秋の行楽シーズンの真っ只中なので、11月4日の祝日には人の少ない所へという事で、大川沿いの藤田邸跡公園に出掛けましたが、その後直ぐ横にある太閤園の庭園にも足を伸ばしました。
藤田邸跡公園のことは何度も書き込んでいますが、太閤園も同じく藤田傳三郎男爵が明治43(1910)年頃、子息のために築造した網島御殿が基になっています。
戦後、昭和34(1959)年より「太閤園」として生まれ変わり、豪壮を極めた邸宅と風雅な庭園は迎賓の場へと進化、現在は藤田観光グループが料亭・レストラン・結婚式場として経営しています。
有難いことに、この立派な庭園は無料で開放されていて、庭園の入口で掛かりの方に伝えると入れて頂けます。
素晴らしい庭で、鎌倉時代の作品が多い石仏なども沢山配置されていて見応えがあるので、私は年に2回ほどこの庭園を訪れるのを楽しみにしています。
また、藤田男爵が蒐集した東洋古美術品は「藤田コレクション」として知られ、国宝の品も沢山ありますが、秘蔵せず広く世に公開したいという藤田家の願いから、昭和29(1954)年にこの太閤園の前にある古い土蔵などを活用したユニークな藤田美術館で期間を区切って展示されていましたが、現在はこの藤田美術館は建て替え工事中で、残念ながら今暫くは拝観できないようです。(まさ)
<藤田邸跡公園>
青空の下、徐々に色付いたサクラが綺麗です
ツタも徐々に色付いてきました
マユミの実
同上
池の石橋
<太閤園>
園路
茶室と庭園
庭園 池と石橋
庭園の一部
庭園 池と石橋
庭園にある小川
イヌタデと小川
石仏
石仏
石仏
庭園で見かけたアザレア(別名:西洋ツツジ。ツツジ科)
藤田邸跡公園のことは何度も書き込んでいますが、太閤園も同じく藤田傳三郎男爵が明治43(1910)年頃、子息のために築造した網島御殿が基になっています。
戦後、昭和34(1959)年より「太閤園」として生まれ変わり、豪壮を極めた邸宅と風雅な庭園は迎賓の場へと進化、現在は藤田観光グループが料亭・レストラン・結婚式場として経営しています。
有難いことに、この立派な庭園は無料で開放されていて、庭園の入口で掛かりの方に伝えると入れて頂けます。
素晴らしい庭で、鎌倉時代の作品が多い石仏なども沢山配置されていて見応えがあるので、私は年に2回ほどこの庭園を訪れるのを楽しみにしています。
また、藤田男爵が蒐集した東洋古美術品は「藤田コレクション」として知られ、国宝の品も沢山ありますが、秘蔵せず広く世に公開したいという藤田家の願いから、昭和29(1954)年にこの太閤園の前にある古い土蔵などを活用したユニークな藤田美術館で期間を区切って展示されていましたが、現在はこの藤田美術館は建て替え工事中で、残念ながら今暫くは拝観できないようです。(まさ)
<藤田邸跡公園>
青空の下、徐々に色付いたサクラが綺麗です
ツタも徐々に色付いてきました
マユミの実
同上
池の石橋
<太閤園>
園路
茶室と庭園
庭園 池と石橋
庭園の一部
庭園 池と石橋
庭園にある小川
イヌタデと小川
石仏
石仏
石仏
庭園で見かけたアザレア(別名:西洋ツツジ。ツツジ科)