老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

京街道を行く⑦  第4回  枚方(出口町)~御殿山 (前半)

2019年11月03日 20時09分16秒 | 旅行/色々な風景
 ここの所秋晴れの絶好の天気が続いており、昨日(11月1日)はツレアイの体調も良いという事で続きを歩くことにしました。

 京阪電車で光善寺駅まで行き、そこから光善寺を訪れ、その後枚方市内の宿場跡などを訪ねましたが、枚方市内で昼食を摂りながらツレアイの調子を訪ねると、“まだ大丈夫”との事だったので、御殿山まで足を伸ばしました。

 結構見所が多かったので、先ずは光善寺地区の様子をお知らせします。
ここは蓮如上人(室町時代の浄土真宗の僧で、浄土真宗本願寺派第8世宗主・真宗大谷派第8代門首)ゆかりの地です。

 先ずは、光善寺の駅名にもなった光善寺です。
駅からは約10分の出口地区にある真宗大谷派の古い寺院で、山号を淵埋山と言いますが、出口御坊とも呼ばれていたようです。
開基は文明7年(1475)、蓮如上人61歳の時と言われていますが、山号の通りに誰の支配も受けない淀川の淵を埋め立てゝ作られと言われています。
広大な寺域と御堂・山門・通用門・鐘楼・太鼓櫓・書院・庭園などの江戸時代の伽藍を残し、寺内町の核としての風格を今に伝えています。
戦国乱世で衰退しましたが、慶長年間に旧地に復し、寺域全体が市指定文化財となっています。
また、境内にあるサイカチは大阪府天然記念物となっています。

 また、直ぐ近くに蓮如の腰かけ石がありますが、ここは文明7年(1475)吉崎(福井県)を退去した蓮如上人が、最初に身を寄せられた「箕屋」があった場所とされ、上人はこの石に腰掛けて説教されと伝えられていて、有名な白骨の御文もここで生まれたと言われています。
尚、この地にある石碑の「御田地」とは、本来はお上から預かった田畑のことだが、ここでは説教の場所を意味するようです。(まさ)

<光善寺>       

山門と本堂

寺碑。山号と共に「出口御坊」の文字も見えます

本堂と蓮如像

蓮如像

脇門と太鼓楼

サイカチ(マメ科)。思ったより大きな木でした

大きな棘が特徴です

庭の石塔と、面白い形の飛び石

面白い形に剪定されたクスノキ

<蓮如 腰かけ石>

御田地と書かれた石碑があります

これが腰かけ石です

出口地区の旧街道跡