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老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

ツレアイの命日にあたって

2024年12月24日 19時24分32秒 | ツレアイのこと
 昨年は私の高校時代の親友が奥さんに先立たれた直後に、本人の認知機能が低下し、今年に入り介護施設のお世話になるという事態が2件引き続いて起こりましたが、幸いにも私の場合は現時点ではそのようなこともなく、ツレアイの美登里が亡くなってから丸2年経過しました。

 奇しくもクリスマスイブの日ですが、クリスチャンでもない私にも忘れられない日となっています。

 こちらが一人の生活に慣れたこともあるのか、徐々に寂しさも薄らいできていますが、やはり話し相手が居ない独り住まいの侘しさだけはどうしようもなく、事あるごとに二人で暮らしていた時の楽しいことなどを思い出しています。

 昨年、岡山の山で滑落した時には回転しながらスローモーション画像のように美登里とのことが思い浮かんだお陰か奇跡的に擦り傷とメガネの紛失だけで済んだり、昨年の四国88ヶ所巡りの最中には、二人で行ったことがある足摺岬の金剛福寺でタマムシが私の服にしがみ付いて離れなかったことなどありました。 更に昨年に引き続き今年もスペインのタブラオで美登里が大好きだったフラメンコを観に行ったことなど、何かにつけて美登里のことを思い出すきっかけは沢山あります。

 特にこの時期は、美登里が作ってくれたメジロ用の鳥かごにメジロがひっきりなしに来てくれて、私を癒してくれていますが、時には美登里が戻ってきたのではと思うようなこともあります。

 私を支えてくれた美登里やご先祖への感謝の気持ちだけは忘れまいと、毎朝の読経、3度の食事の前後の挨拶は欠かさず続けています。
まだまだ健康を維持してシブトク生きるつもりですので、これからも見守っていて欲しいと願っています。(まさ)


位牌には美登里が大好きな花を欠かさないようにしています

序と言ってはなんですが、玄関にも美登里が制作した壁飾りの中にも花を置きました


今日の夕食 鴨鍋 寒い時はやはり鍋 豆腐も野菜も一緒に食べられるので大助かりです



ツレアイが亡くなって丸1年

2023年12月23日 19時53分07秒 | ツレアイのこと

 早いもので、昨年末にツレアイの美登里が亡くなってから丸1年となりました。

 覚悟はしていたものの、医者の診断通りに新年を待たずにクリスマスイブの24日の夕方に息を引き取り、葬儀の手配などでバタバタしていたことを思い出します。

 急性骨髄性白血病の進行で食欲が衰えるとともに、本当に花がしぼむという感じで静かに息を引き取りましたが、穏やかな顔つきのままだったのは大きな救いでした。

 私の気持ちとしては、白血病を患わずにもっと長生きして欲しかったのは紛れもない事実ですが、そうなれば認知症の更なる進行は間違いなく、『両親みたいに認知症で訳が判らなって、他人の世話を受けたくはない』と言っていた本人にとってはどちらが幸せだったろうかということには答えが見出せません。

 美登里が死去したのは年末の多忙時でしたので、葬儀の通知も身内や美登里がお世話になったのが判っている近くに居られる方にしかできず、その他の方へのご連絡は年明けの49日法要を終えてからになったのですが、多くの方からお叱りの声もいただきました。

 美登里は趣味が多く、何れに対しても何か静かに黙々と打ち込んでいるという様子でしたが、周囲の人との人間関係は非常に良かったようで、多くの方から私が知らなかった面も教えていただきましたが、何れの方からも非常に慕われ可愛がっていただいていたようで、1回忌に当たってもクリスマスや年末の多忙時でもあるにも関わらず、多くの方が思い出して下さり、声を掛けて頂いたりお供えを届けて頂いたりしており、美登里の持っていた魅力の一端を改めて感じています。


 美登里は数年前からはデイケアのお世話になり、死に至る1年少し前からは介護施設に入所してのお世話になっていました。
コロナの影響もあり面会は極めて限られていましたが、いくら面会回数が少なくとも、美登里もそれなりに一所懸命に生きているのだということを感じて私の励みにもしていましたし、最後の1ヶ月は施設のご配慮で個室での面会がフリーとなり、例え充分な会話はなくとも、美登里の安心したような、穏やかな最後に寄り添えてやれたことは私にとっては大きな喜びとなりました。

 それだけに、美登里がこの世からいなくなり、もう顔を見ることも話しかけることも手を握ることも出来ないという事実に直面すると、私自身も正に体の半分が引き裂かれたような感じでした。

 しかし、徐々に家事が出来なくなる美登里をカバーするために、数年前から美登里に替わって家事全般を担当していましたので、食事準備や家事には余り負担を感じることなく、自分がしっかり健康を維持して生活せねばという気持ちになるとともに、友人との付き合いや自分の好きな旅行など家事以外のことにも力を抜かずに何とか1年が経過しました。

 
 年末の多忙時なので、1回忌の仏事は行わずに、妹にだけ来宅を願い、私の読経と少し賑やかな位牌前の花飾りで勘弁してもらいました。

 美登里が居なくなった哀しみが消えるものではないことを改めて自覚しながら、今後も健康に気を配りつつ、皆様に感謝しながら精一杯生きていきたいと思っています。(まさ)


位牌前の仏壇の飾り

好きだった花を少し多めに

妹が持参してくれた正月用のセンリョウも一緒に飾りました。


今日の夕食 湯豆腐/野菜炒め/ローストビーフ/メカブ

野菜炒め カリフローレ/大豆モヤシ/ナノハナ/キノコとツナ缶の炒め物

豪華なローストビーフ 妹からの差し入れ品です


ツレアイの初盆間近

2023年08月04日 19時21分08秒 | ツレアイのこと

 今年はツレアイの初盆です。

 我が家ではお寺さんの都合で、既に7月上旬に初盆供養を繰り上げて済ませましたが、ツレアイの知り合いの方から色々なお供えを頂いています。

 今日は、高知県四万十のみっちゃん・えっちゃんより自家栽培の無農薬野菜の数々をお供え頂き、早速お供えさせて頂きました。心のこもった何よりのお供えでしょう。

 ベランダのカンノンチクの花ですが、その後も元気ですが、最近やや変化。
先の方が少し黒っぽくなり、幾分開いたようにも思えます。
このまま終わるのか、それとも花らしいものが見えるのか、もう少し見守ってみましょう。


 相変らず厳しい暑さが続いていますが、今日は買い物のついでに思い切って少し遠回りしてみました。

 この暑さを少し涼しく感じさせてくれるようなハツユキソウが目立ちましたが、暑さに負けずチョウチョウも元気に飛び回っていました。


 また、手術後でもありますし、歯の方も調子が良くないので食事の方は、なるべく消化が良くて歯にも負担が少ないものを心がけていて、今日もこの継続です。

 但し、便の方は問題なさそうなので、自己判断で今日からいつもの通りウィスキーも夕食に加わりました。(まさ)


四万十から届いた野菜。 白ゴウヤ/ナス/ピーマン/トマト/シシトウ/キュウリ/オクラなど盛り沢山です。

早速お供えさせてもらいました


カンノンチクの花

同上

同上


ハツユキソウ(トウダイグサ科)

同上

ツマグロヒョウモン


今日の夕食 冷奴/野菜炒め/トウガンの煮込み/ブリカマ照り焼き

野菜炒め お供えに頂いたピーマン/ナスと、昨日の残り物のマッシュルームを味噌味炒めで

トウガンと鳥ミンチ煮込み 朝食後に調理し冷蔵庫に入れていましたので、冷たくて美味しかったです

ブリカマの照り焼き  ツレアイの大好物だったので、ツレアイを偲びつつ


あとの祭り 

2023年07月24日 19時51分28秒 | ツレアイのこと

 今日24日はツレアイの月命日。

 ここの所、余りの暑さで位牌への供花の痛みが早いので、少し涼しくなるまで供花を控えるつもりでしたが、命日ともなればそうもいかず、午前中に花を買ってきて供えましたが、やはり位牌の前は賑やかな方が良いですね。

 
 ツレアイが亡くなってから、もう7ヶ月。

 生活ペースは何とか掴みかけてきましたが、ふとした時に思うのは、『あれもしてやりたかったのに…』『これが一緒に出来たらなぁ…』というようなことですが、今となれば全て<あとの祭り>

 いくら「元気だ、未だ機会がある」思っていても、別れは突然に襲ってきます。
一緒に仲良く暮らしておられる方々には、このような後悔がないように、一緒にしたいことや相手にしてあげたいなぁと思うことは、一刻も早く実行しておかれることをお勧めします。

 

 所で、<あとの祭り>と書いたのは、偶然にも今日7月24日は京都祇園祭の「あとの祭り」の日でもあるからです。

 ご存知のように、京都八坂神社の祇園祭は、7月1日から約1ヶ月間行われますが、そのうち山鉾と呼ばれる豪華な山車が沢山繰り出される17日の山鉾巡行を「前の祭り」と言い、24日の還車の行事を「あとの祭り」と言います。

 「あとの祭り」は、山鉾も少なくて、「前の祭り」と比べて賑やかさがなくてつまらないものの代表とされ、これから「あとの祭り」という言葉が、“時機を逸して後悔の念を表す言葉。手遅れ。”の意味で使われるようになったと言われています。

 しかし、実際には「前の祭り」は人出が多すぎて写真も十分に撮れず、「あとの祭り」を好む人も結構多い様ですし、「あとの祭り」の語源についても、この祇園祭りに関係しない下記のような説もあるようです。

◆祭りの後の山車は無駄なもの。或いは祭りの終わった翌日では見物に行っても意味がないことから。

◆祭りは葬祭の意で、どんなに立派に弔っても死者を生き返るものではないので無駄であることから。

 また、このような思いをすることは非常に多い様で、下記のように沢山の類似語がありますが、夫々に少しずつニュアンスが違うようです。 

 手遅れ/後薬/証文の出し遅れ/死んだ子の年を数える/葬礼帰りの医者話/後悔先に立たず/取り返しがつかない/取り返しのつかない/やり直しがきかない/もう戻れない/後戻りできない/後には戻れない/後に戻れない/不可逆/覆水盆に返らず/落花枝に返らず/臍を噛む
<「語源由来辞典」などを参考にさせて頂きました>



 「あとの祭り」ではなく、4年ぶりに開催される大阪の天神祭りは明日の本宮祭を前に準備が進んでいるようです。

 今日、買い物ついでに大川を覗いて見ましたが、先日から準備が進んでいた明日の船渡御に参加の見物客を乗せる企業や団体の奉納船の改装工事がほぼ終わった様で、大川には賑やかになった船が沢山係留されていましたし、川沿いには露店の準備も進んでいました。(まさ)


位牌前の花


天神祭りの奉納船の準備完了 奥に見える大きなクレーンは大阪拘置所の建て替え工事用です

同上

同上 テーブルや椅子と共に、トイレもちゃんと準備されています

川岸の露店も準備中

橋の上には、神船を見下ろさないように幕が準備されています


今日の夕食  フライ/モロヘイヤ/生湯葉/冷奴

フライ物  手羽中/メザシ/山芋

モロヘイヤのおしたし

生湯葉

 


ツレアイの衣類など

2023年06月27日 19時16分38秒 | ツレアイのこと

 ツレアイが亡くなってから半年が経過。

 ツレアイが使っていた衣類やバッグ/アクセサリーの内、ある程度のものは妹や姪たちに利用してもらうことにして引き取ってもらいましたが、自分で衣服を作っていた関係でそれでも尚、沢山の衣類が残っていました。

 時間を見つけては、よほど古いものや汚れが目立つものは廃棄しましたが、全部を廃棄するには忍びず、少しでも使えないかと分けておいたのですが、昨日近くのフリーマーケット屋に連絡をして、査定がてら引き取りに来てもらいました。

 「古いものが多いし、サイズ的にSサイズで、最近の人のサイズに合わないので値は付けられないものが多いですが、それでも宜しいでしょうか」と最初から煙幕を張られましたが、断られても廃棄しか方法がないので、『了解、兎に角、無料でもよいから全て引き取ってもらえませんか』ということにしました。

 結果、75ℓの大きな袋3つと、衣装ケース一つ分を引き取ってもらうことになりましたが、提示された価格は何と600円。

 余りの金額に愕然としたものの、主目的は全量を引き取っていただいて、少しでも再利用できればということでしたので、クレームも付けずに応じました。

 因みに、今月から新聞購読料が600円/月上がりましたので、何とか一か月の新聞代値上がり分に見合ったということです・・・


 いくら大事にしていたものでも、本人以外の人には価値がなく、最期はこのようになってしまうのですね。(まさ)


*** 現代版「浮世風呂」 オジンたちのサウナ談議 その11***  

A:「何か少し世の中落ち着いた感じやなぁ」

B:「何でや、嫁はんのご機嫌でも良いのか?」

A:「違うやん! 阪神や。 交流戦の後半から、調子落としたというかいつもの阪神らしくなってきて、ついに横浜で3連敗して、首位陥落や。これで我々も落ち着いた生活が出来るというもんや」

B:「そうやなあ、やはり余りにも調子良すぎて、こんなはずはないと選手たちも尻が落ち着かなかったと思うけど、やっと岡田の「アレ」マジックからも解放されて、落ち着けてホッとしてるかもなぁ」