麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題

還暦手前の身の回りのこまごま。
スポーツや映画演劇など。

М−syndrome/3.微糖と無糖の夜更け

2024年06月07日 | 身辺雑記

武藤は三鷹の顧客に呼ばれて

システムエラーに対応した。

それで友人との待ち合わせは

リスケして改めてLINEすると伝えた。

 

三鷹の劇団は老舗だそうだが、

武藤には興味がなく詳しくない。

ただ前代表はテレビドラマでも

主演を張るから知っていた。

 

そもそもは趣味のビリヤードで

何度か顔を合わせるうちに……

「俳優の美藤さんですよね、

僕はしがないSEの武藤です」と。

「俺本名は尾藤だけど役者って

アートだから芸名は美にしたの」

……そんな風に出会い、

「武藤ちゃん、チケットシステム

扱ってないの?」

当時は代表だった美藤に問われ、

開発し、納品したのだった。

 

それが不具合を起こしたと呼ばれ、

おもいのほか苦戦して、だから、

友人に「車出すわ、いつもんとこで」と、

彼の自宅近くのファミレス前で拾った。

 

気の利く男で缶コーヒーを2本、

買い替えたばかりのハイラックスの

ホルダーに入れた。

男は無糖、武藤は苗字とは裏腹に微糖。

 

時間はテッペン過ぎ。それでも予定通り、

馴染のプールまで走り、まずはナインボール。

久しぶりにスリークッションにも興じ、

外が明るくなったから「そろそろか」と。

「もう若くないからな〜」。

 

ホルダーには飲み終えた無糖と微糖が

まだ置いたまま。それが引鉄になって、

つい愚痴がこぼれた。

 

美藤は役者としては現役なのだが、

「これからは若い世代が新しい考えで

劇団を運営していくべき」

そう主張して若い女優を指名した。

・・・と言っても50代だ。

ただ新劇と呼ばれる世界では

思いきった若返りなのだという

 

この新代表がなかなかのやり手で、

武藤にも細かな要求があり、

美藤との付き合いだから

破格で請け負ったのに、

正直割に合わない仕事になっている。

心地よい疲れも手伝い、口が走った。

 

途中で心の裡の武藤が、

「あ、これヤバイかも」と

ハザードを点滅させたのだが、

言葉のアクセルから足が離れない

男はこの手の話を好まないと

長い付き合いで知っていたのに。

 

 

「降りる、止めろ!」

案の定、男は一歩も引かない厳しい口調で

前を向いたまま言い放った。

 

季節柄、色とりどりの紫陽花が咲く

高速道路に沿った下道。

弁解は火に油になる。

アティチュードブラックの車体を

黙って路肩に停めた。

目黒駅を背に自然教育園を過ぎた辺り。

白金台どんぐり児童遊園の脇だった。

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