山と溪を旅して

丹沢の溪でヤマメと遊び、風と戯れて心を解き放つ。林間の溪で料理を造り、お酒に酔いしれてまったり眠る。それが至福の時間。

晩秋の千曲

2010-11-24 00:20:24 | カヌ-ツ-リング
テントから這い出したのは午前6時のことでした。

視界はなんと1メ-トル、辺りは真っ白なベ-ルに包まれた幻想的な世界です。
自分が立っている足元さえ薄っすらとしか見えません。
こんな経験は初めてのことで、いま何がどうなっているのか状況がとんと呑み込めないのです。

どんよりと澱んだ意識の中で昨日からのことを反芻してみました。

きのうは土曜日、夕方までの仕事を終えて中央高速をひた走り午後9時過ぎに北信濃に辿り着いた。
月明かりの中で幕を張って寝酒をちびりとやってからモンベルのダウンシュラフに潜り込んで眠りに落ちた。

ということは、今日は日曜日、千曲を下る日に間違いはない。
辺りを覆う白く厚いベ-ルは立ち込めた濃い霧であることがようやく呑み込めて再びテントにもぐりこんだ。




二度寝して8時半、テントから外を眺めると薄くなったとはいえ視界はまだ5メ-トルほど。
こんな状況で舟を出したらホウレイ舟(幽霊舟)に遭遇してしまうかもしれない。
ホウレイ舟に遭遇して追い越されたら二度とこの世には戻れない、何かの本で読んだ記憶が蘇って背筋に悪寒が走った。










さて、この厚い霧が晴れるまでどうしようか?
何年か前に訪ねた『富倉の里』で美味しい蕎麦でもご馳走になろうか。

昨夜は気づかなかったけれど向こうでカヌ-イストがもう一人天泊している。








富倉の里に向かう山道にも深い霧が立ち込めていた。








鮮やかに染まる紅葉よりも、秋はたわわに実った柿の木の佇まいが好きだ。
これこそが田舎の秋を深く感じさせてくれる侘びなのだと思うのです。








おせっかい焼きの『はしば食堂』のおばちゃんは元気なのだろうか?








午前9時、のれんを掛ける時間にはまだ間があるので集落を散策してみました。
豪雪地帯だからでしょうか、軒を寄せ合った家々の屋根の勾配がそれを物語っています。

茅葺に真っ青な屋根覆いがなぜかとってもおしゃれな佇まいに見えてしまうのです。
昔話に出てくるような風格のあるこんな田舎の風情、好きなんだなあ。








キノコが見たくて雑木林を覗いてみようとすると『入山禁止』の立札がそこかしこに立っていました。
キノコを狙って立ち入る人たちが後を絶たないのでしょうか、いいキノコが採れるんだろうなあ!







僕のあとから3人のお客さんがみえました。
ちょっと早いのだけれどおばちゃんに声をかけてみました。
『何時からですか?』『あぁいいよ入って入って』、9時28分のことでした。
『本当は何時からなの?』『特にきまっちゃあいねえんだよ』、この好い加減さが何とも言えず好きなんだよね。








『なんにする、蕎麦と笹寿司しかやってないけどもさ!』
もちろん大盛り蕎麦と笹寿司、それに頼まなくても勝手に付いてくるお采でビ-ルをいただくのがお約束なんですね。









この『富倉蕎麦』はまぼろしの蕎麦と言われておりましてね。
つなぎに牛蒡を使っている蕎麦は滑らかな喉越しが特徴で、
しかもなまめかしい艶とほどよいコシの強さで蕎麦好きを病みつきにさせてしまう訳なんですね。

僕は息もつかずに手繰っては啜り手繰っては啜って味も香りも喉越しも感じることなく平らげてしまいました。
『オバチャン、大盛りもう一杯ちょうだい!』
『あんた、もうちょっと味わって喰わねえと旨いかどうかも分かんねだろうに』









もちろん二杯目は少しだけゆっくりと味わって食べてみましたさ。
甘みを抑えた少し濃いめのつゆは辛味大根ととてもよく合うのです。
会津で食べる高遠蕎麦に似た味になるのですな。
鼻腔も舌も口中も大層喜んでくれたのは言うまでもありません。
この富倉の里のお蕎麦は今や知る人ぞ知る『富倉蕎麦』のブランドを成しているのです。








これが『笹寿司』
寿司酢を強めに効かせた上品な田舎の味、これもほっとする懐かしい味なんですね。
今日は持ち帰って千曲に漂いながら舟の上でいただくことに致しました。

はしばのオバチャン、相変わらず口が悪くて人懐っこくておせっかい焼きで
どこにでもいる田舎のおばちゃんそのもの、これがウケているのかもしれませんね。
隣は静岡から『はしば食堂』のお蕎麦を食べるだけのためにやってきた親子3人連れの娘さんでした。











さぁて11時半、深い霧もすっかり晴れて気持ち良い船出の時です。
今回の相棒はインフレ-タブルカヤック、しかも荒瀬のない12キロを旅しようと思います。
なにしろ寒いですからね、ひっくり返ったらエライ目に遭うので絶対に安全な舟とコ-スを選んだという訳でして。









先ずは、何はともあれビ-ルなんですね。
千曲に漂いながら呑むビ-ルは格別なんですな。

初めて千曲を下ったのも冬のことでした。
あれから21年、根なし草のように川面を漂いたくて毎年この千曲を訪れているのです。
60キロ以上も堰のない滔々と流れる大河に漂う浮遊感に魅せられてしまったということでしょうか。









お昼ご飯は、はしばのオバチャンの笹寿司5個。
なんとも優しい味は後を引いてしまいます。
これを食べるとオバチャンの笑顔が浮かんできて振り払っても振り払っても
豪快な笑い声が付きまとって離れないのが不思議といえば不思議です。









あの赤い橋はスタ-トしてから2つ目の橋










観光客用の渡船の渡し場に上陸して一服しましょうか
冬の千曲は川底が見えてしまうほどに澄んだ流れになっていました。
急ぐ旅ではありません、小春日和のなかでのお昼寝、たまりませんなあ。









上境の集落が遠くに霞んで見えてきました。
北信五岳、あの山々にも足を踏み入れてみたいと思っているのですが、、、、、。








あの集落が旅の終わりを告げています。
一人旅の途中で人や人家に出会うとほっとする、いつものことです。







飯山の里も紅葉のピ-クが過ぎてちょっと寂しげな冬枯れの季節が始まっていました。







のんびり走る飯山線のディ-ゼルカ-に出会いました。
2時間に1本なのですが不思議なほどに毎年出会えるのです。
帰りはあのディ-ゼルカ-に乗って車をピックアップに向かいます。








このコ-ス最後の湯滝橋
雪しろで増水した5月なら落ち込みのパワ-がすごくて楽しいのですが減水時の今は剥き出しの隠れ岩がちょっと怖いのです。









あぁ、旅の終わりです。
いつまでもゴ-ルしないようにとパドリングの手を休めていても旅は必ず終わってしまうものなんですね。

冬のツ-リングは物珍しいのでしょうか?
湯滝温泉に浸かった人たちが集まってきて話しかけるのですが
旅の余韻に浸りたい僕にとってはちょっとだけ迷惑でもあるのです。








いつもなら通いなれた『もみじ荘』に向かうのですが
今回は山道を走って『まだらおの湯』を訪ねてみることにしました。
残念ながら露天風呂はないのですが広い浴槽から眺める白樺とカラマツの林にほっとするのです。








この『まだらおの湯』の良さ、、、、それはお客さんが少ないことですかね。
午後4時から閉館の9時までいたのですがお客さんは座敷のテ-ブルに3割ほどだったでしょうか。

ここのお蕎麦は江戸打ちよりも更に細切りで浅茹でなので歯触りのよい美味しいお蕎麦です。
でも僕はやはりもう少し、江戸打ち程度の太さが好きかな。









明日は野沢温泉の民宿に投宿して馬刺しとお蕎麦を食べて
まだ4つしか入っていない外湯13湯めぐりをするつもりだったのですが
充分に満喫し、ちょっと疲れもしたので旅を終えることにしました。

野沢温泉の民宿には山菜採りやキノコ採り、釣りにご一緒してくれるオジチャンがいるのです。
もちろん無料ということはオジチャン自身が一番楽しんでいるからなんでしょうね。
来年は必ず一泊してオジチャンと酒を酌み交わし一緒に山に入ろうと思います。








最後に、皆さんに是非お見せしていものがあるのです。
『はしば食堂』にあった貼り絵です。
無造作に画鋲で壁に貼られておりました。

もしや山下清?
サインがないかと隅々まで探したのですが、、、、、
こんな素敵な貼り絵、いったい誰の作品なんでしょうか?

この絵に出会えただけで、僕の旅は充分に満たされた旅になりました。
毎年訪れる飯山、これからは冨倉の里にも必ず立ち寄ってみようと思っています。



























コメント (27)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする