tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

自民党は党名を変えるべきでは?

2024年02月03日 16時24分38秒 | 政治

自民党の本当の名前は「自由民主党」です。これは素晴らしい名前です。国民が何故か選挙になると自民党に票を入れるのは、多分、この素晴らしい名前が国民の安心感を呼ぶからではないでしょうか。

ところで、「名は体を表す〕という言葉がありますが、今日の状況を見ていますと、この党名は全く体を表していないようです。

「名前負け」という言葉がありますが、余り名前が良すぎて、中身が名前に追いつかない状態の今の自民党だったら、名前を変えた方がいいように思われます。

自由党と民主党が合同して出来たからというのが歴史でしょうが、こうした立派な名前を決めたからには「名は体を表す」ような立派な「リベラル・デモクラティック・パーティー」になってもらわないと国民が迷惑します。

まず「自由」ですが、これはリベラルの翻訳です。リベラルという英語は、本当の自由の在り方を表すものです。

大学には教養課程というのがありました(今もあります)これは「リベラルアーツ」の翻訳です。リベラルアーツはギリシャ時代の「文法、論理、修辞、算術、幾何、音楽、天文」の7つの学問を修めて天の摂理を知り1人前の教養人というのが起源で、それぞれの時代に必要な教養人としての学問を修めることの大事さを教えるものです。

東洋思想を借りれば孔子の言う「不惑」の境地、更には「己の欲する所に従いて矩(法)をこえず」のように十分な知識教養を持てば人は過ちをしないという事でしょう。

リベラルを体現するためには、人はそれだけの教養人でなければならないのです。

次に「民主」これもギリシャに起源をもつ「デモス」(一般的な人々)から進化し、一般的な人々が主権を持つ政治体制を意味する言葉となり今日に至ると考えられています。

今、世界は、民主主義と独裁主義の対立に苦しんでいます。宗教や人種の対立もありますが、そうした対立が戦争に至るのは、どちらか、あるいは双方が独裁主義的な政治体制にあるときです。

80億になろうという世界人口ですが、そのほとんどは「一般的な人々」です。そして、この人々は平和と安定、豊かで快適な社会を望んでいます。ならば、民主主義である限り、戦争は起きないはずですが、民主主義の中で独裁者は出現し、往々「一般的な人々」の生命と財産を犠牲にする戦争を好んで進めるのです。

今、世界が心を痛める戦争はプーチンという独裁者、ハマスという独裁組織、ネタニヤフという独裁者が居なければ起こり得なかった事でしょう。その意味で、今の人類社会にとって、独裁者を出さない事は最重要の課題です。

こうした視点から今の自民党を見れば、自民党という組織はリベラルの名を冠しながら、総理一強の体制を望むリーダーとそれを善しとする少数の人間、後はトップの決定に異を唱えない物言わぬフォロワーの集まりのようです。

裏金問題では、制度上も、税制上もおかしいと思いながら、上が言うならと従う人々ばかりの様です。リベラルの意識が少しでもあれば、「自らの判断」を明確に発言する確たる自由思想と教養に基づく行動が続出する組織であるはずです。

こうした発言もなく、トップが言うならそれに従うという行動は民主主義を蔑ろにし、独裁主義への道を開くものでしょう。

自由主義の本来であるリベラルな思想行動を忘れ、トップの意向を安易に鵜のみにする(忖度も含めた)独裁に従う心理が一般的な組織は、どう考えても「自由民主党」の名に値するものではありません。

「名が体を表さない」場合、道は2つ、名を改めるか、体を改めるかです。リベラルの神髄があって、初めて民主主義は健全に機能するのです。

日本を代表する「選良」たちが、如何なる発言と行動を国民に見せるか、自由で民主的な国である日本の国民も、己の良識を駆使し、行方を監視しなればならない様です。


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