無事に帰国しました。
帰りの便の中が冷え切っていて手持ちのコートを着こんでブランケットにもぐりこんでも寒く、なんだか喉もイガイガしてきたので機内で葛根湯服用。
空港検疫は例のマイナカードから登録できるアプリがあればすぐに通過できるらしい。
ワタシみたいにQRコードつきの接種証明だけだと、それから別ルートになるが、そこでもQRコードを読み込んで、その質問に3つくらい答えて、その後自己申告で体調の異常がなければすぐに通れて入国審査まで行けた。
しかし、あたりまえのように使うのはスマホ。持たない人って旅行はもちろん、あらゆる所で不便を強いられる時代になってますね。
それが良いか悪いかは別として、どうにか着いていけるようにブラッシュアップしておかないとですねえ。
中高年のみなさま お互いにがんばりましょう・・・
そういえばDubai出国の時も「日本まで」とわかったらワクチン証明があるかどうか聞かれた。
往路はなんのチェックもなかったが、もし証明書がなかったらもっと復路はめんどくさかったのかもしれない。
成田では都内某駅までオットが来てくれるというのでそこまでバスの切符を買って停留所まで行ったらおっそろしい寒さでギリギリまで室内に居ようとまた引っ込んだ。
お世話になったエミレーツのクルー
この制服はかっこいいですね
羽田からでも成田からでも帰国して首都高に乗ってスカイツリーや東京タワーの見える夜景に再会すると、「あ~ 帰って来たな」ってそれなりにほっとして小さく感動するのだが、今回は東京の夜景が地味すぎると感じてしまった。
少しの間なのに あのキラキラDubaiに目が慣れていたのだろう。
30kgの荷物に耐えられずに行きに壊れていたスーツケース。
チェックインの時に、秤に乗せたおじさんが呆れたように私を見てheavyと言ってheavyタグをつけ、それに底を差して「壊れてるよ~」とかなんとか言って、とりあえずテープでぐるぐる巻きしてくれたっけ。
車輪の調子が悪いのだと思っていたが、本体のプラスチックが割れていたんですね。
やはりおそるべし、30kg。
そういえば、ミステリーの本とかドラマなんかで「死体を運ぶ」ってありますよね。
殺しちゃった人を自分の車のトランクに入れて山に埋めに行くなんての。 あれは女手じゃ絶対無理だね。
相手が大のオトコで70kgくらいあったら二人でも無理だよな。なんて なんつー想像しているんだ、ワタシ。
しかし現実の30kgってのを体験して、自分の非力を感じたのであった。
さておき、満身創痍のスーツケースちゃん
そういえば、色んな所でワインを買い込んで日本に持ち込んだっけかな。
この子もそろそろ限界であろう。
ノーブランドだったけど大きくて軽くて車輪の回転もスムーズで使いやすかった。
これはもう修理できないなぁ・・・ 楽しかった旅の良き相棒であってくれてありがとう。
出国日に容態急変して入院した姑は、あれから回復。胸水も抜いてもらい食欲も増進で、毎度病院食を完食しているそうだ。
もう退院してもいいのだが、居住しているサ高住にコロナ患者が一人出たために大事をとって特別室で待機。
ホントに幸せなおばあさんですね。
出国日のバタバタとその経緯を親友女子lineで話したら
「さすが局ちゃんのお姑さん!」「タイミング良すぎて笑う」などと感想をもらった。
それと引き換えに、今度は実家の母がいよいよ危なくなってきた。
帰国したら弟より「極度の食思不振による体重低下でいつお別れがくるかわからないと主治医(弟の同級生)から言われた」とのことだった。
Dubaiからも楽天で鰻をポチして送ったりもしていたのだが、それも食べられず、メイバランスのアイスしか口にしないで、24時間点滴体制に入ると・・・・
今から省みても仕方がないが、コロナ禍の始まった3年前に、母だけでもサ高住に転居してもらえばよかったと思う。
まる3年、部屋にも入れず、外へも出ることが出来ずだったのだから・・・
幸せに完ボケの父と違って、不自由を強いられてすべてを憎むようになった母は可愛そうだった。
それなのにまだ部屋への入所をこばんで入れさせたがらない施設を半ばおどして、ムスコと弟と三人で土曜日に部屋まで行ってきた。父も部屋で一緒になった。
ちゃんと抗原検査はしましたよ。
去年の秋も「痩せたなあ」と思った母が、もっと小さくなってベッドに眠っていた。
胃ろうは本人も私たちも希望していないので、このまま自然に逝くのを見届けるしかないのでしょう。
意識があって言葉もしゃべれるならポートを埋め込んで高カロリー輸液の選択肢もあるかもと身近な医師は言うが、そのための入院だの拘束だのその後施設に戻れないなどの事を考えて却下。
コロナが彼女の人生の最期を不幸にしたなあとつくづく思う。
初孫だったムスコはとにかく彼女のお気に入りで忙しい中に会えたことは良かった。とちゅうで目を開けたが、ムスコを認めて嬉しそうだったから。
ムスコのお嫁ちゃんが大バーバへのお手紙を孫①②に書かせたのと、孫③の可愛い七五三の衣装の写真を見える所に貼って来た。
母の真面目で真摯な生き方、華やかなことも好きだった趣味は彼らに受け継がれて育っていることは感じて欲しい。
ムスメが多分帰国する四月まで頑張って欲しいんだけどね・・・
二月に入り、今年が悲喜こもごもで波乱のとしになりそうな予感です。
帰りの便の中が冷え切っていて手持ちのコートを着こんでブランケットにもぐりこんでも寒く、なんだか喉もイガイガしてきたので機内で葛根湯服用。
空港検疫は例のマイナカードから登録できるアプリがあればすぐに通過できるらしい。
ワタシみたいにQRコードつきの接種証明だけだと、それから別ルートになるが、そこでもQRコードを読み込んで、その質問に3つくらい答えて、その後自己申告で体調の異常がなければすぐに通れて入国審査まで行けた。
しかし、あたりまえのように使うのはスマホ。持たない人って旅行はもちろん、あらゆる所で不便を強いられる時代になってますね。
それが良いか悪いかは別として、どうにか着いていけるようにブラッシュアップしておかないとですねえ。
中高年のみなさま お互いにがんばりましょう・・・
そういえばDubai出国の時も「日本まで」とわかったらワクチン証明があるかどうか聞かれた。
往路はなんのチェックもなかったが、もし証明書がなかったらもっと復路はめんどくさかったのかもしれない。
成田では都内某駅までオットが来てくれるというのでそこまでバスの切符を買って停留所まで行ったらおっそろしい寒さでギリギリまで室内に居ようとまた引っ込んだ。
お世話になったエミレーツのクルー
この制服はかっこいいですね
羽田からでも成田からでも帰国して首都高に乗ってスカイツリーや東京タワーの見える夜景に再会すると、「あ~ 帰って来たな」ってそれなりにほっとして小さく感動するのだが、今回は東京の夜景が地味すぎると感じてしまった。
少しの間なのに あのキラキラDubaiに目が慣れていたのだろう。
30kgの荷物に耐えられずに行きに壊れていたスーツケース。
チェックインの時に、秤に乗せたおじさんが呆れたように私を見てheavyと言ってheavyタグをつけ、それに底を差して「壊れてるよ~」とかなんとか言って、とりあえずテープでぐるぐる巻きしてくれたっけ。
車輪の調子が悪いのだと思っていたが、本体のプラスチックが割れていたんですね。
やはりおそるべし、30kg。
そういえば、ミステリーの本とかドラマなんかで「死体を運ぶ」ってありますよね。
殺しちゃった人を自分の車のトランクに入れて山に埋めに行くなんての。 あれは女手じゃ絶対無理だね。
相手が大のオトコで70kgくらいあったら二人でも無理だよな。なんて なんつー想像しているんだ、ワタシ。
しかし現実の30kgってのを体験して、自分の非力を感じたのであった。
さておき、満身創痍のスーツケースちゃん
そういえば、色んな所でワインを買い込んで日本に持ち込んだっけかな。
この子もそろそろ限界であろう。
ノーブランドだったけど大きくて軽くて車輪の回転もスムーズで使いやすかった。
これはもう修理できないなぁ・・・ 楽しかった旅の良き相棒であってくれてありがとう。
出国日に容態急変して入院した姑は、あれから回復。胸水も抜いてもらい食欲も増進で、毎度病院食を完食しているそうだ。
もう退院してもいいのだが、居住しているサ高住にコロナ患者が一人出たために大事をとって特別室で待機。
ホントに幸せなおばあさんですね。
出国日のバタバタとその経緯を親友女子lineで話したら
「さすが局ちゃんのお姑さん!」「タイミング良すぎて笑う」などと感想をもらった。
それと引き換えに、今度は実家の母がいよいよ危なくなってきた。
帰国したら弟より「極度の食思不振による体重低下でいつお別れがくるかわからないと主治医(弟の同級生)から言われた」とのことだった。
Dubaiからも楽天で鰻をポチして送ったりもしていたのだが、それも食べられず、メイバランスのアイスしか口にしないで、24時間点滴体制に入ると・・・・
今から省みても仕方がないが、コロナ禍の始まった3年前に、母だけでもサ高住に転居してもらえばよかったと思う。
まる3年、部屋にも入れず、外へも出ることが出来ずだったのだから・・・
幸せに完ボケの父と違って、不自由を強いられてすべてを憎むようになった母は可愛そうだった。
それなのにまだ部屋への入所をこばんで入れさせたがらない施設を半ばおどして、ムスコと弟と三人で土曜日に部屋まで行ってきた。父も部屋で一緒になった。
ちゃんと抗原検査はしましたよ。
去年の秋も「痩せたなあ」と思った母が、もっと小さくなってベッドに眠っていた。
胃ろうは本人も私たちも希望していないので、このまま自然に逝くのを見届けるしかないのでしょう。
意識があって言葉もしゃべれるならポートを埋め込んで高カロリー輸液の選択肢もあるかもと身近な医師は言うが、そのための入院だの拘束だのその後施設に戻れないなどの事を考えて却下。
コロナが彼女の人生の最期を不幸にしたなあとつくづく思う。
初孫だったムスコはとにかく彼女のお気に入りで忙しい中に会えたことは良かった。とちゅうで目を開けたが、ムスコを認めて嬉しそうだったから。
ムスコのお嫁ちゃんが大バーバへのお手紙を孫①②に書かせたのと、孫③の可愛い七五三の衣装の写真を見える所に貼って来た。
母の真面目で真摯な生き方、華やかなことも好きだった趣味は彼らに受け継がれて育っていることは感じて欲しい。
ムスメが多分帰国する四月まで頑張って欲しいんだけどね・・・
二月に入り、今年が悲喜こもごもで波乱のとしになりそうな予感です。
キラキラDubai、素敵でしたーー✨✨
《旅行するなら国内派》のワタシですら興味を持ってしまいましたもの〜(言う程出掛けてないし、行く予定もないんですけどねーー苦笑)
旅行から一気に現実世界に戻されたようで・・・。お義母さまもち直されて良かったーー。オットさまもひと安心ですね。
お母さまはしばらく心配が続きそうですね。姐さまが倒れませんようにーー。
たくさんの心配事と懸念を抱えてのご帰国だったんですね。お身体をご自愛のうえ、いつもの局様パワーで皆を癒しつつ、解決に導いてあげてください。
それにしても、90代3人、とくにお母様が心配です。どうぞお孫さんたちの顔と、ひ孫さんたちの写真と手紙で、元気を取り戻してくださいますように祈っております。
でも、お嬢様たちに、もっといてほしかったと言われるバァバは、なかなかいませんよ。世界中どこにいても、頼りになる母かつバァバとして、これからもご活躍をお祈りしております。
お互い、人生山あり谷ありだけど、まだまだこれからですよねっ❣️
義両親をコロナ禍で立て続けに送りました。
あたしの両親の時には普通だったことが何一つできなかった主人、
コロナは本当に残酷だと思いました。
tsubone さん、悔いのないようにね。
キャリーバッグが悲惨なことになりましたね。30キロは米袋1俵分です。こんな重いものを入れてよくぞ耐えてくれたと感謝かもしれませんよ!
施設に入所されている局さんのお母様の近況、読みながら切なくなってきました。
施設側の思いもあるでしょうが入所者の家族、ましてや医者から状態を告げられているのだから面会はさせるべきだと思います。
お会いできて本当に良かった!
ご高齢のお三人さま、ご心配ですね。コロナのせいで会いたくても会えないなんて辛いことです。できるならば面会しておいてください。面会が叶うようにと願います🙏
帰って来たとたんに現実がぐわんと押し寄せてきました。
まあ あちらに居ても、ムスメの家では現実と向き合ってはいますけどね。
oliveさんも去年はお母様とのお別れを経験されましたよね。
いつかは来ることだけどやっぱり覚悟がいるなぁなんて思ってます。
旅行、どんどん行きましょう。海外行くのも元気なうちだなあって今回思いましたよ~~
コロナ禍を経てからの久々の海外はちょっと緊張しました。
それにしてもマスクの無い世界からいまだにマスクだらけの世界へって???って思いますよね。
いったい何が正解なのかはわかりませんが。
90代3人の親たちがいるって幸せなことなのかもしれないけど、なかなかどうして爆弾抱えてるみたいな所もあります~~~
そうですね。ご主人様のご両親はあっというまでしたね。
家の両親の介護施設は、親友のNちゃんのご両親もいて、施設内で子供の縁で仲良くしていたのですが、コロナが始まる前の年にお亡くなりになりました。
今思うと「ホントにその年で良かったわ~」 なんですね。
悔いなく面会も送りもできたんですね。
コロナは子供たちにも老人にもホントにろくでもない影響を与えましたね。
どこに怒りをぶつけたら良いんでしょうね・・・
キャリーバッグ、なんか動きが悪いなあ、車輪を取り換えようかなあ なんて思ってたら、本体が割れていたことがわかりました。
とにかく軽いモノって素材が薄くてもろかったんですね。がんばってくれたんですね。
kikiさんのお父様も90代でしたよね。色々ご心配でしょうが、自由に会えるのは自立して一人暮らしができているからですよね。
介護施設に入ってもらうと事故などの心配はないですが、このコロナ禍ではあまりにも自由がなくなっちゃって可哀そうでした。
ホントに何が正解なのか悩みます。
面会はできたので来週も行きます。
スーツケースは感謝しつつ粗大ゴミにお送りしようと思ってます。
フーミンさんもお兄さまのことで色々ご心労が続きますね。まだお若いのにね。
こんな事言っちゃ失礼ですが、役立たずの義姉さんが存在するのもかえってイヤですよねえ。
母との面会がかなってよかったです。あれからちょっと元気になって食パンを半分食べて、甘いモノを所望したらしいのでほっとしてるところです。
来週も面会する予定です。