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老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

「般若心経」のこと その7  ~内容② 「承」と「転」の部 ~

2025年08月29日 19時05分35秒 | その他
その6で、このお経の芯というか、結論めいた部分を少し詳しく見てみました。
それ以下の文章についての詳しい説明はこのブログとしては抜かしますが、仏教に疎い私が読経しながらもその意味が判りにくい、或いは誤解していたような部分を、少しだけ触れておきたいと思います。

舎利子:
その5で触れたように、釈迦の十大弟子の筆頭であるシャーリプトラのことで、このお経が会話形式になっていることから、<舎利子さんよ>と、舎利子に呼び掛けるような捉え方で良い様です。(2か所あります)

色即是空  空即是色: このお経のもっとも有名な部分かも知れません。
 ・『色』というと、色々なカラーとか、或いは凡人である私たちの大部分は、何か艶めいたイメージを抱きがちですが、これこそ邪魔になる先入観のようです。
その5で触れたように、人間を構成する5つの要素(五蘊)の一つである「物体としての身体」を指します。
 ・一方『空』も。その6で触れたように、<空っぽ>という意味ではなくて、<常に変化するもので、不変のものはない>です。
・従ってこの段は、<私たちの体は常に変化していくし、同じ状態ではあり得ない>というような意味のようです。

無眼耳鼻舌身意  無色声香味触法  無眼界  乃至無意識界:
仏教では、私たちが外界や内面の世界を感じる知覚体系を整理して、知覚器官を六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)、知覚器官が担当する対象を六境(色・声・香・味・触・法)、そしてそこから働く心を六識(眼識界・耳識界・鼻識界・舌識界・身識界・意識界)と言います。(※ 「意」は心、「法」は人の心や文章などを言うようです)

 この般若心経では、<これらの知覚体系も一切すべてが、絶対的なものではなく絶えず変化するものだから、「無」と考えて、拘らなくても良いのだ>と説いているのです

無苦集滅道  無智亦無得  以無所得故:
無苦集滅道:
お釈迦様の悟りに一つに、「四諦(したい)」というのがあるようです。
世の中はである。それは煩悩がまって苦になるのだから、煩悩をすればよいのだが、その悟りに到るための(方法)がある。このキーワードである『苦集滅道』が「四諦の教え」と言われているようですが、この般若心経では<この四諦の教えにもこだわる必要はない>と言っています。
というのは、空を知り悟りを開いてしまえば、苦は苦でなくなり、煩悩を滅する必要も、悟りに到る道も必ヨガ何くなるというのです。

 
更に、無智亦無得<智慧もないし、智慧を得ることもない>、以無所得故<何故なら、得るところがないのだから>とまで言います

要するに、≪その時は「本当」だと思っていても、人は肉体も心も刻々と変化するものだから、そんなことに拘るな≫と言っているようなのです。(まさ)

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提:
 仏教では過去、現在、未来の三世にわたって、多くの仏さまがいると考えますが、<これらの仏さまは、覚りに至るための智慧を身につけることによって、覚りを開くことができたのです>という意味のようです。

『阿耨多羅三藐三菩提』(アーノクターラーサンミャクサンボダイ)は、梵語の音写で、<仏の悟り。一切の真理をあまねく知った最上の智慧。真理を悟った境地>を指すようです。(まさ)

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「般若心経」のこと その6  ~内容① 「起」の部 ~

2025年08月28日 18時58分17秒 | その他
<観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄> 
 その5で述べたように、この段はこの「般若心経」の「起」の部分ですが、一方、結論とでもいうべき部分なので、少し詳しく見てみます。

観自在菩薩:
 「観世音菩薩」とも呼ばれる仏さまで、『観自在』は<あらゆる面から自在にものごとを見る>という意味で、『菩薩』は<自分が悟りに達する準備は整っているのに、苦しんでいる人たちを先に悟りの岸に渡らせようとする仏さま>のことです。

行深般若波羅蜜多時:
 『般若波羅蜜多』は梵語(サンスクリット語)の「パンニャ」(智慧)+「パーラム」(彼岸=さとりの)+「イター」(到る)の音写で、この言葉は<智慧の完成>ということになり、この段は<智慧の完成のために実践していた時>という意味のようです。

照見五蘊皆空:
 先ず、『照見』は、仏教用語で<物事の本質を正しく明らかにすること・見極めること>を意味します。

 『五蘊』とは、人間の構成する下記の5つの要素を指すようです。
;物体としての身体
;外からの刺激に対する眼・耳・鼻・舌・皮膚の5つの感覚器官
;感覚器官からの刺激を脳へ送る知覚システム
;脳が過去の経験を総動員して、その刺激を認識すること
;認識した結果を判断する心の動き

 また「空」はこのお経の神髄で、簡単に言えば一般に使われる<空っぽ>という意味ではなくて、<常に変化するもので、不変のものはない>という意味だといえるでしょう。

 従って、この段は<5つの要素の集まりである私たちの体や心の働きは、常に変化するもので不変のものではないと判ったのです>となります。

度一切苦厄:
 『度』は<彼岸に渡す>という意味なので、この段は<一切の苦厄(苦しみや、八方ふさがりの状態)から解放されて心が自由になった>という意味のようです。

 即ち、この「起」の部で、≪固定観念にとらわれないで、あらゆる面から自在にものごとを見ることで、心も体もすべてが「空」であると知ることができて、苦悩を克服できる≫という、このお経の基本が明記されているのです。
(まさ)

 
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「般若心経」のこと その5  ~どのような内容なの~ 

2025年08月27日 19時14分03秒 | その他
 昨日は、全文の羅列で、見る気もしなかったと思いますが、このお経を毎日唱えさせていただいています。
 今日はもう少しは面白みがあると思いますが、このお経の内容です。

 この「般若心経」」はどのような内容なのか? と聞かれても、先ず直ちに答えることが出来ないです。

 漢字で書いてあっても日本文ではなくて漢文ですし、全く知らない漢字があったり、特に仏教界で使われる用語があったり、更に読経時にはリズムを重視し、文の段落をあまり重視せずに唱えるために、内容を理解しようとすればある程度の注釈なり参考資料は必要でしょう。

※ 色々な資料があり大変ですが、私が目にした物の中では一番判りやすかった「心がすっきりかるくなる 般若心経」(名取芳彦 ナガオカ文庫)から主に引用説明させていただきます。その他WIKIPEDIA等も参考にさせていただきました。

 
◆まず、このお経の構成ですが、観自在菩薩が舎利子に説法するという設定になっていて、観自在菩薩と舎利子との会話劇とも言えます。

「観自在菩薩」は「観世音菩薩」とも呼ばれる仏さまで、『観自在』は<あらゆる面から自在にものごとを見る>という意味で、『菩薩』は<自分が悟りに達する準備は整っているのに、苦しんでいる人たちを先に悟りの岸に渡らせようとする仏さま>のことです。

舎利子(しゃりし)は、「シャーリプトラ」のことで、智慧第一と称され、釈迦の十大弟子の筆頭に挙げられている弟子の漢訳です。

 ◆このお経は起承転結がはっきりしているようです。
・最初に、<観自在菩薩は空について照見して、苦しみがなくなったのです>と結論を述べ、
・次に、舎利子に対して<物体をはじめとする全てのものが空で、絶対と思っているものにさえこだわることはない>と具体例を挙げて説明し、
・次に、「般若波羅蜜多」(智慧の完成)の効果について説き
・最後に、「般若波羅蜜多」の門を開くためのヒントを述べる
という構成になっているようです。(まさ)

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「般若心経」のこと その4  ~全 文~ 

2025年08月26日 18時58分44秒 | その他
 くどくどと前置きを述べましたが、肝心の「般若心経」の全文を紹介しましょう。
各宗派によって表示方法が若干違うかもしれませんし、特にフリガナについては違いがあるかと思いますが、NHKサービスセンター「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」より引用して紹介します。(まさ)

 仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶっせつまか はんにゃはらみったしんぎょう)

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 (かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ)
照見五蘊皆空 度一切苦厄  (しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく)
舎利子 色不異空 空不異色  (しゃりし しきふいくう くうふいしき)
色即是空 空即是色       (しきそくぜくう くうそくぜしき)
受想行識 亦復如是       (じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ)
舎利子 是諸法空相       (しゃりし ぜしょほうくうそう)
不生不滅 不垢不浄 不増不減   (ふしょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん)
是故空中 無色無受想行識    (ぜこくうちゅう むしきむじゅそうぎょうしき)
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 (むげんにびぜっしんに にしきしょうこうみそくほう)
無眼界 乃至無意識界  (むげんかい ないしむいしきかい)
無無明 亦無無明尽  (むむみょう やくむむみょうじん)
乃至無老死 亦無老死尽  (ないしむろうし やくむろうしじん)
無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 (むくしゅうめつどう むちやくむとく いむしょとくこ)
菩提薩埵 依般若波羅蜜多故(ぼだいさった えはんにゃはらみったこ)
心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖(しんむけいげ むけいげこ むうくふ)
遠離一切顚倒夢想 究竟涅槃(おんりいっさいてんどうむそう くきょうねはん)
三世諸仏 依般若波羅蜜多故(さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ)
得阿耨多羅三藐三菩提(とくあのくたらさんみゃくさんぼだい)
故知般若波羅蜜多(こちはんにゃはらみった)
是大神呪 是大明呪(ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ)
是無上呪 是無等等呪(ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ)
能除一切苦 真実不虚(のうじょいっさいく しんじつふこ)
故説般若波羅蜜多呪(こせつはんにゃはらみったしゅ)
即説呪日(そくせつしゅわつ)
羯帝 羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯帝(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい)
菩提僧莎訶(ぼうじそわか)
般若心経(はんにゃしんぎょう)

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「般若心経」のこと その3  ~日本における「般若心経」の普及~

2025年08月25日 19時02分21秒 | その他
◆日本への伝来
 その後、般若心経は奈良時代から平安時代にかけて日本に到来し、僅か270字足らずの短い文章の中に、大乗仏教の神髄が集約されていて、語り口の判り易さもあって国内で広がっていき、日本でも複数の宗派における 読誦経典の一つとして広く用いられるようなりました。

 ◆どの宗派で採用されているか
・但し、日本における主な宗派が全てこのお経を唱えているわけではないようです。
般若心経が唱えられている主な宗派は「天台宗」「真言宗」「臨済宗」「曹洞宗」「浄土宗」で、般若心経を唱えない宗派は「浄土真宗(大谷派を含める)」「日蓮宗」ということです。

・般若心経を唱える宗派では、悟りの境地は自ら考え至るものであると考えられていますが、浄土真宗では、「阿弥陀仏(阿弥陀如来)」の本願によって往生できると考えられていますし、日蓮宗では、「法華経」こそが真実の教えだと考えられているからのようです。

◆「般若心経」の呼び方
日本においては各宗派によっては、呼び方にも若干の違いがあるようです。
 単に「般若心経」「般若波羅蜜多心経」と呼ぶのではなく、冒頭に「仏説」(仏(釈迦)の説いた教え)や「摩訶」(偉大な)の接頭辞をつけて、『仏説摩訶般若波羅蜜多心経』や『摩訶般若波羅蜜多心経』と表記することもあるとのことですが、各宗派に於いて正式な呼び方があるのかどうかは判りませんでした。

※ 手元にある、「臨済宗妙心寺派日課経典」では『摩訶般若波羅蜜多心経』とありましたし、先述の四国88ヶ所霊場巡りツアーで頂いた「仏前勤行次第」では、単に『般若心経』となっていました。(まさ)

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<今日の夕食>

冷奴/鶏肉炒め/高野豆腐/焼ナス

鶏肉炒め むね肉をオリーブ油で、野菜はピーマンとエリンギ

高野豆腐 昨日の残り物
焼ナス