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海外の都市の紹介、 その62の4 『ライン下り (Dusseldorf-Burg Linz)』

2009年08月20日 | 海外の都市の紹介
ライン下りを楽しんだ後、河沿いの小高い丘の上のレストランで会食となりました。



歴史ある建物を、レストランに改造してあります。
美味しいワイン、フランス料理を堪能しました。
食事の写真は、あえて割愛させていただきました。(笑)



レストランより眺めるライン河の景色です。
ネットにドイツと日本の共通点に関して記載がありましたので、要約します。
ドイツはドイツ語での国名は『ドイッチェ(Deutsch)』と呼ばれます。
この国名は、ドイツ語の『ディウティスク(Diutisk)』の意味である、民衆、同胞、に由来しています。
英語では、『ジャーマニー(Germany)』と呼びますが、はローマ帝国時代にドイツ領を『ゲルマニア(Germania)=ゲルマン人の国』 と呼んだことにちなみます。



ドイツの友人達と乾杯!です。
ひとり、オランダ人が入っていますけど。
ドイツの国旗(三色旗)はナポレオンと戦ったプロイセンのフォン・リュツォー義勇団の制服を旗印として図案化したことにはじまります。
黒はマント、赤は肩章、金は金ボタンを表し、黒は勤勉と力、赤は熱血、金は栄誉を表しています。



紅葉の季節でしたので、中州?の樹木も色づいています。
もう少し天気がよければ、綺麗な写真が撮れたのでしょう。
ドイツと日本は共通点があるとよく言われます。
どちらも、19世紀の半ばから発展を遂げた国で、ドイツは統一、日本は明治維新において近代国家として出発しました。
イギリス・フランス・アメリカに比べれば遅れて出発した両国は、当時は後発国として、『追いつき追い越せ』型の国家となったのでしょう。



両国とも『持たざる国』として『持てる国』に挑戦して、第二次大戦で共に敗戦国となります。
しかし、日本と西ドイツは、戦争によるダメージが多大であるにもかかわらず奇跡的な経済復興を成し遂げました。
冗談でしょうが、ドイツ人は『日本はドイツ敗戦後3ヶ月も戦い続けた。偉い、次ははイタリア抜ききで戦おう!』という話が出たようです。



中州の中央に、宮殿のような建物があります。
個人の所有なのでしょうかね。
ドイツについては、日本と共通点が多いように思います。
一般的に考え方が硬く、几帳面で、国民全体は一方向に動きがち、その結果、要領が悪くて損をしているケースが多いのでしょう。



トッポパパも、最初にドイツの企業と契約書を交わすとき、双方弁護士を交えて数ヶ月もの打ち合わせの結果、数センチの厚さにもなる契約書になった記憶があります。
結局、一番儲かったのは弁護士だったように思います。
今は昔の話ですが、やはり一番大切なのは信頼関係なのでしょう。
もう一度、『乾杯!』です。



近くの森の木々も、見事な紅葉です。
トッポパパが病気になり、手術をすることになると、家族のように何度も電話で激励をしてくれました。
何千キロも離れた国に、心通う友人がいるということは嬉しいものです。



いまだに世界のあちこちで、紛争や戦争が起きていますが、やはり平和が一番です。
お互いに正論を唱えても、異文化を持つ国家間では、最後には信頼が必要なのでしょう。

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2 コメント

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Unknown (アレクリパパ)
2009-08-20 20:16:33
超人、乾杯し過ぎです(笑)。
病気の心配もしてくれ、友情が生きているんですね。
ラインの景色は、素晴らしいですね。
確かに、ドイツと日本は似ているところがありますね。
「イタリア抜きで」は、聞いたことがあります。
トルコも日本と組んで、旧ソ連邦を倒そうって言っているようです。
都市伝説かな。
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Unknown (アレクリパパ)
2009-08-20 21:53:45
当方のブログにコメントをいただき、感謝です。
超人だといっても・・・、もう出社しちゃったのですかぁ!
「多少疲れがでる」、当たり前ですよぉ。
む、無理なさらないでくださいね。
同僚の皆様、もしこのコメントを読んでくださったら、お願いですから超人の様子を見ててくださ~い。
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