります。
その後、ゲーリー・スナイダーが日本へ貨物船で出向し、ケルアックがカナダ国境近くの深い山に入り、
火災監視員として山小屋で数ヶ月ひとり暮らし、街へ降りてくるところでこの小説は終わります。

この小説では触れられていませんが、日本に渡ったゲーリー・スナイダーがどのような禅寺生活を送ったのかが大変興味があります。
西海岸では、モテまくり、好き勝手気ままに時代の寵児であった彼が、果たして日本の規律に縛られた禅寺の集団生活の中に、
理想郷を見つけることができたのでしょうか。
寒山拾得が好きであった彼は、日本の自然に深山幽谷を見ることができたのでしょうか。

ケルアックは酒の飲みすぎで早く亡くなりましたが、ゲーリー・スナイダーは今でも環境やライフスタイルに関しての提言を盛んにしているみたいです。
ネイティブ・アメリカンのための活動も盛んにしているみたいです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿