鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

帰還

2006-03-14 00:34:38 | 水鳥(カモ・海鳥以外)
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Photo by Chishima,J. 
築堤を歩くタンチョウのつがい 2006年3月 北海道十勝川下流域)

 月頭に書いた文章の中で「もう2週間もすればタンチョウやガン類が(十勝に)帰ってくる」などと綴ったが、最近の冬の中では群を抜いて降雪量の少なかった十勝野は、このところの暖かさで融雪が加速され、灰色の大地は例年の3月末か4月上旬のような景観を呈している。そして、それに合わせて予想よりはるかに早く、それらの鳥の帰還が始まった。
ヒシクイ
2006年3月 北海道十勝川下流域
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Photo by Chishima,J. 

 特に音別などの釧路方面と、越冬地の近いタンチョウにおいては、そのピッチも早いようだ。10日前に1羽も確認できなかった十勝川下流域では、数日前に4羽飛来の報があったが、それから僅か2日後の昨日には、同じ範囲で30羽近くが観察された。
 観察していて印象的だったのは、今回早期の飛来が確認されたのは、主に1990年代以降に分布を拡大している内陸部の繁殖地周辺であったことだ。十勝におけるタンチョウの繁殖数は、1980年代の僅か数つがいから1990年代後半、2000年代の数十つがいにまで顕著な増加を示した。従来は海岸部周辺にほぼ局限されていた繁殖地は、十勝川沿いに内陸部へと拡大し、さらにその範囲内でも密度は確実に増加しつつある。このような事情を踏まえると、現在拡大中で密度も高い内陸部では、営巣地やテリトリーをめぐる争いが熾烈であり、そこに住もうとする個体はいち早く戻ってくるということも考えられるのではないだろうか。実際、何ヶ所かでは2つ以上のつがいが対峙したり、攻撃的な行動に発展するのも観察された。また、昨秋の渡去も海岸部にくらべて内陸部で遅いように感じられたし、秋期になってもなお複数つがいによる攻撃的な出会いが生じていたのも内陸部であった。過密地域でより良い場所を確保するためには、可能な限りそこに固執・滞在して領有権を主張しなければならないのかもしれない。

タンチョウ
2006年3月 北海道十勝川下流域
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Photo by Chishima,J. 

 灌漑や埋め立てで大部分の湿地が失われた十勝川下流域では、タンチョウはかろうじて残存する小規模な湿地で繁殖するが、既にそのような場所は飽和に近付きつつあり、住宅難は深刻な問題である。

農家の庭先を飛翔するタンチョウのつがい
2006年3月 北海道十勝川下流域
多くの繁殖地が農耕地の中に点在する十勝では、決して珍しい光景ではない。
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Photo by Chishima,J. 

オオハクチョウ2点
2006年3月 北海道十勝川下流域

越冬もするが、渡りの時期にもっとも数が多い。春は繁殖を控え、ハクチョウたちの気分も昂ぶる。
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頭部から胸部にかけて赤茶色を帯びているのは、土壌中の鉄分などの色素が付着したためだろうか。
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Photo by Chishima,J. 

(2006年3月13日   千嶋 淳)

注記:渡来当初や秋期には農耕地などで長閑な姿を見せているタンチョウも、抱卵・育雛といった繁殖期には別の鳥のように神経質になる。繁殖期に人間が長時間付近にとどまることは、巣の放棄や捕食の危険の増大など繁殖失敗の原因になり、特に小面積の繁殖地が多い十勝は危険といえる。これからの時期タンチョウの観察や撮影をする人は、この点に十分留意していただきたい。


晩冬の八戸航路

2006-03-11 23:31:46 | 海鳥
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Photo by Chishima,J. 
ミツユビカモメ 2006年3月 八戸~苫小牧航路)

八戸~苫小牧航路 2006年3月10日
鳥:アカエリカイツブリ カンムリカイツブリ ウミウ ヒメウ スズガモ クロガモ ウミアイサ オオセグロカモメ シロカモメ カモメ ウミネコ ミツユビカモメ ウミガラス ハシブトウミガラス ウミスズメ エトロフウミスズメ コウミスズメ ハシボソガラス
海獣:キタオットセイ
カンムリカイツブリ(冬羽)
2006年3月 八戸~苫小牧航路(以下すべて同じ)
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Photo by Chishima,J. 

ヒメウ
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Photo by Chishima,J. 

 札幌に用事があったついでに久しぶりに冬の航路に乗ってみた。今年は流氷の勢力が非常に弱いので、あまり多くの海鳥は期待できないことが予測されたが、種・個体数ともこの時期としては少なめだった。特に、通常だったら八戸近海と苫小牧近海で海鳥出現のピークがあり、中間の沖合では鳥が少ないというパターンを示すのだが、今回は苫小牧沿岸に近付いても明瞭なピークがなく、おかしいなと思っているうち港に到着してしまった。

ウミネコ(成鳥)
北海道では大部分が夏鳥で、3月上旬春の空気を従えて渡来する。
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Photo by Chishima,J. 

 それでも八戸沖を中心に、比較的多数のハシブトウミガラスやエトロフウミスズメ、コウミスズメなど外洋性の海鳥を楽しむことができた。最優占種はミツユビカモメでほぼ常に視界の片隅を飛翔していたほか、数十~百羽程度の中規模の群れもいくつも見かけた。苫小牧沖はコアホウドリやイシイルカの越冬海域となっているが、餌資源の分布が変化していたのかいずれの姿も見られなかった。また、3月ともなるとオオミズナギドリやウトウが北海道の近海にも帰り始めるが、こちらには少々早かったようだ。

ハシブトウミガラス
冬期の北日本の太平洋上ではウミガラスよりはるかに多いが、岸近くで見ることは少ない。
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Photo by Chishima,J. 

コウミスズメ
スズメくらいの大きさの小型ウミスズメ類で、海上を飛翔するのもひらひらと力弱く感じる。
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Photo by Chishima,J. 

エトロフウミスズメ
コウミスズメなどに比べると密集した群れを作る。このような群れが集まって、数千羽にもなると黒い雲のようで圧巻。
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Photo by Chishima,J. 

ミツユビカモメの小群
海岸にはあまり近付かないが、冬期の三陸沖や常盤沖では最優占種のひとつ。
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Photo by Chishima,J. 

 ハシブトウミガラスやエトロフウミスズメといえば、冬の後半の北海道沿岸における海鳥群集の主要種であり、この度のオホーツク海側での油汚染鳥の大量漂着でも多数が死亡した種である。大量死が最初に報道された時、「死亡しているのはウミスズメなどで…」となっていたので不思議に思った。厳冬期におけるウミスズメの分布の中心は三陸沖などもっと南にあり、オホーツク海では数が少ないはずだからである。結局、後に死亡したのはハシブトウミガラスやエトロフウミスズメなどであると訂正された。

エトロフウミスズメコウミスズメ(右端)
流氷期に押し出されるように南下してくる両種は、一緒に見る機会が多い。
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Photo by Chishima,J. 

 1990年代のナホトカ号の原油流出事故や近年のサハリンにおけるエネルギー開発の促進を受けて、オホーツク海など北海道近海での油流出・汚染に対する専門家や一般の人たちの関心は高まりつつある。関連するシンポジウムや集会もさかんだし、油鳥救護の講習会には多数の参加者が押し寄せると聞く。しかし、その一方で不測の事態が生じた時にはもっとも基礎的な情報となる、海上の鳥類相に関する情報の蓄積はあまりにもなされていないように感じる。影響の予測や救護の対応、さらに事後の回復状況のモニタリングなどのいずれにおいても、「この季節の当該海域には何がどれくらいいる」といった情報が必要不可欠なはずである。それなのに、研究者は細分化された狭い分野の、これまた狭い対象種に狼執するのが精一杯で、岸からは見えづらいため一般の鳥類愛好家の関心もさして高くない。今回のオホーツク海の事件でも最初ウミスズメと報道された背景には、(たとえ死体が油で汚染されて同定が困難だったとしても)このような事情があるのではないだろうか。季節ごとに海上の鳥類相をしっかり把握し、それにもとづいた科学的で的確な対応ができなければ、いくら油にまみれた鳥を洗って放したところで、本当の意味での保護にはならないだろう(油汚染されたウミガラスの放鳥後の平均生存日数は7日強という、海外での報告がある)。

ウミガラス
冬羽(写真)ではハシブトウミガラスにくらべ、かなり白っぽく見える。
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Photo by Chishima,J. 

オオセグロカモメ(若鳥)
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Photo by Chishima,J. 

(2006年3月11日   千嶋 淳)


港のご馳走

2006-03-08 00:28:10 | 海鳥
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Photo by Chishima,J. 
ワシカモメ若鳥 2006年2月 北海道広尾郡広尾町)

 以前「漁港めぐり」でも書いたが、こと冬の漁港には海上の風浪を避けて多くの海鳥が入ってくる上に、一部の鳥は人間の廃棄物を餌として利用すべく積極的に集まってくる。その筆頭がカモメ類であるが陸鳥のカラスやトビもまた、その恩恵に預かろうとする代表的な鳥だ。
 2月下旬の穏やかな休日。小さな漁港の片隅が立ち入り禁止となっていて、そこに周辺の浅海の浚渫で出た泥土がうず高く積まれていた。数羽のオオセグロカモメやカモメ、カラス類が泥の山をそぞろ歩いている。よく見ていると、彼らは無目的に歩いているわけではなく、時々泥の山を掘り返しながら何かをついばんでいる。1羽のハシボソガラスが、掘り起こした獲物をくわえて近くに舞い降りた。その嘴には二枚貝が保持されている。カラスはコンクリートの地面に叩きつけることによって貝殻を壊し、中身を器用に捕食していた。どうやら、海底からくみ上げられて日の浅い泥土には貝類やその他の無脊椎動物が豊富に含まれ、普通なら出会うこともない陸上の捕食者に格好の餌を提供していたようである。休日で作業が行なわれていなかったことも、鳥たちを惹きつけていた要因だろう。

浚渫土内の二枚貝を捕食するハシボソガラス
2006年2月 北海道広尾郡大樹町

土の山から貝をくわえて飛来、背後はオオセグロカモメ成鳥。
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コンクリートで殻を粉砕して捕食
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Photo by Chishima,J. 

 同じ日の別の港。貨物港としても漁港としても利用されているこの港は、界隈では最大の規模でいつも鳥影が濃いのだが、今日はカモメ類がずいぶん少ない。怪訝に思っていると、漁港部分の一角に100羽以上のカモメ類が群れ集まっているのを見つけた。留鳥のオオセグロカモメが大部分だが、冬鳥のワシカモメやシロカモメも混じっている。その多くは採餌に夢中だ。餌はカジカなどの魚やヒトデだが、もちろんこれらはカモメが海で捕ってきたのではない。値が付かないか、市場に出すにはあまりにも量が少なかった「雑魚」や混獲物であろう。人間の都合で漁獲された上に不要であると廃棄された命が、しっかりとカモメたちの腹を満たしているのである。

オオセグロカモメ(若鳥)
2006年2月 北海道広尾郡広尾町
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Photo by Chishima,J. 

 しばらくの間、観察を決め込む。カモメたちは実に多様な行動を示してくれるので、見ていて飽きることがない。餌に貪りつく者、餌の所有権を主張するのに夢中でなかなか食べられない者、仲間やカラスと餌を奪い合う者、そうした喧騒とは無関係に羽づくろいや休息にいそしむ者…。中にはひとしきり食事を済ませて喉が渇いたのか、雪を食べている個体もいる。確かに、多くの水面が結氷してしまう冬期間、淡水の摂取は重要な日課だ。漁が休みのため水揚げや競りの活気が消えた埠頭は今、カモメたちの賑わいで溢れている。

カモメたちの多様な行動
2006年2月 北海道広尾郡広尾町

「僕のだーい!」(ワシカモメ若鳥)
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「誰も私の餌には近付かせない」(シロカモメ成鳥)
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奪い合い(シロカモメ若鳥とハシブトガラス
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積雪からの飲水(オオセグロカモメ成鳥)
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Photo by Chishima,J. 

シロカモメ(若鳥)
2006年2月 北海道広尾郡広尾町
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Photo by Chishima,J. 

(2006年3月7日   千嶋 淳)


春告げ鳥

2006-03-05 03:33:30 | 鳥・春
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Photo by Chishima,J. 
ハシブトガラ 2006年3月 北海道十勝川中流域)

 「チィチィチィチィ…」、1羽のハシブトガラがヤナギの梢で力強く囀っている。この鳥は、これから冬本番という12月上旬には早くも囀り始めるので、囀り自体は冬中聞くことができるのだが、-20℃を下回る氷結の中の歌と、(気温が)プラスに手が届きそうな3月上旬の暖かい陽光の下で聞く歌とではまったく違って聞こえる。今日の歌はやけに陽気だ。それはほころび始めたヤナギの白いつぼみが、全長13cmにも満たないこの可憐な鳥にスポットライトを当てているからかもしれない。ここは十勝川中流の河川敷に広がる河畔林。依然として白銀に覆われた大地が、十勝晴れの青空を照り返して眼球をじりじりと焼き付ける。

ハシブトガラ
2006年3月 北海道十勝川中流域
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Photo by Chishima,J. 

 「ツツ、ジャージャー」、囀っている個体とは反対側から、2羽のハシブトガラが現れた。1羽がもう片方を執拗に追いかけながら、それでいて攻撃的な衝突に発展しないところをみると隣接したなわばりの保持者同士ではなく、つがいもしくはその候補であると思われる。こちらが動くのを止め、じっと立ち尽くしていると恋の魔力で通常の警戒心を喪失した2羽はすぐ目の前までやってきて、なお愛のささやきに夢中だ。途中、別の1羽が2羽に仲介を試みたが相手にされず、すぐに去って行った。この結束の強さからすれば、2羽で今年の住居となる樹洞選びを行なう日もそう遠くはあるまい。

対峙する2羽(ハシブトガラ
2006年3月 北海道十勝川中流域
2羽はパートナーなのかライバルなのか…
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Photo by Chishima,J. 

樹洞探し(ヒガラ
2006年2月 北海道帯広市
1羽が樹洞に入り、もう1羽は周囲の警戒に当たる。
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Photo by Chishima,J. 

 河畔林を抜けて川岸に立つ。先月まで100羽を越えるカモ類が越冬していた開水面は厳冬期の渇水で水位が低下し、結氷してしまった。まだまだ冬か…、重くなりかけた心に背後の河畔林から再度ハシブトガラの囀り。なあに、悲観することはない。本州だったら立春前から天高く歌うヒバリが果たすところの春告げ鳥を、ヒバリがこの地に渡ってくる遥か前から担っているあの小鳥が、太鼓判を押しているのだ。もう2週間もすれば、タンチョウやガン類が帰ってくる。

オオハクチョウ
2006年3月 北海道十勝川中流域
僅かな開水面で休息する。
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Photo by Chishima,J. 

ヒバリ
2005年4月 北海道十勝川中流域
十勝には3月下旬に渡来する、夏鳥のトップバッター。
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Photo by Chishima,J. 

(2006年3月4日   千嶋 淳)