京都御苑皇宮警察の中にある平安の庭枝垂れ桜です。
あまり行かれたことがない方が多いようですが、立派な枝垂れ桜があります。
旧有栖川宮邸の枝垂れ桜咲きはじめです。
有栖川宮家は江戸時代に四親王といわれた宮家のひとつで、この邸宅は京都御所の西側の建礼門前に建てられたものが、現在のアグネス教会の北側に移築されたものです。
1891年以降京都地方裁判所の宿舎でしたが、平安女学院が教育施設として取得しました。
冷泉家の桜
冷泉家は藤原北家御子左家(二条家)の流れを汲む公家で、代々近衛中将に任官されてきました。
藤原定家の子である御子左家6代・為家の子・冷泉為相から始まり、歌道の宗匠家の内の一つで冷泉流歌道を伝承しています。
明治維新によって多くの公家は明治天皇に従い東京に移住したが、冷泉家はその後も京都の屋敷に住み続けました。
現在の京都御苑にあった公家町の公家の屋敷は明治初期の東京移住命令により全て取り壊されるも、今出川以北にあった冷泉家の屋敷は取り壊しを免れました。
御文庫を擁する上冷泉家が京都に残ったことで、結果として膨大な至宝は関東大震災と東京大空襲による被害を免れました。