【タックの放浪記】  思えば遠くへきたもんだ・・・     by Tack SHIMIZU

心に刻まれたその一瞬、心に響いたその一言、心が震えたその想いを徒然と書き記したい。この記憶から消え去る前に…

琉球放浪2024夏 『 蒼い空×群青色の海〜 そしてまた久米島へ 』

2024年07月14日 | 旅三昧!釣り三昧!
半年以上前から計画してきた久米島雑魚釣り遠征2024が始まった。






今回も1年ちょいぶりとなるマツモト兄、シンジ兄との3人遠征。ここに久米島の旧友ナカが合流する形である。僕の琉球放浪は昨年11月の伊是名島以来である。

既に今年は雑魚釣りベースがある南紀白浜沖のパヤオにてマグロカツオを結構釣り上げているので、久米島ではそれ以上の大物を狙っている。個人目標は40kgとしてキャスティングタックル2つ、ジギングタックル3つを用意した。

早朝、シンジ兄の会社のガレージにクルマを停め、シンジ兄のクルマに乗せてもらって伊丹空港へ。

マツモト兄とは那覇空港のいつもの『空港食堂』で待ち合わせし沖縄そばとオリオンビールで乾杯である。今回何故かマツモト兄はカツカレーに目玉焼をトッピングさせて食べていた。






久米島に着くと船長の遠藤くんが向かえに来てくれていた。どうやら海況が悪く1日目の釣りは厳しいとの話。風速11メートルとの事だ。

この日はホテルに入り夕方までの時間でビールを飲みながらリーダーを巻きタックルを組み立てた。

久米島初日の夜は肉を食おうと話しており、ナカと合流し具志川の『桐野』で肉を焼いた。美味!

翌朝6時、遠藤くんよりやはりパヤオへの出港が不可能であるとの連絡。仕方がないので島の風裏となる北側で小さい方の船に乗り1日釣りをする事に。

僕は一度デカい何かが掛かりとてもじゃないが手元のタックルでは魚を上げれず、ラインを出されるばかりで痛恨のラインプレイク。久米島の海では必ずこういう事が毎度の様に起こるのである。

厳しい釣果であったがマツモト兄、シンジ兄と3人でイソンボがトリプルヒットする熱い一瞬もあった。

この日の僕は魚より地球を釣ってばかりで本当にダメダメであった。

夜は『亀吉』にて釣ったヒレナガカンパチとナンヨウカイワリ、アザハタを調理してもらいオリオンビールといつもの『久米仙ブラウン』を飲んだ。最高であった。いつもの通り久米島釣りの夜は酔うと身体がフワフワになった。








夜中、あまりに身体が筋肉痛でギシギシと痛いので起きて水分補給をして寝ると翌朝はだいぶんマシになった。

釣行2日目の朝、いつもの通りコンビニで『朝すば』を購入。ぼくはこのインスタント沖縄そばがとてつもなく好きなのだ。毎日食べてる。(結局滞在中3日間毎日食べた)




沖縄離島の海は最高である。




まだまだ島周りは波が高かったがパヤオに向けて儀間漁港より南西方向を目指した。

やはりこの日も大物とは出会えない。

朝イチ、キャスティングで僕のポッパーにカツオがヒット!シイラもヒット!キメジもヒット!

この日の僕は快調のようだ。

しかしキハダはやってこない…

違うパヤオに移動した水深140mほどで僕とシンジ兄のジグに何かがダブルヒット!

コレはキハダだ…!

僕のキハダにはリアフックが口にフロントフックがキハダの胸に掛かってしまった為、所謂スレ掛かりとなり15kg強ほどのキハダですら釣り上げるのに苦労して30分以上のファイトとなった。






しかしどうにかこうにかゲト!

その後、マツモト兄にもキハダが掛かるも45分近く闘い、最後にラインプレイクしてしまった。




この夜も亀吉にてカツオとキハダを捌いてもらう。やはりカツオは美味すぎであった!








そうそう、忘れてならないのが今回初めて食べようと注文した『中身汁』は所謂ホルモン汁なのだが最高であった。ナカが以前からやけにオススメしてた理由が今回判明した。

本当はこの日の出船に同行予定であったナカだが、前夜に先輩に呼ばれ深酒しすぎで朝起きられず。それを本当にスマなさそうに夜の宴会代を総払いしてくれた。

毎晩10時を待たずしてバタンと寝てしまい夜中に起きてしばらくしてまた寝るパターン。

実の所、久米島まで旅して船をチャーターし挑む釣りと我がベースがある南紀白浜の釣りがさほど変わらなくなる昨今、今後の久米島への釣り遠征は少し考えようと思ったり… 






梅雨明け激熱の久米島は気温35℃、海水温31℃でありながらも緩やかな風が昔変わらず吹いていた。きっと今年これからやってくる台風は大きくなるであろう。

那覇にての帰りの乗り継ぎ時間、沖縄に移住されたシンジ兄の従兄弟さんにコレまで一度も訪れるタイミングがなかった『ひめゆりの塔』を案内してもらった。




今年正月に訪れた鹿児島の知覧同様に戦争の悲しい事実を目の当たりにした。

そして那覇で食べたかったステーキ300gをシンジ兄にご馳走になってきた。




大阪へのフライトの少し早めに那覇空港まで送ってもらい、いつもお土産にしている『もずくスープ』と自身の焼酎ソーダのための『シークァーサー果汁』を求めて帰りのフライトに乗ったのであった。

いつもの事ながら楽しい時間はあっという間である。

今回の釣りで達成出来なかった目標は、次の南紀白浜にてやってやろうと内心目論んでいるのであった。

今夏の雑魚釣り隊釣行は間違いなく熱くなるはずである。

釣りロマンを求めて〜🎣




久米島万歳!






香港ベトナム中部放浪2024梅雨 『 ビールを飲んでまた飲んで〜古都万歳!』

2024年06月26日 | 旅三昧!釣り三昧!
2024年6月

このタイミングでの香港出張は久しぶりかもしれない。今回は香港国際宝飾展に2日間参加した後に未だ訪れた事がなく以前からバックパック旅の候補地としていたベトナム中部のダナンに行ってみる事にした。調べると香港からダナンまでは1時間50分のフライトという近さなのである。

ベトナムは3日間の滞在で、先ずダナンより世界遺産であるフエに入り、翌日はホイアン、そして最終日をダナン観光と設定した。ただ事前の其々の街に関する知識は全くなく行き当たりばったりの旅となる。

ただ時間的制約がある事のみ考慮して、初日香港からダナン空港に到着した朝はGRABでタクシーをチャーターしてフエまで行ってしまおうと思っている。また翌朝はフエからダナンまでは列車で海沿いを移動したいと考えている。

とにかく皆んなが食べてる美味そうな物を食し美味い酒を飲めたら良いといつものように軽く考えている。先ずはその前に香港でカツンと働くつもりである。

今回は関空へは久しぶりに自家用車を利用せず特急はるかにて。




香港に到着しエアポートエクスプレスにて九龍駅へ。ココからタクシーを乗りカオルーンホテルへ。

ホテルに着くとなんと弟がチェックインするところであった。同じホテルに泊まっているとは奇遇であった。せっかくなので晩飯を食いに行き色々打ち合わせた。




翌日は香港国際宝飾展にてカツンと働いた。様々な取引先とこれから秋冬企画にかけて打ち合わせる。長年の付き合いにより皆んなとても友好的でありがたい限りである。

この夜はCHAIYANがマッカランとバローロを求めたので晩飯を食おうという誘いに美味い中華料理をご馳走になった。さらにそこからスポーツバーにて飲み続け気持ちよく酔ったのであった。日が変わる頃かスターフェリーで帰ろうと湾仔のフェリー乗場に酔っぱらいつつ歩いて行ったのだが遅くて既に閉まっており、仕方がないのでタクシーを拾ってホテルに戻ったのであった。

翌朝は当然の如く二日酔いである。

この日も前日同様に働いた後、少し早めに仕事を終えてスターフェリーでホテルに戻った。軽装に着替えてネーザンロード界隈を旺角駅辺りまで歩いた。廟街辺り、女人街辺りは相変わらずのベタな香港である。




翌朝5時起床、ホテルをチェックアウトしてバックパックを背負い空港へ。香港空港は本当に広くてかつて一度ゲートが閉まり飛行機に乗れなかった事もあり鬼門なのである。それ故その時以降は早め早めに動く事にしている。




ダナン空港に無事到着しアプリからGRABタクシーを予約してフエに向かう。本来1人でタクシーとは8000円程と高いのだが、フエへの効率的な移動と時間が限られた滞在を考慮した。

2時間半ほどクルマに揺られフエに到着。バックパックを滞在するホテルに預けてグエン朝王宮に向かった。














王宮を望む川沿いにはオレンジの鳳凰木の花がそこかしこに咲いておりタイで亡くなった高校時代の旧友サワダを思い出した。

つい最近、サワダが亡くなった頃はまだ幼少であった息子さんが今は東京理科大に通っているという話を耳にしてなんだか嬉しく思ったのであった。

イマイチ体調が芳しくないのでこの夜は適当に食べてホテルに戻る。食べた物は後でまとめてUPする。

翌朝、フエ駅より統一列車に乗ってダナンに戻った。予約していた席はなんと寝台席であった。








列車の揺れが眠気を促し寝台車に横になって過ごす。快適な列車旅である。




ダナン駅からGRABでタクシーを呼んでホイアンへ。片道45分ほどであった。




ホイアンのホテルには無料で借りられる自転車(ママチャリ)があり、それで街を走る。ホイアンの街はフエを更に小さくした感じで大体の街の感じを直ぐに把握する事が出来た。




しかし車の往来が日本とは逆でかつ信号機が少ないので自転車は少し怖かった。そして自転車のブレーキが甘いのであった。

夕暮れ時にホイアン名物である灯籠流しを観に行った。まだ少し陽が高くエアコンの効いたレストランでビールを飲みながら日の入りを待った。




やはり数えきれない程の灯籠の灯りは綺麗であった。来て良かったと思った。

ただオッさんバックパッカーが1人で来るところではないないかもしれない…。

翌朝もチェックアウトの12時までまた自転車を借りたり歩いたりして散策した。ホイアンにも地元の方々向けの市場があり、炎天下の中で肉や魚や野菜を売っていた。肉や魚はなんだかあっという間に傷みそうであった。






前日のGRABのタクシー運ちゃんが安くでダナンまで連れて行ってくれるとの話でそれに乗ってダナンに引き返した。




ダナンは大都市で正直観光として魅力的な場所は見当たらないのだが、折角なのでダナン大聖堂へ向かい、その界隈を見て歩いた。




今回のベトナム中部に来て思った事、先ずダナン、フエ、ホイアンとどこに行ってもやたらとハングル語の記載が目立つ。韓国がベトナム中部にそれだけ投資しているのであろうか。歩いていると「アニュハセヨー!」と声を掛けられる事がしばしばである。また韓国からのツアー客かを沢山見かけた。そして今回のベトナム滞在中に日本語を話す人を1人も見かけなかった。

ベトナム人は僕の知るどこの国の人々より英語を話さない。

これで僕はハノイ、ホーチミンに次いでダナンエリアも訪れる事が出来た。とりあえずベトナムは完結としよう。

しかしベトナムではホテルですらダイナースが使えなかったがまぁ良しとしとく。

最後に滞在先で食べた物を貼り付けておく。


香港でいつも訪れるワンタンメンの店。相変わらず美味!

フエに着いた昼食べたシーフード焼きそば


フエで1番美味かった牛骨味のお粥!


言われた通りにライスペーパーに肉野菜を挟んで食した。MADAM何某って店


コレがブンボーフエだ!朝メシだな!


ホイアン名物のホワイトローズは外せない!


ダナンて見つけたビアホールにて頼んだアスパラ牛肉炒めが◎


最後はダナン空港のラウンジにて朝ラー


まだまだバックパック一人旅訪問先リストには訪れていないところは残っているのだが、今回で一応ひとつの区切りにしようかと思っている。

また気が向くままにバックパックを背負っていこうと思う。




香港、ダナン、フエ、ホイアン万歳!


白浜放浪2024春日和 『 白浜パヤオはメバチ祭りなのだ〜! 』

2024年05月19日 | 旅三昧!釣り三昧!
土曜日、和歌山取引先での打ち合わせが入った事により、その足で雑魚釣り基地へ。

急なスケジュールだったので参加可能だったアキヒロとの雑魚釣り釣行となった。

単身赴任として大阪にやってきたアキヒロはエアコン設置後に南下し土曜日夕方合流となった。

この夜は部屋で炭を熾しBBQをしながら2人で飲んだ。アキヒロは9時に沈没。

日曜日は海況が悪い予報にてパヤオに行くのは困難かと思っていたが、雨は降れど波はそれほどでもなく我々は白浜沖浮き魚礁を目指した。

しかしこの日はメバチ祭りであった。






正直初めてメバチを釣ったのだがその身体は砲弾のようであり引きを楽しむ事が出来た。

ライトキャストにMCワークスのcatup60gを付ける作戦はメバチにもよく効いた。

冷たい雨にビチョビチョになり心が折れて午前10時には撤退したのだが、それまでに釣れていたので気持ちは余裕であった。

凍える身体を溶かしに2人で『長生きの湯』へ行って温泉を楽しんだ。

やはりパヤオは釣れる魚がデカいのだ。期待していたカツオは居なかったけど今秋まではパヤオ釣りを楽しもうと思う。

婆ちゃん食堂にてラーメンを食べてメバチをお裾分けにユーキに送り帰路についた。

家に戻り、持ち帰ったメバチを解体。背を2枚と腹身1枚は真空パックにして冷凍庫へ。残った腹身を刺身にしたのだがやはり弾力があり過ぎて少なくとも数日間は寝かしたほうが良いようであった。

余った切り身を漬けにして今朝白ごはんに載せて食べたのだがコレはかなり美味かった。マグロの漬け丼は◎なのであった。

釣りロマンを求めて〜🎣


南紀白浜2024GW 『 パヤオにてマグロカツオが大乱舞! 』

2024年05月05日 | 旅三昧!釣り三昧!
2024年GWの1週間を南紀白浜の雑魚釣り基地にて過ごしてきた。

その間に雑魚釣り釣行を共にしたのはアキヒロ、マツモト兄、シミズ君、ユーキ、マスジ、シンジ兄という隊員らであった。

今回はパヤオにてマグロカツオを狙いたいという個人的目標の通りの結果を出せる事が出来た。その一方で浅場やいつもの椿沖での魚の反応は薄かった。

今回の釣果は、キハダマグロ、ビンナガマグロ、キメジ、カツオ、シイラ、ワラサ、ホウボウ、オオモンハタ、フエフキ、ゴマサバ、ウッカリカサゴ、エソであった。

パヤオは遠路29.4kmという事もあり外洋であった。水深2000m近い海を泳ぐマグロやカツオのその力は強力で僕もライトキャスティングタックルをぶち切られたりスプリットリングを伸ばされたりであった。

しかしパヤオは凄かった。もはや久米島遠征に行かなくても充分に南紀白浜でマグロを狙えるという事を推定40kgのキハダをマツモト兄が揚げた時に思った。しかし雑魚釣り艇にその大きさのマグロを引き揚げる大変さといったら筆舌に尽くしがたいのであった。




GWはほとんど毎日出港出来た。中1日ほど海況が悪く諦める事に。








マツモト兄がしでかしたキハダマグロ。タモが折れた。




釣った魚を炭火焼に。最高に美味かった。






キハダの中トロしゃぶしゃぶがこれまたうまかった。












パヤオにてマグロカツオが大乱舞の一日。









最高の時間を過ごす事が出来た。




家に帰りカツオのタタキを作った。一匹で大皿料理となった。

今年は秋まで雑魚釣りではパヤオを狙う気満々なのであった。




釣りロマンを求めて〜🎣

今目の前にある楽しみの数々

2024年04月20日 | 旅三昧!釣り三昧!
昨夜、アメ横の『たきおか』でひとり立ち飲みしながら、2024GW雑魚釣り合宿の大まかな計画を考えた。

僕は4月28日から5月5日までの丸一週間を南紀白浜の雑魚釣り基地で過ごす予定で、その間に雑魚釣り隊員5名ほどが其々の都合に合わせやってくる事になっている。

海況次第なのだが、浮き魚礁でのキャストとジギングによるマグロカツオ、深場でのジギングによるカンパチ、浅場でのSLJによるイサキなどがメインターゲットとなる。又、用意出来れば桟橋でサビキで豆アジ豆サバを釣って沖で呑ませでヒラメ根魚狙いも出来ればという盛りだくさんな合宿となる。




次に6月下旬の香港出張に続く3日間、ベトナムはダナン&フエ&ホイアンへのバックパック旅がやってくる。ベトナム中部は僕に取っては未開の地、今尚物価の安い地として美味い物を食い、知らない街を歩いてこようと思っている。3泊で合計約1万円くらいとなるホテルを今朝予約した。

そして7月中旬、半年以上前に計画した久米島マグロ雑魚釣り旅がやってくる。2日間遠藤君の船をチャーターしキハダを狙う計画である。マツモト兄、シンジ兄とともに現地では親友ナカも待っている。




今目の前にあるこの上ない楽しみなのである。

白浜放浪2024春風 『 マスジ祝いのモツ鍋と水深160mの青物とイルカ 』

2024年04月15日 | 旅三昧!釣り三昧!
今週末も雑魚釣り沖に出た。

シンジ兄と日曜日はマスジも参戦である。




土曜日は先週と変わらない潮の緩さに苦戦である。驚く数のイルカの群れに遭遇した。100頭以上の群れである。群れは途中から僕の船に向かって進路を変えて僕の船の下を白い腹を見せながら泳いで行った。

海は穏やかだったので沖合い20kmにある水深2000mの波浪ブイにも行ってみたのだがまだ水温が低いのか全く魚の気配はなかった。




とてもじゃないけど釣りのできる状況ではなく2人してボウズであった!

夕方帰港しスーパーへ買い物へ。夜から合流したマスジの初孫誕生を祝いモツ鍋で酒を飲んだ。最高の時間ここにあり。




翌日曜日は朝5時起床。目津ノ瀬沖に向かう。

この日はまだ前日よりは幾分マシな感じであった。底潮が僅かに動いているようでシンジ兄とマスジのタイラバ、僕のSLJに細かい魚だが色々釣れた。

椿沖に向かう途中の水深160m、ロングフォールジャーカーにスピンドルナロー300gを付けて落とすと何度目かのしゃくりに海面のラインが止まった!

ヒットだ!ドラグが出る!

ブリワラサ一族に遭遇し僕は2匹釣り上げる事が出来た。




この日は午後2時に納竿としたのだがまぁまぁ釣りを楽しめる事が出来た。

マスジの息子嫁さんが出産の前は産まれてくる赤ちゃんの為に好きな生魚を食べないように我慢していたとの話にて、ちょうど翌日からしばらく出張の僕は釣った魚を全てマスジに進呈したのであった。




次はGWに雑魚釣り合宿である。

釣りロマンを求めて〜


白浜放浪2024桜満開 『 雑魚釣りカンパチ記録更新の巻 』

2024年04月08日 | 旅三昧!釣り三昧!
今年になり、まともに釣りに出れてない雑魚釣り釣行であったが、この週末はベタ凪にて二日間ゆるりと釣りを楽しむ事が出来た。ただあまりに潮が緩すぎてジギングには最低なるコンディションではあった。




今回の参加隊員はメガバンクの役員となり多忙極まりなくなかなか釣りに参加できないユーキとシンジ兄との3名であった。

僕だけが金曜日から雑魚釣り基地入りし、1人で肉を焼いて酒を飲み寛いだ。

土曜日の朝8時過ぎにユーキとシンジ兄がやってきて出港となった。海はベタ凪である。高鳴る気持ちを前に釣りを開始したのだが、魚からのアプローチが全くないのであった。

そんな中、ユーキが巨大ゴマサバをヒット!そしてシンジ兄も良型のアオハタを釣り上げた。

水深135mにて、僕は今回の為に買ったスピンドルナロー350gという重いジグをロングフォールジャーカーに付ける作戦に出た。ポセイドンのロングフォールジャーカーはひとしゃくりでジグが3mくらい跳ぶのだ。

体力的にはしんどいが重いジグを跳ねさせフォールさせる作戦に出た途端、ラインのフォールが止まった!

合わせるとキツめのドラグからラインが止まらない!

これは取れないのではというネガティブな予感の中、できるだけリールを巻いて上がってきたのはメーターオーバーのカンパチであった。






僕の自己記録サイズである。(翌日は身体が筋肉痛でギシギシになった)

その後は全く潮が動かずこうなるとジギングは致命的となる。結果3人で3匹であった。

この夜は基地にてユーキの釣ったゴマサバを土佐流タタキにして持参した『とり野菜』鍋で楽しい宴会となった。そうそうこの夜のために1週間ほど前から漬けていたタクアンをつまみに出すと大好評であった。




翌朝は5時前に起床し沖へ向かうも大潮とは名ばかりで前日同様に潮は動かず。しかし朝一投目で僕はノッコミ真鯛を釣り上げ、シンジ兄とユーキも真鯛を釣り上げた。

そして水深120m界隈にレンコダイの村を発見し五目釣りを楽しめた。






予定していた午後2時に納竿とし今回の雑魚釣り釣行を終わらせたのであった。




釣りはもちろんの事、大海原でカップ麺を食べたりしながら仲間との雑談の時間はやはり最高であった。






釣りロマンを求めて〜



白浜放浪2024春先 『 寄せ鍋が美味かった雑魚釣り大時化大作戦 』

2024年03月11日 | 旅三昧!釣り三昧!
和歌山での不甲斐ない仕事の後、そのまま南下して週末を雑魚釣り基地で過ごしている。

今回はシンジ兄と、金曜日の夜は寄せ鍋で遅い新年会である。こいつは美味かった。寄せ鍋は色んなものを入れるのが正解である。寄せれば寄せるほど味に深みが増してくる。

土曜日は海が悪く、寒くて2人で昼過ぎには帰港。前日の寄せ鍋の汁にうどんを投入して食った。更に美味!

基地でだらだら過ごす。昼寝したりCS観たり。ゆるやか過ぎる時間である。

この日はアオハタの塩焼と豚しゃぶをした。寒い夜はやはり鍋に限るのだ。豚しゃぶも相変わらず美味いのだが前夜の寄せ鍋には勝てない。




日曜日は予報では海はまだ少しマシとの様子にて椿沖の水深120m界隈まで行ってみた。
 
やはり大潮は魚の反応が悪い。

色々とジグを変えながら魚にスイッチが入るのを待ち続ける。そんな中、細いタックルに重いジグを着けて落とした一投目にフォールのジグが止まりヒット!その引きですぐにその魚が大物である事が分かりシンジ兄にタモを願い出た矢先にラインブレイクしてしまった!恐らく太い青物であったと思う。

あの大きさだとリーダー5号は厳しかったかもしれない。

その後、風が強くなり帰りが大変になると考え船を浅場に戻したのだが、一箇所に遊漁船が5隻ほど集まっているポイントを発見し、またそこは春先に青物が回ってくる僕の知るポイントでもある。

ここにきて大時化の状態で船が揺れまくる。そんな中、水深50mの底にジグを何度か落とすと… ガツン!

食った!

上がってきたのはなかなか形の良いブリであった。ブリと呼んでも良かろう。




まだまだ攻める事も考えたがいかんせん船が揺れまくり、大間のマグロTVの大時化の様な海況になってきたので我々は次のリベンジを近い帰港する事にしたのであった。


釣りロマンを求めて〜

香港放浪2024春先 『 地元の人達が住むエリアをてくてくと〜』

2024年03月04日 | 旅三昧!釣り三昧!
香港放浪2024春先




2月のMEINIWORKS2024を対前年170%と首尾よく終わらせる事が出来、これまで累計のビハインドを取り返す事が出来た3月1日、僕は香港国際宝飾展参加のために関西空港へ向かった。

今回は飛行機の時間的に朝事務所に出社して事務雑務をこなしてから久しぶりに特急はるかにて関空へ向かった。

香港は1年ぶりとなる。今のパスポートになり35回目の出国である。

関空での待ち時間、ANAラウンジでANAカレーでビールを。このANAカレーはひどく懐かしい味がするのだ。なんなんだろう… 高校の頃の記憶なのだろうか思い出せない。




機内ではiPadにダウンロードしていたダイハードを観て過ごした。機内で売られているビールはキャッシュを受け付けずクレジットカードかオクトパスカードにての支払いのみだったのでオクトパスカードを1年ぶりに使い、まだ210香港ドルほどチャージされている事が確認出来た。

今回かなりローカルなエリアのホテル滞在だったみたいでホテルの前の食堂らでは言葉が通じず久しぶりに指差して注文し隣の店でサンミゲルを買って持ち込んだ。

ちょうどオリンピックという駅から歩いて10分弱くらいの場所である。翌朝、25階の窓から見下ろすとまさしく香港の人々が暮らす高層マンションが連立していた。






想像していたよりかなり肌寒い香港である。

翌朝、旺角まで歩き地下鉄で会場入り、仕事に取り組んだ。春以降の我々の主力とする方向性を決めた。

この夜は取引先バイヤーを湾仔の『臨福門』というミシュラン一つ星店にて接待。ロレンツォにも参加してもらった。3人で75000円ほどとなかなかの価格であった。

翌日もカツんと働き、2日間にて13社の新規既存海外取引先と顔を合わせ打ち合わせてきた。




初日20000歩以上歩くと流石に右足首が痛くなったので2日目は午後3時半には会場を引き上げてホテルに戻り少し休憩してから旺角まで出てその界隈を歩いた。

『女人街』は相変わらずの屋台でカバンやスーツケースやら所狭しと並べられており活気があったが果たしてこんな所で売れるのだろうか…?

通りにある地元民で為の焼鳥屋のような所に入りビールで色々な串を食べた。オーダーは辛さが4段階に選べたのだが過去の失敗を思い出し中辛にしておいたらちょうど良い塩梅であった。




今回滞在中の3日間は本当に天気が悪く空はどんより曇り、青空を見る事すら出来なかったがこれからの仕事の為の仕掛けはキチンとこなす事が出来た。

全てにおいて物価が高く仕事以外では恐らく訪れないであろう香港だが、交通機関は分かりやすく全てがオクトパスカードにて利用出来るのはとても便利に感じたこの旅であった。

以前一度飛行機に乗り遅れたバカでかい香港国際空港だが、今回はラウンジで朝昼兼用メシとビールを楽しんで余裕を持ってゲートにむかったのであった。




香港万歳!



BKK放浪2024新春 『 芋虫とコオロギをツマミにビアチャンを〜 』

2024年01月14日 | 旅三昧!釣り三昧!
BKK放浪2024新春 『 芋虫とコオロギをツマミにビアチャンを〜 』




例年であればあまり訪れないこの時期のBKKだがどうしても必要とされる商談をこなすべく週末を利用してやってきた。

30年来の付き合いであるSAMMYとは初日の夜にメシを共に。いつもなら一緒にやってくる2人の子供らが塾との事で今回はサシ飲みとなった。

記憶に残ってないのだが以前何度も訪れているスクンビットソイ31にあるイーサン料理店でビアチャンで乾杯である。

ソムタムやヤムウンセンにカオニャオが美味い!

そして食事が一段落した辺りでサミーが芋虫とコオロギを頼んだ。






かなりグロいのだがビールのツマミ的には大変美味いのである。未来の高タンパク質食材だとSAMMYは話す。SAMMYの仕事は相変わらず極めて好調の様子である。羨ましい。

2日目、カツンと仕事をこなしたこの夜はプロンポーンにあるCOCAへ。最近タイにやって来る時は必ず一度はタイスキを食べている。この美味さは仮にタイスキ用のソースを日本に持ち帰ってもきっとあまり美味しくない気がする。やはりこの蒸し蒸しした暑さの街からクーラーがキンキンの店に入り、更にキンキンに冷やされたタイビールと共に食べるから美味いような気がするのだ。備えて出される粗く切ったニンニクと青唐辛子とライムをタレに全入れして豚肉や野菜をそれに潜らせて食べるのである。

やはり日本のしゃぶしゃぶもそうなのだが鍋には牛肉でなく豚肉に限るのだ。




ここのところ滞在ホテルの近くにCOCAがあるからかMKよりも COCA派になっている。

翌日はサイアムパラゴンにある新規取引先のショールームにて打ち合わせ。昼はイムちゃんでガパオガイとビアチャンを頼んだつもりがカオマンガイを間違って頼んでいた事をテーブルに出されて初めて気づいた。まぁ美味いから良しとする。

最終夜は14年前にひょんなところで知り合いになったHYDEを誘い6年ぶりの乾杯となった。14年前はHYDEはまだBKKに赴任したばかりだったが14年の歳月が流れ、今や勤める会社の東南アジア全体を統括する現地法人社長に出世している。仲間の活躍は嬉しい限りだ。普段はInstagramでしか知らない近況を伝え合った。




初めて会ったあの頃は1杯30バーツ(BHT30x2.5円=¥75)だったバーミーが今や60バーツ(BHT60x4.1円=¥246)である。75円が250円と3倍近くになった。

もはやタイの物価高騰によりかつてはあったこの地への旅の魅力は失われてしまっている。僕のタイへのバックパック旅も今考えているチェンライとイーサン方面で一旦完了とし、その後はベトナム、ラオスといった方面を計画しようかと考えている。

しかし僕はこの街に何回訪れて来たのであろう…




初めて来たのは30年前、その頃はドンムアン空港しかなく、そこから市街へはスコールが降ると洪水になる悪路であった。もちろんBTSやMRTなどなく常に大渋滞の街であった。

この国のどれだけの人々と関わってきたのだろう…

もう会う事もない人々が今も笑顔でこの街にいてくれる事を願いたい。そして今尚僕と関わってくれている人々をこれからもずっと大切にしたい。そう思う今回の旅であった。

30年という月日で街は大きく変貌を遂げたが街の匂いと喧騒、そして半袖の肌に絡むヌルい空気はずっとあの頃のまま変わらない。

バンコク万歳!