【タックの放浪記】  思えば遠くへきたもんだ・・・     by Tack SHIMIZU

心に刻まれたその一瞬、心に響いたその一言、心が震えたその想いを徒然と書き記したい。この記憶から消え去る前に…

ストレッチの日々が始まった~

2011年09月28日 | 徒然日記
盛岡滞在の夜、

朝夕は本当に肌寒い東北の地である。

整形外科でのMRIの結果は、幸いにも椎間板ヘルニアの予備軍ということであった。

病院にてもらった鎮痛剤を飲みながら、腰痛体操手帳を用いストレッチに励むことになった。

しかし朝はカラダが固くなるのか、前屈が異常に痛い。しかしこれがリハビリというものであろう。少しずつ続けていき、痛みが治まったら、更に運動をしていかなければならない。

とりあえず欲しかったクロスバイクはお預けとなった。

話は変わるが、岩手県一関市のお客様の話。

一関のお子様が通う幼稚園の軒先では、放射線量が10マイクロシーベルトと、福島の中心地と変わらない値との事。

10マイクロシーベルトであれば政府は大丈夫との見解だが、1時間に10マイクロシーベルトなのである。幼稚園児たちは1時間だけそこにいるわけではないのである。

そんなお客様の不安の声を耳にし、この地に子を持つ母親の心境は相当なものであろうと、返す言葉すら浮かばなかった。

既に引っ越すご家庭も出てきているとの事。

国は勿論の事だが、岩手県としても何らかの早急なる対応をすべきではないのだろうかと真に思う。

さてと、餃子でビールでも飲みに行ってくる事にしようっと。

『椎間板ヘルニア』の疑い…あり

2011年09月26日 | 徒然日記
昨日、盛岡まで北上してきたのだが、ここ数日、以前から気になっていた右尻の奥のジンジンする痛みがひどくなり、これはマズイと朝一番にホテル近場の大きな整形外科へ行ってきた。

この痛みは、坐骨神経痛であり、先生曰く、その原因を確認すべく、本日はレントゲン、そして明日はMRIを受けることになった。

骨のレントゲン写真には異常がなかったのだが、恐らく、『椎間板ヘルニア』であろうとの疑い。

L5という脊椎5番から伸びる神経に異常をきたしているようである。

盛岡に来て、なにしてんだかって感じなのだが、治療は地元でするとしても、明日きちんと診てもらおうと思っている。

やれやれって感じ…

白浜放浪2011秋 『 タチウオ最高に美味し~ 』

2011年09月24日 | 旅三昧!釣り三昧!
一昨日、大阪上本町での仕事の後、白浜へクルマを向けた。

そして翌朝、愛船へ行ってみると、やはり台風の影響でカバーがボロボロになっていた。

防波堤にて、豆アジを釣ってエサにしたいのだが、水が濁りいない。そのかわり、ママカリの幼魚らしき魚がかかるので、それを集め、沖に出た。

やはり台風の影響であろう。近場は水も濁り、
風もキツく、波も高い。

船が跳ねる。速度を抑えながら沖へ向かった。

適当なポイントで、太めの一本針にママカリの鼻をかけて、海底に落とす。

しばらくすると、コツンコツンとアタリがきた。

直ぐには上げない。放っておく。

やがてアタリが止まったので、不思議に思い、
竿をあげてみると、ママカリは半分齧り取られていた。歯型まで残っていた。



船を流される前の場所まで戻し、次のママカリを落とす。

またアタリだ!今度は注意深く、グイッと引いたタイミングに竿を合わせた。

あがってきたのは、タチウオであった。



その後も、ラインは切られるは、魚は齧られるで、きっとタチウオの群れに出くわしたようだ。

ママカリが切れたタイミングで、少し船に酔ったようだったので帰港した。

雑魚釣り基地に戻り、早速、タチウオを捌いて塩焼きにしたのだが、タチウオとはこんなに美味い魚だったのかと驚いたのであった。



そして今朝も、タチウオを1匹釣り上げた。残念ながら、タチウオのための仕掛けではないので、鋭い歯で、今日も何度かラインを切られてしまう。

今度はタチウオ用のラインが切られないカバーの付いた仕掛けで挑みたい。そうすれば間違いなく、今回ラインをちぎられた数だけはタチウオも釣れる筈であろう~



ローマ放浪2011秋 『 天才・ベルニーニの作品に魅せられて~ 』

2011年09月19日 | 旅三昧!釣り三昧!
『ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニによって造られた。』

まさしくそのとおりのような感を受けたローマ滞在であった。

ミケランジェロの少し後、17世紀に活躍したベルニーニの彫刻は、細部に至るまで洗練されており、力強かった。

そして、そのベルニーニの作品は、ローマのそこかしこで見受けられた。



今回訪れたボルゲーゼ美術館は圧巻であった。

パトロン・ボルゲーゼ卿の存在があってこそのベルニーニの活躍だったのであろう。

今回のイタリア滞在では、かなりの数の教会を訪れたが、それらの素晴らしき建造物を目の当たりにし、宗教を捉える人々の考え方自体が、日本では考えられないほど深いものなのだということを思い知った。

仕事ではなかなか訪れないローマだが、また来ようと思った。



チェックアウトの前に…パチリ

フィレンツェ放浪2011秋 『 ピザは自分で作るのだ~ 』

2011年09月18日 | 旅三昧!釣り三昧!
ローマからフィレンツェへのフライトが、強風によりフィレンツェ空港に着陸出来ず、ピサ空港に着陸し、陸路フィレンツェへ移動した翌日、ロレンツォに世話になり、フィレンツェ郊外のアウトレットからピサの斜塔まで案内してもらった。



オレは、個人的にピサのドゥオモが好きだ。

ピサとフィレンツェは近くにありながら、歴史的背景により結構、仲が悪い。

しかし、ピサは良い街だと思うのだ。

夕方、チェザレさんのご自宅でピザパーティーとなった。



チェザレは2年前のオリーブの枝をピザ窯に放り込みながら、これを燃やすと焼くピザの香りがよくあるという。

ピザに使うオリーブオイルはチェザレの畑で採れたもの。飲むワインもチェザレさんが作ったものである。

チェザレの畑で採れた玉ねぎとパルマ産のハムを使って焼いたピザは最高であった。

レオナルドの2歳となるチビはとても可愛かった。バカでかい愛犬・パコは35キロの体重をかけてひっついてくる。

チェザレのワインで少しずつ酔いながらも、時の流れを感じつつ、満足なる時間を過ごせたのであった。

素晴らしい時間をありがとう!

ミラノ放浪2011秋 『 中華料理は素晴らしい! 』

2011年09月17日 | 旅三昧!釣り三昧!
ミラノの今宵、イタリアミラノ滞在中に一度は必ず訪れる中華料理店に行ってきた。

今日は、麻婆豆腐とチンジャオロースを頼んだ。白飯とチンタオビール大瓶と。

いつも思うことなのだが、これまで海外の様々な街へ出向いてきたが、中華料理に関しては、全く外れた試しがない。どの街でも、オレが知っている通りの中華料理を出してくれる。これは正直、尊敬に値する。

一方、日本料理はまず外れる。訪れる場合はまず外れると心構えして入ったほうがよい。

今年の春だったか、バルセロナで見つけ飛び込んだ日本料理店で頼んだ『焼きそば』には、キュウリが入っており、ソースも甘くて辟易した。ここミラノでも、数年前、病み上がりでやむなく立ち寄った日本料理店で頼んだ『天ぷらそば』は、空腹だったのに関わらず、半分以上残して出てしまった記憶がある。

こういう日本料理店は大概が日本人による経営ではなく、それらのレストランを訪れる異国の人々が、それをリアルな日本食と勘違いされたら嫌だなぁ、と思ってしまう。

話は変わるが、今日思った事。やはりその国(土地)の料理には、その国の酒(含むビール)が絶対合っているような気がする。

例えば、タイ料理であれば、軽くてドライなシンハービールが合うと思う。沖縄料理にはオリオンビールが一番合うと思う。シンガポールの屋台で食べる時は、タイガービールが望ましい。中華料理にはチンタオビールが嬉しいような気がする。

日本食に日本酒が合うように、イタリアンにはやっぱり絶対ワインが合うし、あまり食べた記憶はないが、ロシア料理にはきっとウォッカが合うんだろうなぁと思うのだ。

きっと間違いないと思う。

今日も、中華料理店には中国からの観光客であろうグループが信じられないくらいバカでかい声で飯を食っていた。なんであんなに大きな声で話しながら飯を食うのだろうと思う。いつも思う。

そういえば、オレはこれまでゆうに50回はイタリアに訪れているのだが、イタリアンレストランで中国人のお客さんを見かけた記憶がない。

彼らはイタリア料理を食べないのだろうか…。はたまたオレがたまたま中国人と出会ってないだけなのだろうか…。

大きな疑問である。


パレルモ放浪2011秋 『 素晴らしき街・パレルモ 』

2011年09月14日 | 旅三昧!釣り三昧!


パレルモの夜、ファブリチオの御自宅に招かれ食事をした。

イタリアでは知人を自宅に招くという事は、とても身近ではないとあり得ない事。ご同行のお客様にも大変喜んで頂けた。感謝

マンションのワンフロアをぶち抜いたファブリチオ邸では、奥様のジュリアがさまざまな料理を振舞ってくれた。そしてデザートには、アグリジェントの往復で目にした『サボテンの実』を出してくれた。

ファブリチオのはからいである。

その実は赤く甘い。中には硬い小さな種が結構入っているのだが、それは呑みこめとの話。云われるままに呑みこんだ。

その後、9.11のイベントとしてパレルモ郊外のモンレアレのドゥオモにて開催されたコンサートへ。パレルモに住む社交界の重鎮達が集まる中、最前列に用意してくれた席にて、モーツァルトのレクイエムを鑑賞した。そして、そのまま立食のパーティに参加。覚え切れない人々と握手した。



モンレアレのドゥオモ最高位のPRIESTの計らいで、深夜、ドゥオモの地下に護られ続ける財宝を見せていただいた。

なかなかこんな経験は出来そうにない。感謝

パレルモは、かつてはイタリア南部の中心地であった事もあり、そしてアラブやノルマンの侵攻を受けてきた事もあり、街の雰囲気が他のイタリア都市とはあきらかに異なる。

その街には、ガイドブックにも記載されていないが、とてつもなく素晴らしい教会などが存在し、その中、『St.カタリアーナ教会』が一番、印象に残った。



その教会は、修道女のためのものであり、修道女はそこに足を踏み入れると一生外に出る事が出来ないばかりか、そこに住む修道女以外の全ての人々と顔を合わせることを許されなかったのである。しかもその習わしはこの30年ほど前まで継続していたらしい。

考えれば驚くべき風習である。



また、パレルモを訪ねる度に必ず行く海岸沿いのモンデーロにて、シーフードをたらふく食べてきた。タコが本当に美味かった。

シチリアは治安が悪いというイメージが先行し、観光客の脚を遠のかせているというのが現実なのだが、全然決してそんな街ではないのである。

心からお勧めの地なのである。

アグリジェント放浪2011 『 2500年前の世界へタイムスリップ~ 』

2011年09月12日 | 旅三昧!釣り三昧!
PALERMOよりファブリチオのクルマでシチリア島を縦断、約120キロ程南下した所に、目指す街アグリジェントはある。

途中の車窓は、広大な見通しの丘である。道は『チーズの通り』と称される通り、放牧された羊の群が見える。黄褐色の台地に、ポツンポツンと点在するオリーブ畑、たまにブドウ畑があった。

トスカーナ郊外で見受けられる風景とは、同じでようで何かが違う。

それは、台地の色と木々の種類だ。サボテンが赤い身をつけている。食べると美味いとファブリチオが云う。

アグリジェントの神殿の谷は素晴らしかった。今から2500年前に建造されたものである。世界遺産になるのもうなづける。



ギリシャ人によって作られた神殿の数々は、かつて訪れたアテネのパルテノン神殿と類似しており、変わらぬ時代に作られたのであろうと察する事ができた。

唯一の違いはその色のみ。



パルテノン神殿が地中海海底の大理石を用い建造されたと異なり、アグリジェントは石灰岩だろうか茶褐色の風合いであった。

地の利が悪い為か、世界遺産でありながら、観光客が少なく、そのための土産屋やレストランもほとんど存在しない。

そういう所が尚更、アグリジェントのオレの中のイメージを美化させたのであった。

さて、明日からまたイタリアだ~

2011年09月09日 | 徒然日記
さて、明日からまたイタリア出張である。

今回は、お世話になっているお客様をお連れして、パレルモ、フィレンツェ、ローマと廻る旅程なのだ。

旅の途中、単身抜けてミラノへ行き、ミラノで働き、ローマで再合流し帰国する計画である。

今回の旅では、オレがまだ訪れた事のないシチリアの世界遺産「アグリジェント」、そしてローマでも訪れた事のない美術館に予約を入れた。

未知の場所に訪れる事は楽しみである。

またきょろきょろしながら新しい発見をしてきてやろうと思っている。