時間単位で天気が目まぐるしく変わります。
風が強く本丸跡も積もった雪が舞い始めましたので、あわてて移動です。
近くに八重と会津博・大河ドラマ館があるのでちょっと立ち寄ることにします。
内部は撮影不可なので残念ながら紹介できません。
みなさんがNHKの八重の桜をご覧になっていると思いますので説明は省きますが、主人公山本八重は“幕末のジャンヌ・ダルク”とも呼ばれています。
幕末のジャンヌ・ダルクと呼ばれたのは、鶴ヶ城での籠城戦になった際に、八重は髪を断ち、男装にてスペンサー銃を持って銃撃戦に参加したところから呼ばれるようになったようです。
主人公の八重が後の同志社創立者の新島襄と結婚したとは、最近まで知りませんでした。
ネット情報によると、”封建的な風潮の残る中、男女の平等を望む八重は、西洋帰りの夫を『ジョー』と呼び捨てにし、また夫よりも先に車に乗る姿を人々に『悪妻』と罵られても、八重はまるで気にしませんでした。
夫の襄はそんな彼女の生きざまを『ハンサムウーマン』と称しました。”
だから、のぼりにハンサムーウーマンと書かれているのですね。
雪に覆われて見ることができなかった鶴ヶ城の赤瓦です。
大河ドラマの一部の映像が映されていました。
よく見ると一番左側にカメラを持ったトッポパパがいます。
トリック映像ですが、時代を超えた戦場のカメラマンというところです。(笑)
会津を車で移動中、吹雪の平原で素晴らしい景色に出会ったので車中から撮ってみました。
絵のような景色で、移動する車の中からの写真としてはよく撮れていますので紹介します。
では会津藩校であった日新館へ向かいます。
風が強く本丸跡も積もった雪が舞い始めましたので、あわてて移動です。
近くに八重と会津博・大河ドラマ館があるのでちょっと立ち寄ることにします。
内部は撮影不可なので残念ながら紹介できません。
みなさんがNHKの八重の桜をご覧になっていると思いますので説明は省きますが、主人公山本八重は“幕末のジャンヌ・ダルク”とも呼ばれています。
幕末のジャンヌ・ダルクと呼ばれたのは、鶴ヶ城での籠城戦になった際に、八重は髪を断ち、男装にてスペンサー銃を持って銃撃戦に参加したところから呼ばれるようになったようです。
主人公の八重が後の同志社創立者の新島襄と結婚したとは、最近まで知りませんでした。
ネット情報によると、”封建的な風潮の残る中、男女の平等を望む八重は、西洋帰りの夫を『ジョー』と呼び捨てにし、また夫よりも先に車に乗る姿を人々に『悪妻』と罵られても、八重はまるで気にしませんでした。
夫の襄はそんな彼女の生きざまを『ハンサムウーマン』と称しました。”
だから、のぼりにハンサムーウーマンと書かれているのですね。
雪に覆われて見ることができなかった鶴ヶ城の赤瓦です。
大河ドラマの一部の映像が映されていました。
よく見ると一番左側にカメラを持ったトッポパパがいます。
トリック映像ですが、時代を超えた戦場のカメラマンというところです。(笑)
会津を車で移動中、吹雪の平原で素晴らしい景色に出会ったので車中から撮ってみました。
絵のような景色で、移動する車の中からの写真としてはよく撮れていますので紹介します。
では会津藩校であった日新館へ向かいます。